「これでアーカイブについては理解していただけましたよね?」
自分には理解できない科学技術を目の当たりにして驚きを隠せないジェノ。そんな彼に対して胸を張るビビはどこか得意げに語り掛ける。
そんな彼女の態度に何かを言いたくもなる。だが、ジェノも科学技術を学んでいる端くれとして、アーカイブの技術については認めざるを得なかった。
「確かに凄い技術だとは思ったよ」
「そうでしょう、そうでしょう。でもですねぇ、アーカイブの技術や知識はこんなモノではありませんよ。今は資財を殆どおいていませんので作れるものが殆どありませんが、資源さえあれば色々と作れるものが増えていくんです」
「資源……、つまりさっきのクッキーを作った時みたいに、乾パンみたいなものがあれば良いのか?」
「まぁ、そうですね。高度な物程、必要になる素材も変わりますが。でも、これでジェノさんがアーカイブの凄さを喧伝してくだされば、今にたくさんの人が資財を持って来てくれると思います」
頬を緩めてニコニコと語るビビ。しかし、そんな彼女の言葉に疑問を持ったのはジェノだ。
「いや……、アーカイブが凄いのは分かったけど、ここには普通の人は来れないんじゃ無いか? そもそも俺だって、ここがどこか分からなかったくらいだし……」
「またまたぁ~♪ アーカイブの入り口なんて世界中に幾つもあるんですよ? それなのに、場所がわからないなんてこと、ある訳無いじゃないですか」
「世界中って……、俺はそもそも入り口どころか、アーカイブなんて言葉を聞いたのも初めてなんだが? たくさんの人が来る訳ないだろ」
「どうしてそんな事を言うのですか! きっとたくさん来てくれます!」
ジェノの言葉に少し不機嫌そうに反論するビビ。しかし、ジェノの様子に彼が嘘を言っている訳では無いと思ったらしい。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね……」
ビビは表情を引きつらせながらアーカイブの光る壁に向かうと、彼女の目の前にタッチパネルのようなものが現われる。その瞬間、アーカイブの壁中に映ったのは世界の様子だった。
「こ、これは、どういうことですか?」
画面を見て顔を青くするビビ。それもその筈、壁中に映し出されている世界の映像の殆どは雪景色で、幾つかのモニターについては機能すらせずに暗転したままだったからだ。
「どうして世界中で雪が……」
「何でも何も、これが普通なんだろ。俺が産まれた時には、もう世界中は雪に埋まっていて、一部の鉱山都市で石炭なんかを燃料にしながら、人は生活しているんだ」
「そ、そんな筈……ないのです!」
言いながら焦ったようにタッチパネルを操作するビビ。しかし、彼女が確認するデータには絶望的な情報しか表示されない。
「人口……、全盛期の1%未満。人工衛星の稼働状況……0%。登録数の世界各地のアーカイブの入り口、稼働数……0.3%。う、嘘ですよね? 世界中の扉の殆どが閉ざされてる? それでこんなに長い間、誰もここに来れなかった?」
愕然とするビビ。そんな彼女の様子にジェノは恐る恐る訊ねてみる。
「長い間って……。俺が今日ここに来るまで、最後にアーカイブに誰かが来たのはいつだったんだ?」と――。
そんな彼の素朴な質問に帰ってきたビビの答えは「最後は80年と2ヶ月、19日前です」というものだった。
彼女の応えにジェノはもう笑うしか無かった。
ビビがアンドロイドと言うことはもう疑いようも無い。アーカイブの技術や、彼女がジェノに対して見せた物質の分解など、とても普通の人間にできることでは無かったからだ。
(だったらコイツは……80年も誰も来ないアーカイブを管理し続けてきたのか?)
次いでビビのモニターに映ったのは現在残っているアーカイブの入り口の情報。しかし、その殆どから見えるのは荒廃した都市であり、碌な映像も送られてきていない。
残った扉についても、いつ不通になってもおかしくない状態だった。
「これじゃあ世界が滅んだも同然じゃ無いですか」
「まぁ……、そう思われても仕方ないよなぁ。実際、残っている鉱山都市もあと何年生活できるか分からないような状態だし……」
「う……、うぅぅっ! いえ、まだです! まだ世界は滅んでないです! アーカイブの技術があれば、もう一度世界を復興させる事が出来るはずです。ジェノさん、私に協力してください!」
「はぁっ? どうして俺が……」
自分に縋り付いてくるビビに、今度はジェノが表情を強ばらせる番だった。確かにアーカイブの科学技術は魅力的だ。ここの技術があれば、徐々に世界を再建することもできるかもしれない。
だからこそ、こんな施設が公になれば、もしも鉱山都市の富裕層に利用などされてしまったら、どんな風に利用されるのか分かったものではない。ジェノ自身が危険に晒される可能性もあったのだ。
「おねがいじまずぅぅ……。本当に世界がおわっぢゃぅがもぉぉ……。他に頼れる人なんて……ジェノざんじがぁぁぁ……」
「うっ……」
しかし、見た目には10歳程度の女の子にしか見えないビビが涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら懇願してくれば、彼女の手をふりはらうことも躊躇われてしまう。
「わかったよ。どうせ俺は黒岩城から出て、外の世界に行こうとしていたんだ。そのついででいいなら、協力してやってもいい」
「本当ですか!」
どうあっても縋り付いて離そうとしないビビについにジェノが折れる。
「だが危険なことはごめんだぞ。俺だって自分の命が惜しい」
「はい、勿論です。ジェノさんの身の安全は、アーカイブが保証します! それではさっそく世界の再建に動き出しましょう」
彼女の言葉に不安を覚えながら嘆息するジェノ。そんな彼の反応を他所にビビは再びアーカイブの壁に触れる。その瞬間、ビビとジェノの間に光りが集まるようにして現われたのは、見た目には懐中時計の様に見える何か。
「それではジェノさんにこれを預けますね。アーカイブの機能の一部を使用する権限を持つ簡易デバイス・ホシマチです」
笑顔のままに懐中時計を差し出すビビ。ジェノがそれを受け取ると、懐中時計・ホシマチのガラス製の蓋に、登録完了という文字が表示されていた。