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#4

 何もする事がない。

 ただ瀬川は長い時間避難所を空けてしまったため小林に運転してもらいながら戻る事にした。


「ん……?」


 戻ってみると何やら避難所が騒がしい。

 炊き出しの付近に小さな人集りが出来ている。


「いい加減にしろよお前ら!」


 人集りを搔い潜り中を覗いてみると若者支援センターの利用者が先ほど瀬川に炊き出しを配られるのを嫌がっていた中年に怒鳴られていた。

 よく見ると中年の頬は赤く腫れており同じく避難していた瀬川のクラスメイト二人に支えられている。

 一方怒鳴られている利用者は拳を強く握っていた、恐らく彼が中年を殴ったのだろう。


「おい何やってんだ!」


 思わず瀬川も止めに入り利用者を宥める。

 すると彼は目に涙を浮かべ弁明した。


「こーちゃん、だって……っ」


 そんな彼の様子を見て中年は余計に怒りを露わにする。


「“また”被害者ヅラか?そっちも十分迷惑かけてんのによ!」


 日頃の鬱憤と現状への怒りを込めて言った。


「お前らガイジはいつもそうだ、迷惑だから嫌われんのに自分かわいそうですみたいな顔しやがってよ!それが余計ムカつくんだよ!」


 流石に瀬川も腹が立ったため言い返そうと試みる。


「そんな言い方……っ!」


 しかしまたすぐに言い返されてしまった。


「今回で本性現しやがったな。自分が不幸だからって世界を変えようとすんな、俺らを巻き込むなよ!自業自得だろ!」


 簡単に言い返されてしまうのは瀬川にとっても図星な所があるから。

 以前同じ事を快にも思った事がある、中年が言う事も間違いではないと思ってしまったのだ。


「せ、世界を変えようとするなって……⁈」


 しかしセンターの者たちは意味が分からなかった、自分たちは何もしていないと言うのに。


「世界ぶっ壊したやつが言ってたぞ、障害者に従えってな!誰がそんなこと望むか!」


 新生が言い放った事だ。

 その発言が人々に障害者への嫌悪感を与えてしまった。

 いや、高めてしまったのだろう。


「そ、そうだ!自分から変わる努力もしないで、ずっと不愉快だった!」


「どうせぶっ壊した野郎のこと支持してんだろ?」


 すると中年に便乗したのかどんどん障害者への不満の声が飛び出す。

 そしてセンター利用者の中にいた妊婦の発達障害者の女性に矛先が向いた。


「迷惑かけてんのも知らずにまた産んで増えようとしやがって!ソイツのせいでまた何人が傷付く?子供本人も不幸になるだろ!」


 そんな事を言われて妊婦はショックのあまり気を失ってしまった。

 流石にそれには利用者たちも怒りを露わにする。


「ひどい、何てこと言うんだぁ!!!」


 そのまま殴り合いの大乱闘へ発展してしまう。

 瀬川も巻き込まれ見ず知らずの拳が顔面に突き刺さった。


「ぐふっ」


 その様子を外から見ている者たちは余計にこの騒動を引き起こした障害者への恐怖を増進させた。


「あぁっ……」


 遠くから愛里も騒動を見ている。

 止めたいという気持ちから一歩踏み出してみるが腕をつかまれた。


「ダメだよ……」


 その掴んだ人物は咲希だった。

 首を横に振り愛里を止めている。

 愛里は掴まれた腕を離す事にトラウマを覚えているためそれ以上進めなかった。


「ぐはっ……」


 尚も殴り合いは激化していく。

 遂にはその言い合いにすら参加していなかった良にまで手が伸びた。


「あっ」


 何が起こっているか上手く把握できずひたすらスケッチブックに絵を描く事で恐怖を遮断していたがそのスケッチブックを取り上げられてしまった。


「こんな時に何やってんだ、呑気に絵なんか描いてよぉ!」


 そのままその男はスケッチブックを破り捨てようとした。


「ダメぇぇーーーっ!!!」


 良の叫び声が響く。

 しかしスケッチブックは破られなかった。

 ある人物の右手が破ろうとしている手を掴み止めたのである。


「なっ、お前何やってるんだ!」


 男はその顔を見て驚く。

 それは瀬川も同じだった。


「あっ、アイツ……」


 鼻血を流しながら良を助けた男に驚愕している。


「そりゃ流石にねぇだろ」


 その人物とはかつて快と良くない関係だった純希だった。

 派手な装いで完全に不良のようだがヒーローのように現れた彼に瀬川は思わず見惚れてしまった。


「純希くん……!」


 愛里も同様に純希の登場に驚いていた。


 ___________________________________________


 純希の参入により冷静さを取り戻したのか一度乱闘は静まった。

 瀬川と純希、そして良の三人は一度その場から離れて避難所である体育館から出た。

 保健室までやってきて救急箱を手に取り純希は瀬川の手当てをしていた。


「いてっ」


「ホラ動くなよ~」


 そんな二人を他所に良は相変わらずスケッチブックに絵を描いている。

 保健室の窓から外を眺めて景色を描いているのだろう。


「あの子、何描いてんだろうな」


「景色じゃないのか?」


「今の景色なんて最悪じゃねぇか」


 そのようなやり取りをしていると純希は良に声を掛ける。


「ウチの連れがごめんなぁ?」


 しかし良には届かず真剣に絵を描き続けている。


「でも良かった、殴り合いも落ち着いたみたいで」


 少し安心したように語る純希。

 今回の原因についても少し触れた。


「みんな不満が爆発して冷静じゃなくなっちまった、連れだって普段はいいヤツなんだぜ?」


「不満か……」


 純希の言葉に少し考え込んでしまう瀬川。


「その不満を招いたのは俺たちだ」


「瀬川……」


「崩壊の件だけじゃない、普段から俺たちに不満が溜まっててそれが爆発した……ずっと攻撃したくて堪らなかったんだ」


 いくら冷静さを欠いていたとはいえ彼らの発言は真実に思えてしまった。

 クラスメイト達がかつて快に不満を覚えていた事、陸上競技大会や修学旅行での事を思い出す。


「配慮なんてしてもらえるもんじゃねぇ、違和感の正体に納得して正当に攻撃できるようになっちまった……」


 障害者は配慮しなきゃいけない、そのような暗黙の了解が不満を高鳴らせていたのか。

 人々は彼らを攻撃したかった可能性がある、今回の件で正当に攻撃する理由が出来てしまい人々はそれに群がっているのかも知れない。

 それに気付いた瀬川は純希の顔を悔しそうに見つめて聞いた。


「俺らってやっぱ迷惑なのか……?」


 そんな事を嫌でも考えてしまう。

 すると純希が軽く叱るような口調で言った。


「こら、そんなこと言うな。彼女泣いてるだろ」


 そう言われ耳を澄ますと保健室のベッドの方からすすり泣く声が聞こえて来る。

 あの妊婦もここに運ばれて来たのだ。


「ぐすっ、うぅ……」


 一人寂しくベッドで涙を流す。

 寄り添ってくれる相手はここには居なかった。


「あ、ごめんなさい……」


「私はいいんです、慣れてますから。でもこの子が……」


 先ほど言われてしまった言葉について深く悩んでいた。


「生まれたところで不幸になるって、この子はみんなから嫌われてしまうんですかね……?」


 真剣に悩んでわが子のために涙を流す母親らしい愛情に瀬川は胸を痛めた。

 何故このように愛を持てる人が差別されなければならないのだろう。


「っ……」


 一人頭を悩ませていると純希が声を掛けて来た。


「なぁ瀬川、お前の人生辛い事しかなかったか?」


「え……?」


「少なくとも俺さ。小学校の時に快と一緒にいたお前、楽しそうに見えたぞ」


 そう言われてかつて純希の暴行から快を助けて共に立ち向かった時を思い出す。


「あの時、俺は……」


 一体どんな気持ちだったろう、思い出してみる。

 そしてそのタイミングで良が口を開いた。


「できたー!」


 描いていた絵が完成したらしい。

 それを瀬川や純希に見せていく。


「ホラ、見て!」


 しかし瀬川は何も言えない、まだ考えている途中だから。


「あれ~?」


 すると良も悲しそうなリアクションをした。

 純粋に絵を褒めてもらえなかったからだろう。

 すると純希が発言した。


「おぉ、上手だなぁ!」


 彼は瀬川に代わり良の絵を褒めてやったのだ。

 すると良の表情は打って変わり明るくなった。

 その時の純希の様子はまるで快を助けた時の自分のようだった。


「やったぁ!」


 非常に嬉しそうに飛び跳ねる。

 こんな世界の状況にも関わらず明るい良の姿を指して純希は言った。


「この子は幸せそうですよ、不幸には見えません」


 瀬川も妊婦もハッと顔を上げた。


「多分障害の有無は関係ないんすよ、他に大事なものさえあれば」


 するとそのタイミングで保健室の扉が開く。

 入ってきたのは息を切らした夫婦だった。


「はぁ、はぁ……良っ!」


「あ、パパママぁ!」


 どうやら彼らは良の両親らしい。

 嬉しそうに良は彼らに抱き着く。


「よかった無事で、ここにいるって連絡あったから……」


 どうやら崩壊に巻き込まれた時は離れ離れだったらしい。

 ようやく居場所を見つけて再会できたようだ。


「うん、やっぱりな」


 その様子を見て純希は察したようだ。

 他に大切なものとは何か。


「あ……」


 瀬川もその光景からそれが何か理解できたような気がする。


「愛か……?」


 快と過ごして思った事。

 修学旅行の時に感じたものと近いものを感じた。

 助けた後、ボコボコにされたというのに快と二人で笑い合った。

 その時の感情の意味が分かった気がする。


「なるほど愛ね、確かにそうだな」


 純希も瀬川の言葉に納得を覚えたようで。


「自分が愛を知ってれば他人にも与えられるしな、迷惑だけじゃないんだ」


 そして純希は立ち上がる。


「よし!」


 そのまま妊婦へ歩み寄り言葉を伝えた。


「この子を幸せにするかは貴女次第ですよ、愛を与えてあげられればこの子もきっと与えられる人になる!」


 その言葉を聞いた妊婦は心が軽くなった気がした。

 瀬川も驚いている、イジメっ子のイメージがあった純希がこのような発言をするなんて。


「瀬川、びっくりしてるだろ」


 その心も純希はお見通しだ。

 そして瀬川に伝える。


「俺がこんなこと言えるようになったのってよ、快のお陰なんだ」


 まさかここで快の名前を聞く事になるとは。

 驚いた瀬川は口を開けなかった。


「快が愛里ちゃんとかと色々頑張ってるの見てさ、気づかされたんだよな」


 そんな中で瀬川は考える。

 確かに不幸な事はあったが快と共にいる時は幸せだった。


「(確かにあの時は幸せだった、他の辛い事がどうでもよくなるくらい……)」


 そして純希は瀬川にある質問をする。


「なぁ、ここに快いないのか?感謝したり謝ったりしたいんだ今までの事」


 その言葉を聞いて瀬川は決意が固まった。

 このまま終わらせていいわけがない。


「ごめん、ここにはいないんだ……」


「そっか」


「でも安心してほしい」


 覚悟を決めた表情で純希に誓った。


「絶対会わせてやるから、待っててくれ」


 必ず親友を救い出す。

 愛を教えてやるために、愛される価値のあるやつだって認めさせるために。






 つづく

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