『初恋は実らないもの』とか『初恋は実らないほうがいい』なんて、いったい誰が言い出したことなんだろう。
経験に基づいた上での忠告なのか、それとも単なる慰めのつもりか。
どちらにしても、そんな言葉が当たり前に浸透してしまうほど、初恋が成就する確率は低いらしいってことだけはよくわかる。
一般的にそう言われるのなら、俺の初恋が叶わなかったのは、ある意味当然の結果だったのかな、なんて、最近よく考えたりする。
俺、
相手が同性だとか、自分の恋愛指向だとか、そういうことを気にする間もなく、気づいたら好きになっていて、その気持ちが恋愛感情だと自覚するまで、そう時間はかからなかった。
──悩まなかったわけじゃない。
でもあの頃の俺たちの間には、『もしかしたら』なんて淡い期待を抱いても不思議じゃないほど特別な空気感があって、よく言うところの『友達以上恋人未満』のような親密さがあったのだ。
だから、別々の高校に進学することが決まり、当たり前にあった日常が終わりを迎えたあの日。俺はそれまでの曖昧な関係を終わらせ、一歩踏み出す決意をした。
◇
『彼女ができたんだ』
今まさに告白しようと思っていたタイミングで告げられた一言に、俺は言葉を失った。
卒業式が終わり、親友と並んで歩くいつもの帰り道。
どうやって想いを伝えよう、なんてことばかりを必死に考えていた俺は、相手から言われた言葉をすぐには理解できずにいた。
緊張のあまり、ずっとうつむき加減だった顔をあげると、いつも俺に対してやわらかい表情と優しい眼差しを向けてくれていた親友は、見たことのない硬い表情で真っすぐに俺を見つめていた。
まるで俺の告白どころか、その気持ちすら遮ろうとしているようにも感じられる強い視線。俺はその目をまともに見返すことができずにまたうつむくと、震えそうになる声で『……そっか』とだけ返しておいた。
つぶれそうなほどに痛む胸。息すら上手く吸える気がしない。少しでも油断すれば、涙とともにままならない感情がとめどなくあふれ出しそうで。俺は必死に歯を食いしばりながら、やたらと長く感じる道のりを無言で歩き続けることしかできなかった。
──こうして俺の初恋は終わりを迎え、親友だったはずの相手とは、その日を境に疎遠になった。
実らなかっただけでなく、友人すらも失う結果になった俺の初恋。
あれから一年以上が経ち、新しい友人もでき、失恋の痛みもだいぶ薄らいできたけれど、『実らなくて良かった』なんて心境にはなれそうもないし、実らなかった初恋を懐かしむには、……もう少し時間がかかりそうだ。
◇
「あー、凛音きた!」
「珍しすぎじゃない?」
「こういうの、絶対来ないと思ってた」
「……あのさ、しつこいくらい連絡してきたの自分たちじゃん」
俺の顔を見るなり、口々に勝手なことを言い出したクラスメイトに対し、元々この場に来ることに乗り気じゃなかった俺は、早くもうんざりした気持ちになっていた。
ここは俺の通っている高校の最寄り駅から二駅ほどのところにあるカラオケ店の一室。
今日は日曜日で学校は休み。だけど昨日実施された体育祭が大いに盛り上がった結果、クラス全体が妙なハイテンションと一体感に包まれ、興奮冷めやらぬうちに、この場所での打ち上げの開催が決定した。
昔から内向的な性格で人付き合いが得意ではない俺にとって、学校行事とかクラス行事なんて煩わしいものでしかない上に、休日にわざわざ学校の近くまで出向いてクラスメイトと会うなんて面倒だとしか思えない。
だから俺は当然欠席するつもりであえて話し合いには参加せず、さっさと教室を出たのだが。
学校を出たあたりでスマホが何度も震え、あまりの頻度にうんざりしたため、最寄り駅に到着する前に電源を切った。 おそらく教室での話し合いから、クラスのグループチャットにその場が移ったんだろうな、と予想はしていたが、家に帰ってから電源を入れた時に表示された通知の多さにドン引きした。
そして俺個人のメッセージアプリにも、参加を促すというより懇願する内容のメッセージが山のように送られてきていて、ログをたどる気にもなれなかった。
さらには、まるで既読になるのを待ち構えていたようなタイミングで、高校からの友人である藤島海里からの音声通話があり、了承するまでしつこく拝み倒された結果、渋々参加することを決めたのだ。
そんな経緯があったにもかかわらず、全く乗り気じゃなかった俺をこの場に駆り出した当の本人は、まだ姿を見せていないらしい。
「海里は?」
「用事が終わったら来るって。凛音のとこに連絡なかったの?」
「……スマホ見てないからわかんない」
スマホは海里との通話が終わってからまた電源を切って、そのままだったことを思い出し、電源だけ入れておいた。
一応この場に顔を出したことで義理も果たしたし、もう帰ってもいいかな、なんて考えていると。
「海里に凛音の画像送っちゃお」
「いいねー! 見たら絶対すぐ来るよ」
なんらかの話で結託した女子たちが俺を取り囲み始めたのだ。
「え、ちょっと!」
制止の声は聞こえないのか、それとも気にすることはないと思っているのか、嫌そうな顔をしている俺を気にすることなく、スマホがむけられる。
こういうノリ、ほんと苦手。かといって抗議するのも面倒だ。
「待って。この画像めっちゃ良くない?」
「うわー、加工なしでこれって、マジで女子の敵だわ」
「見せて見せて。……え、やば」
「だよねぇ⁉」
更には俺のことなのに本人そっちのけで勝手に盛り上がっている彼女たちの様子に、居心地の悪さすら覚えてくる。
普段からクラスの女子たちに、『見た目は良いけれど、恋愛対象にはならない鑑賞枠』だと言われている俺は、彼女たちにとって異性としてカウントされていない存在だということはわかっていた。だけど、敵とまで言われることになるとは。
普段、海里以外のクラスメイトとあまり交流がないせいか、目があっても笑いながら手を振られるだけで、俺を助けてくれる人間はいない。
いつも以上にハイテンションな女子たちに囲まれ、ほんの少しの時間で気疲れしてしまった俺は、彼氏と会う約束があるからもう帰るという女子に便乗するかたちで、早々にこの場を後にした。
◇
(せっかくの休日に何やってるんだろ)
そんなことを考えながら、駅までの道を若干重い足取りで歩いていく。
楽しそうにしている人たちを見かける度、虚しいような寂しいような気持ちがわいてきて、なんだか妙に泣きたくなった。
軽く息を吐きだすことで、胸の中に広がり始めた気持ちをなんとか逃がす。
こんなところで突然泣きだしたりしたら、それこそ本当に何をやってるんだろうってことになりかねない。
完全に消し去ることはできなかったものの、自分の状況を自覚することで気持ちを切り替えることに成功した俺は、さっきよりもちょっとだけ早足で駅を目指した。
駅に到着したところで、ポケットに入れっぱなしにしていたスマホが震えた。 たぶん海里からのメッセージだろうな、なんて考えながら、スマホを取り出したその時。
「凛音!」
不意に背後から名前を呼ばれ、反射的に振り返ったところで、俺は驚きのあまり固まった。
(なんでアイツがここに……)
状況を理解できずにいる俺に、声の主が笑顔を見せる。
かつての親友であり、俺の初恋の相手でもある