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北山との確執


北山は梓に向かって猛烈なアピールを振りまいていた。



しかし、どうやら梓は北山のような男にはまるで興味がないようだった。



経済的な条件で言えば、北山は吾郎よりもはるかに劣っており、家すらも借り物だった。 それでも、水倉梓は微笑みながらこう言った。



「ありがとうね、北山さん。でも、その夜はちょうど友達と約束があるの。本当に残念だわ!」



北山の顔に一瞬、失望の色が浮かんだ。彼はこのコンサートのチケットのために、数ヶ月ホビーの出費を極力抑えてお金を貯めていたのだ。



コンサートの雰囲気を借りて、彼女に告白するつもりだったのに、梓が招待を断るとは思わなかった。その様子を見た吾郎は、口元に皮肉な笑みを浮かべていた。



北山は落胆したものの、隣で笑っている吾郎を目にした途端、胸の奥に怒りの炎が湧き上がった。 自分の恥ずかしさを隠すため、彼は吾郎に近づいてこう言い放った、



「吾郎、お前女々しいな。大の男が荷物を女にこんなに持たせるなんて、よくできたもんだな…」



「梓は腰が痛いって言ってたんだ。こういう恥ずかしいことを女性に頼むのはやめろ」



吾郎は梓に目を向けた。どうやら、この女が自分のことを言いふらしたらしい。



梓はわざとらしく言った。



「大丈夫よ、大丈夫。別に身体に問題はないの。ただ力仕事はちょっと苦手で、少し腰を痛めたみたいなの」



そう言って、自分の腰をさすりながら痛そうな顔を作った。北山は、梓の前で男らしさを見せつけようと、吾郎に向かってピシッとに指をさし、



「お前のせいでこうなったんだから、梓に慰謝料くらい出せよ」


と息巻いた。



すると、吾郎は鋭い目で北山を睨み、冷たく言い放った。



「彼女が手を差し伸べてくれたんだ。俺は頼んでいない。お前に指図される筋合いはない」



吾郎の喝に、北山と梓が凍りつく。



北山は倉庫の従業員で、権力も金もない。 彼が吾郎に対して言い返せたのも、普段から吾郎が穏やかで、揉めるのを好まない性格だからだった。



しかし、本気で怒った吾郎を目にして、北山は途端に尻込みして、


「な、なんでそんな大声で怒鳴るんだ?」


と少し驚きを隠さなかった。



「た、ただの冗談だろ」


吾郎はその言葉を聞くと、冷笑して踵を返して立ち去った。



もはやこれ以上北山と話す価値などなかった。吾郎にとって、周りの人間は皆、死にゆく者にしか見えなかった。 一か月後には、周りにいる人々は99%が終末の極寒の嵐の中で次々と命を落とすだろう。



死人にする話しなどない。



吾郎が去った後、北山は梓に近寄り、こっそりとこう囁いた。



「梓、言っただろ?ろくな奴じゃないんだ。今後、あいつには近づかない方がいいぞ」



梓は眉をひそめた。吾郎の直近の変貌ぶりに心中で困惑していた。彼は近頃、まるで別人のように変わってしまった。梓と会っても挨拶もなく、夜に声をかけてくれることもなければ、挨拶の言葉すらない。



「何かあるに違いないわ」


梓は心の中でそう呟いた。



吾郎は仕事を終えると、車を走らせ、住まいの近くにあるホテルへ向かった。予約をしていたオワリオルホテルだ。



彼が来たことを知ったホテルの支配人は満面の笑みで彼を迎え、部屋を手配させた。


その晩、珍しく梓からメッセージが届いた。



梓:「加藤さん、今日、家の前を通ったら、リフォームしているのを見かけたわ」



吾郎:「ああ、リフォーム中なんだ」



梓:「加藤さん、最近なんだかすごく変よ。物資をたくさん貯めたり、家をリフォームしたりして、もしかして何か起きるの?」



そのメッセージに吾郎は思わず眉をひそめた。この女、悪知恵は働くが決して鈍くない。一連の奇妙な行動が彼女の気を引いたことに気づいたが、それでも吾郎は気にしなかった。 今の彼にとって他人の視線など何の意味もなかった。



吾郎:「なんでもない」


そう冷たく返すと、吾郎は携帯を投げた。



その向こうで、梓は彼の冷たい態度に心底から不快感が湧き上がっていた。


以前、吾郎は彼女にずっと親切に接し、常に世話を焼いて、毎晩のように何かと理由をつけてチャットで話しをしていた。だが、最近の吾郎はまるで別人のように冷淡で、彼女に声をかけることもなくなり、興味を失ったかのような態度を貫いていた。梓はそんな吾郎に心の中で苛立ちを感じた。



吾郎に興味がないのは事実だが、彼女は逆に吾郎が彼女に興味を示さないのは許せないのであった。梓にとって、それは自分の池から魚が逃げ出したようなものだった。吾郎はさほど金持ちではないが、中産階級の中ではそこそこの優良株には違いない。



将来、もし富豪を見つけられなかったら、吾郎に嫁ぐという安全弁もある、そう考えると彼女は再びメッセージを送った。



「最近、話しをするのが少なくなった気がするわ。少し寂しいの」



しかし、しばらく待っても返事は来なかった。



梓は唇を噛み、イライラし始める。



「あのバカ、最近頭でも打ったのかしら?わざわざ連絡してやってるのに、返事もしないなんて!」




隣にいたルームメイトの雅香が、梓の愚痴を聞いて笑いながら寄ってきた。



「確かに、この頃の加藤は変だよね。何であんなに物資を買い込んでいるのか不思議だわ。しかもホテルからたくさんの食べ物や飲み物を手配してるって」



「まるで物資が不足する直前みたいよね」


梓はその言葉を聞いて、少し眉をひそめ、雅香にこう言った。



「雅香、ひょっとして本当に何かが起きるんじゃない?加藤はそれを知ってるから備えてるんじゃない?」



雅香は一瞬驚いたが、すぐにお腹を抱えて笑い出した。




「梓、まさかそんなバカなこと真に受けているの?本当に何かが起きるなら、政府からちゃんと通達があるに決まってるわ」



「私たちは安心して過ごせばいいのよ。物資を買いだめなんてしたら、周りから笑われちゃうよ」



梓はその言葉を聞いて、苦笑しながら自嘲気味に頷いた。



「確かにそうね」



吾郎はホテルのスイートルームに何日も滞在していた。



どこにも出かけず、この数日間でさらに追加で買い物をし、手持ちの金を使い切ろうとしていた。もう一方では、部屋で複合弓やクロスボウの使い方を練習していた。幸いなことに、吾郎は以前から狩猟が好きで、ある程度の腕前は持っていた。今では15メートル以内なら、命中率は非常に高い。



それに加え、プロが使う複合弓を手にすると、普通の人でも古の名射手のような一射を放つことができる。 人間はもちろん、イノシシやジャッカル、大型犬が相手でも十分な威力を発揮できるのだ。

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