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19.私だけのお兄ちゃん(3/3)

私の心は、ぐちゃぐちゃだった。


 こんなことしちゃダメだって想いと、こうでもしないと……私の心がおかしくなってしまうという気持ちと。 早く、早くしないと、お兄ちゃんが誰かに盗られる。


 (……いや、盗られるってそんな……物じゃないんだから。お兄ちゃんの気持ちを無視して襲うなんて……) 


でも、放っておくと……たくさん、私の知らないところで関係ができていっちゃう。だから早く……早く……。


 (でも、でも、お兄ちゃんは私のためにいつも頑張ってくれてる。バイトだって、私と一緒に暮らすお金を稼ぐため……。そのバイト先で誰と知りあおうと、その帰り道で誰にあおうと、お兄ちゃんのせいじゃないって………)


 ああ……頭がおかしくなる。 いろんな考えが錯綜する。身体はお兄ちゃんを求めていて、頭がそれに反発している。


 「お兄ちゃん……」 


ぼんやりしている仄暗い暗闇の中、お兄ちゃんの眠る姿がうっすらと見える。 風邪をひいてるお兄ちゃんを……私は無理やり襲おうとしている。 


(こんなの、昔の私みたいに……ワガママなだけじゃないの?ここでお兄ちゃんを襲ったら、昔の私に逆戻りするだけじゃないの……?) 


だけど……だけどだけどだけど! 私だけの、お兄ちゃんでいてほしい……! 


「ううう……」 


私はお兄ちゃんの腰の辺りに、お尻を置いた。ふとん越しに感じるお兄ちゃんの感触が、心臓を熱くさせた。 


そのまま身体を前に倒して、お兄ちゃんの顔に……自分の顔を近づける。鼻先が当たりそうなほど近づいたところで、私はぴたりと止まった。 


罪悪感と焦燥感と、恐ろしいほどの性的欲求が、私の身体を支配している。たぶん、もう頭でものを考えてない。感覚と感情と本能で、今……この場にいる。


 「……………………」 


私の眼から、涙がこぼれた。 


悲しいとか、怒ってるとか、そういうことじゃない。ただ、物凄い不安と……お兄ちゃんへの高ぶる想いが、私の心をぐちゃぐちゃにした。 その涙は下に真っ直ぐ降りて、お兄ちゃんの閉じた目の上に落ちた。


 「ん……」


 「!」 


お兄ちゃんがその涙に反応してしまったので、私は思わず顔を離した。


 「……美結?どう……したの?」


 眼を擦って、小さなあくびをひとつしながら、お兄ちゃんは私に問いかける。 私はそれに何も答えることなく、ただ黙ったままだった。固まって何も動くことができなかった。


 「……ん?うわあ!?美結!なんで裸!?」


 「…………!」


 お兄ちゃんに言われて、咄嗟に私は胸を隠した。


 やだ……なんか、観られてるって自覚すると……は、恥ずかしい……。 


あんなにお兄ちゃんとシたいって思ってたのに……いざ直面すると、こんなに、こんなに私って臆病だったんだって、思い知らされる……。


 「…………み、美結……?」


 「……………………」 


「お風呂上がり……ってわけじゃなさそうだな」


 「!」 


「そうか、美結、もしかして…………」 


察しのいいお兄ちゃんには、もうあらかた検討がついてしまったみたい。私はあんまりにも情けなくて、お兄ちゃんの顔すら見ることができなかった。


 「……ごめんなさい」 


そうして、私は逃げようとした。逃げるなんて一番やっちゃいけないことだと思うのに……それでも私は、この場から一刻も早くいなくなりたかった。 


でも、それをお兄ちゃんがさせてくれなかった。私の左腕を掴んでいたから。 


「お兄ちゃ……」 


「美結」 


そうして、お兄ちゃんは上半身を起こして、私を抱き締めた。 


素肌に直接、お兄ちゃんの服や肌、そして体温が伝わる。それだけで……なんだか、胸の中がいっぱいだった。 


「美結……俺と、その……そういうこと、シたいかい?」 


お兄ちゃんの優しい吐息が、私の耳にかかる。ぞくぞくと震える身を抑えて、私はこくりと、黙って頷いた。 


「ごめんな、俺……避妊具持ってなくてさ。今はできない」 


「なくても……いい」 


「美結……それはダメだよ。子どもが……」


 「欲しいの、私」 


言葉がするすると喉元を通って、降りてくる。


きっと私は今、正常じゃない。おかしくなってる。でも、今はおかしくなっていたい。


 「お兄ちゃんとの赤ちゃん、ください」


 「…………美結」


 「たとえ、お兄ちゃんが結婚してくれなくても、お兄ちゃんの子どもがほしい。一人で育てるよ……。だから、お兄ちゃん……」 


「美結!」


 お兄ちゃんは私を抱き締めるのを止めると、今度は両肩を掴んで、真っ直ぐに私の顔を睨んだ。


 私は思わず怖くなって、顔を下にうつむけた。だけどそこをお兄ちゃんが、「美結、よく聞いて」と言うもんだから、私はまたおそるおそる……顔を上げて、お兄ちゃんを見た。


 お兄ちゃんは、いつになく真剣な眼差しで、私を見つめていた。 


「……自分の気持ちを、一度整理してごらん?」 


「整理?」 


「美結は今、気持ちがいろいろ混濁して、本音が何か分からなくなってる。だから今一度、胸に手を当てて……よく考えてみて?」


 「……………………」


 私の、本心……。


 「美結、君はどうして、俺に夜這いしようとしたんだ?」 


「…………お、お兄ちゃんが、好きだから」


 「でも、何かきっかけがあったんじゃないかい?夜這いを後押しするきっかけが」


 「……………………」 


「……もしかして、お昼のラブレターかな?」


 「!?」 


私は唇を噛み締めて、お兄ちゃんに自分の眼差しを返した。


 「……私、お兄ちゃんが……たくさんの人に好かれるのが、苦しくなっちゃった」


 「……………………」 


「私はいつも……おうちで一人で、お兄ちゃんしか、頼れる人いなくて……。だから私、お兄ちゃんに依存しちゃってるんだって、自分でも分かってる。分かってるけど……」 


「……美結」


 「……なに?」


 お兄ちゃんは、私の名前を呼んだ後、静かに眼を閉じた。 



……そして、ぐっと私に近づいて、唇を奪った。 




「…………!!」 


身体中が、痺れるように熱くなった。唇越しに伝わるお兄ちゃんの熱さが……身も心も溶けそうになった。 


身体のいろんなところが、切なくなった。気持ちに火がつくってこういうことなんだって、なぜか無駄に冷静な思考が頭をかすめていった。 


「……………………」


 お兄ちゃんが私の唇から顔を離した。私はまだ足りなかったので、お兄ちゃんの頬を両手で掴んで逃げなくさせた。そして、もう一度キスをした。 


「……………………」 


しばらく私たちは、そのままじっとキスをしていた。 よく恋愛映画なんかで『このまま時間が止まればいい』……なんて歯の浮くような台詞があるけど、この時ばかりは本当に……このまま、お兄ちゃんと一緒に死んだっていいとさえ思った。 


「……………………」 


唇を離した後、私とお兄ちゃんはしばらく見つめあった。お兄ちゃんの真っ直ぐな視線が、身体の内側からくすぐった。


 「美結、俺……やっぱりメグちゃんとは連絡取らないようにするよ」 


「え?」 


「俺、メグちゃんと君が……本音で語り合える友人関係でいてほしいと思って、メグちゃんのこともしばらく傍観してた。でも、君が不安になってしまうのなら……メグちゃんには申し訳ないけど、密に関わるのは控えさせてもらおうかなって」 


「……………………」 


「他の女の子とも、なるべく口聞かないようにする。あ、でもそっか、ゲイの方もあり得るか……。うーん、どうしよう……」 


「……なんでお兄ちゃん、そこまでするの?」


 「え?」 


「だって、お兄ちゃんは学校もバイト先もあって……女の子と口聞かないなんて、無理……じゃない?」


 「まあ難しいとは思うけどさ、美結が家で独りぼっちなのに、俺がどこそかしこと女の子と話していいなんて、不平等じゃないか」


 「……………………」 


「本当は、もっと早くそこに気づくべきだった。だから……ごめんよ」 


「ううん、謝らないで」 


私は眼を瞑って、お兄ちゃんに三回目のキスをした。


何回やっても足りない。むしろ、すればするほどキスしたくなる。 きっとキスって、そういう魔法をかけるために、恋人たちはみんなしてるんだね。 


「……あの、えーと……じゃあお兄ちゃん、メグ以外の子とは……あんまり、喋らないで?」


 「メグちゃんはいいのかい?」


 「メグは……こんな私を許してくれた友だち。そんな友だちのこと、お兄ちゃんと絶縁させるなんてできない」


 「……………………」 


「だから……メグとは、お兄ちゃんも仲良くしてほしい。もちろん全然ヤキモチ焼かないわけじゃないけど、メグならいい」 


「……そっか」


 少しだけ表情が柔らかくなったお兄ちゃんを見て、私は……我慢できずに押し倒した。ベッドにドっと二人分の重さが伝わって、少しベッドがたわんだ。


 「でも、それでも……私だけを女の子として見て?私だけのあなたでいて?私も、あなただけの私でいるから」 


「……うん」


 「他の女の子と口きいちゃだめ。私以外の女の子の名前を口にするのもだめ」 


「う、うん」 


「視界に入れるのもだめだし、私以外の女の子がいるって認識するのもだめ。それから……」 


「ちょ、ちょっと、それは厳しいって……」


 「えへへ、いじわるしちゃった」 


私はお兄ちゃんの首筋を、小さく噛んだ。びくっとお兄ちゃんの身体が少しだけ反応した。 


「お兄ちゃん……私のこと、食べてほしい」


 「美結……だけど……」 


「お願い、安心させて?愛されてるって思わせて?」


 「……………………」 


「本番は、今日はしなくていいから……私のこと、目一杯愛してほしい」


 「……わかった」


 お兄ちゃんの左手が、私の背中に触った。そこからするすると下へ降りて……お尻の辺りを、優しく撫でた。 


「……や、お兄ちゃ……触り方、エッチ」


 「そういうこと、するんだろ?」 


「……もう、いじわる」 


愛してる、お兄ちゃん。 







………………私は。 カーテンの隙間から漏れる日差しを受けて、目が覚めた。 


私はお兄ちゃんの胸の中で、今日を迎えた。お兄ちゃんも、服を全部脱いで……私の身体に直接触れてる。 すーすーと静かな寝息を立てているお兄ちゃんの唇へ、私は小さくキスをした。 


「ん……」 


「あ、おはようお兄ちゃん」 


「美結……おはよう。今、何時かな?」 


お兄ちゃんは枕元に置いていたスマホを取り出して、時間を確認すると、もう朝の8時15分だった。


8時半からHRが始まる学校へは、どうやってももう間に合わない。 


「……はあ、もうこんな時間か」 


「お兄ちゃん、ごめんね。昨日……夜遅くまで起きちゃってたから……」 


「……ん、いいよ。ふう、今日は学校サボろっかな」 


「いいの?」 


「2日休むくらい、どうってことないよ」


 「……えへへ、お兄ちゃん」 


私は自分のほっぺたを、思い切りお兄ちゃんのほっぺたに擦り付けた。


 「全く、美結はブラコンだなあ」


 「うん。お兄ちゃんだってシスコンでしょ?」


 「まあね」


 「ふふふ」 


ああ……幸せ。 本当の本当に、幸せ。 


「美結、今まで本当にごめんな。不安にさせるようなこと、しちまって」 


「いいよ、お兄ちゃんのせいじゃないもん」


 「俺さ……なんていうか、童貞でいくじなしっていうのもあるけど、その……『そういうこと』ってさ、結婚してからするべきなのかな?って思っちゃって」 


「え?」


 「いやだから……こう、俺もやっぱりエッチな野郎だからさ、美結とそういうことしたいって思ってたよ?でも、美結のこと大事に思うんだったら、ちゃんと結婚もしない内から遊びみたいなこと、しちゃいけないんじゃないかって……」


 「じゃあ、私と結婚するまで、手を出さないつもりだったの?」


 「……まあ、うん」


 「も~、そんなの寂しいよ。その方が愛されてないと思っちゃうよ。お兄ちゃんっぽくて、それはそれで可愛くて好きだけど」 


「そっか、ごめんな。ちゃんと話し合えばよかったか……。いや、これ話し合うのも照れ臭くて、中々できねえよな」


 「……それは、まあ……そうかも」 


「うん」 


「……ふふ、でも、そっか」


 「ん?」 


「結婚してくれるの?私と」 


「…………えーと、そのー…………」 


「結婚、しよ?私もお兄ちゃんと一緒がいい」


 「……うん、そうだな」 


私はお兄ちゃんの眼を見つめて、もう一度キスをした。やっぱり、キスは何回しても良い。


 「どうお兄ちゃん?ブラコンの妹とのキスは?」 


「ん……そうだな。なんていうか……すっごく……」 


激甘だよ。

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