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二人の悪女


住民グループチャットでは、今日も花子が一人で延々と語り続けていた。



「心配しなくて大丈夫、すべての問題は順調に解決するから」



「もし誰か物資が足りないなら助け合いましょうね。雪災もすぐに収まるはずだから、焦って物資を溜め込む必要なんてないのよ」



しかし、その言葉に応じる住民はほとんどいなかった。



二日経っても雪災が止む気配はなく、冷え切った空気とともに不安が住民たちの心にじわじわと広がっていたのだ。



一方、吾郎のスマートフォンが通知音を鳴らした。それは梓からのメッセージだった。



「加藤さん、大丈夫?」



メッセージに吾郎は眉間に皺を寄せ、画面を睨みつけた。梓は、自分が大島に酷い目に遭わされたとでも思っているのだろうか――。



いや、彼女の善意を額面通りに受け取れるほど、吾郎は純粋ではなかった。



「ああ、大丈夫だ」



冷たく簡潔に返信を送ると、すぐさま返事が返ってきた。



「そう、それなら良かった」



文面から、彼女が少しばかり肩透かしを食らったような気配を読み取る。だが、次のメッセージが届くや否や、吾郎は再び眉を潜めた。



「実はね、うちにはもう食べ物がなくて……あなたがいろいろ買い込んでいたのを覚えてるんだけど、少し分けてもらえないかな?」



さらに追い打ちをかけるように、こう付け加えられていた。



「加藤さん、今度お食事でもご馳走するわ」



吾郎の唇が嘲るように歪んで、冷たく鋭い感情が心に芽生えた。この女の言葉には、明確な意図が隠れている。



画面越しに見えることはないが、彼の視線は凍える雪のように冷ややかで、梓を見透かしているかのようだった。



「やはり、この世には“悪女”と呼ぶにふさわしい者が存在する――そう、彼女のような」



梓の言葉が嘘であることなど、吾郎にはお見通しだった。



最後にスーパーで物資を買い込んだ際、彼女と河内雅香も多少なりとも購入していたのを目にしている。自分ほど大量ではなかったが、それでも二日で底をつく量ではない。




「それは前の話だ。もう家にはほとんど残ってない。それに俺もそんなに余裕があるわけじゃないんだよ。」



冷淡な口調で返す吾郎に対し、梓はなおも懸命に食料をせがんだ。



「嘘つかないでよ!せめてラーメンを何袋かでいいから。それにあなた、倉庫を管理してるんだから食べる物がないはずないでしょ?」



その言葉に対して、吾郎は苦笑混じりにスマートフォンを手に取り、



「仕方ないな。これが今の俺の状況だ」




そうして、梓がスマホ画面を覗くと、送られてきたのは、豪勢なオマールエビやステーキが並んだテーブルの写真だった。それを見た途端、梓は怒りで頬を紅潮させ、スマートフォンを睨みつけた。



「加藤の奴、わざと私を馬鹿にしてるの!?信じられない!」



その隣では、布団から顔を出した雅香が写真を覗き込む。寒さのために二人は一つのベッドで身を寄せ合っていたが、料理の写真を目にした彼女の瞳は、飢えた獣のように緑色の光を放ち始めた。



普段から出前や男性に奢ってもらう彼女たちだったが、この数日の大雪で街は完全に封鎖され、飢えに苦しむ日々を送っていた。仕方なく、普段は口にしないインスタント食品や缶詰で空腹を凌いでいたのだ。



そんな中、吾郎が一人で贅沢な料理を味わっていると知った彼女たちの胸の奥では、怒りと嫉妬が煮えたぎるように広がっていくのであった。



贅沢な食事を一人で楽しみ、少しも分ける気がないことが、彼女たちの苛立ちをさらに煽っていた。



雅香は、怒りを抑えきれずに、鋭く刺すような語調で言い放った。



「どういうつもり?加藤の奴、ひどすぎるわ!あんな美味しそうなものを隠し持ってるくせに、私たちには何も回してくれないなんて!」



「昔は私のことが好きだったって言ってたのに、あれも全部嘘だったのかしら!」


梓もまた、内心で不満が渦巻いていた。これまでにも何度も吾郎からの贅沢な食事の写真が送られてきたのだ。明らかに意図的で、彼女を苛立たせようとしているのは目に見えていた。



だが、それでも梓には、吾郎が未だに自分に惹かれており、この挑発もまた彼が彼女を屈服させるための手段だと思えてならなかった。



「ふん、馬鹿な男ね。こんなことで私が簡単に落ちると思ってるなんて!」



「甘く見ないでよ!」



彼女はあくまで冷淡な笑みを表に出していたが、内心では必死に自分のプライドを守り抜こうとしていた。清純な表情の裏には、男たちを操る狡猾な策士の顔がある。彼女は決してプライドを崩せない。



だが、吾郎が送ってきた豪華な料理の写真に目を向ける梓の瞳には、抑えきれない食欲という本能による切望が浮かんでいた。



そんな彼女の考えを、雅香はよく理解している。だからこそ、さらりとこう持ちかけたのだった。



「ねえ、梓。だったらさ、『一緒に食事しましょう』って誘ってみたら?もちろん、食べ物は彼に用意させるって条件でね」



「そうすれば、プライドも保てるし、美味しいオマールエビやステーキも楽しめるわよ。あいつだってきっと、喜んで応じるはず」



梓はその提案に一瞬考え込んだ。彼女にとって、吾郎はあくまで「スペアの男」でしかない。見た目は悪くないし、多少の財産も持っているが、彼女の理想とする金持ちとは程遠い存在だった。




日頃なら、彼に頭を下げるなど絶対にしないだろう。しかし今は、毎日質素な食事で飢えを凌ぐことに耐えられなくなっていた。




「いいわ、彼に一緒に食事するチャンスを与えてあげましょう」




梓は、わずかに不満げな顔をしながらも、そう言ってメッセージを打ち込んだ。


「加藤さん、久しぶりに会わない?今晩、うちで一緒に食事でもどう?」




そのメッセージを見た吾郎は、唇の端に笑みを浮かべた、




「君がご馳走してくれるのか?それなら喜んで!」




送信ボタンを押した瞬間、画面の向こうで梓が悔しげに顔をしかめるのが目に浮かぶようだった。






吾郎からの返信を見た梓は、顔を青ざめさせるほどの怒りを感じたが、その青ざめている顔は寒さのせいかもしれなかった。



憤慨した梓は、怒りに満ちた目で雅香に向かって吐き捨てるように言った。




「何なの、あいつ!私がわざわざ誘ってやったっていうのに、まさか逆にご馳走させるつもりなの?」




その言葉に、雅香も一瞬驚きを隠せなかった。かつては梓に熱烈なアピールをしていた吾郎が、まさかここまで冷たくなるとは、思いもよらなかったのだ。




「どういうこと?あの鈍感男にもようやく目覚めの時が来たっていうの?」




梓は怒りに震え、携帯を投げ捨てると、憤然と宣言した。




「もういいわ、私のスペア男リストから除外よ!本気で怒ったから、二度と話しかけてあげないんだから!」





「たとえ今後、彼がどれだけ懇願してきても、私の方からは一切関わるつもりはないわ!」




雅香も共感したようにうなずきながら、空腹を抱えつつ愚痴を漏らした。




「本当よね、自分の身の程をわきまえて欲しいものだわ!」




「この私と付き合いたいのなら、もっと気前よくするべきなのに。こんな男、一生独り身でいればいいんだから!」




二人はしばらくの間、吾郎への不満を吐き続けた。その間、梓は何度も携帯を手に取っては、謝罪のメッセージを期待したが、それを知らせる通知は一向に来ない。




そのたび、彼女の表情に陰りが増し、心の中の苛立ちが囂々と渦巻いていた。




雅香はふと思案顔になり、こっそりと吾郎にメッセージを送った。




「加藤さん、どうしてそんなに鈍感なの?梓が怒ってるのに、事の重大さがわかってる?」




メッセージが届くと、目を通した吾郎は何事も無かったように閉じた。今や、様々なグループのチャットを眺めることは一つの娯楽であり、終末の中で繰り広げられる人間模様ほど興味深いものはなかった。




先ほどのメッセージが雅香によって送信されたものだと気付いた瞬間、彼は思わず口元に笑みを浮かべた。




「一人が善人役で、一人が悪人役ってわけか。全く、お前たちの演技は見事なもんだな!」




吾郎は彼女たちの安っぽいコンビネーションなど、とうに見破っていたのだ。雅香が梓をサポートする形で動き、二人の間には計算された役割分担があった。




梓の清純でおしとやかなのイメージを崩さないよう、男性にプレゼントを要求したり、金を使わせたりといったことは、すべて雅香が代わりに担っているのだった。

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