「アキュラス、次はこれを八番卓に」
「はーい」
俺は作ったドリンクとおつまみをカウンター越しにアキュラスに渡した。
栃木に帰ってきた俺たちは以前と変わらず日中は訓練、夜はバーの運営に明け暮れていた。
「お疲れ様です、梶谷教官」
「ん? おうお疲れ様」
バーにやってきたのは岡茜と熊谷遥だった。
最近は彼女らもバーにやってきて酒を飲んで帰るようになったのだ。
「はい、とりあえずカルーアミルク」
「ありがとうございますー」
「さすが梶谷教官、注文しなくても出してくれるんですね」
「さすがにお前らの注文ぐらいは覚えているよ。明日も訓練なんだからあまり飲みすぎるなよ?」
そう言いつつも俺の酒を飲む手は止まらないから、あまり人にどうこう言える立場ではないんだけどな。
そうして二人と世間話をしていた時、ふらっと立ち眩みのような感覚が襲った。
飲みすぎたせいで立ち眩みしてしまったのかと思ったのだが、それが地震由来のものであることに気がつくのは遅くなかった。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴ……』
「あれ? 意外と大きい?」
「震度四……五弱くらいありますかね……?」
地響きのような音が響き、揺れが大きくなることに警戒したが、揺れはすぐに収まった。
「お、収まったな……。大地震が来ると並べてる酒が棚から落ちてしまうからな。少し焦った」
「地震が来てお酒が落ちなくて良かったっていうのは教官くらいじゃないですか……?」
若干岡の呆れるような視線を感じたが、俺は何も気がつかないふりをした。
そうしてしばらくバーの営業を続けていると、食堂に男性の隊員が駆け込んできた。
隊員のただならぬ様子に食堂内に緊張が走る。
「はあ、はあ、緊急です! 栃木市内に新たなダンジョンが発生! 全隊員は至急新ダンジョンへ向かってください!」
「新ダンジョン!?」
「まずいな! 急がないと!」
食堂内でくつろいでいた隊員たちは慌てるように走り出した。
「梶谷教官、私たちも行きます!」
「ああ、俺もすぐに支度する」
新たに発生したダンジョンは不安定で、モンスターが地上に溢れ出てしまうダンジョンフラッドが発生しやすい。
先ほどの地震のような揺れはダンジョンが発生した際の地響きだったのだろう。
ダンジョンフラッドは初動が重要になる。後手に回ると一般人まで被害が及んでしまうからだ。
「マリー、セリーヌ、アキュラス! お前らもすぐに支度を整えてエントランスに集合しろ!」
俺はそう言い残し、寮の自室に向かった。
◇◇◇
「あちゃ……ダンジョンフラッドかよ」
俺がセリーヌたちを連れて新たに発生したダンジョンに向かうと、すでに地上でモンスターと戦う隊員の姿が見えた。
ダンジョンが発生したのが農村地域だったことが救いだろう。
だが、ダンジョンフラッドが発生してしまったのは火を見るよりも明らかだった。
「あ、梶谷教官!」
「岡、状況は?」
「見ての通りダンジョンフラッドが発生。内部の調査はまだですが、ダンジョンから出てくるモンスターの数から見てもかなりの大きさのダンジョンだと推測できるそうです」
「了解。隊員の応援はさらに増えるだろうが、数で圧されないように気をつけろ」
俺は岡にそう告げるとセリーヌたち三人の元へ戻った。
「状況はあまり良くない。夜ということもあって隊員の到着が遅れている。マリーは怪我をした隊員の治療を最優先だ。セリーヌとアキュラスはモンスターの討伐して戦線を押し上げるぞ」
「分かったです」
そうして俺はとりあえず地上に溢れてしまったモンスターの討伐を始めた。
しかし、溢れたモンスターを見て少し違和感を覚えてしまう。
「……ん? 上層のモンスターが出てきたはずだよな……? なんでもうゴブリンメイジが出てるんだ……?」
ダンジョンフラッドは基本的に上層のモンスターから順番に外に溢れてくる。モンスターのレベルは時間が経つにつれて次第に上がっていくというのが一般的なダンジョンフラッドだ。しかし、すでにゴブリンメイジが出てきたとなると……。
「これ、相当高難度のダンジョンなんじゃないか……? っと!」
ゴブリンメイジが放った火魔法を避けて、一瞬で距離を詰める。流れるような動作でゴブリンメイジの首を刎ね飛ばした。
すぐに近くの状況を把握しようと辺りを見渡すと一人の隊員が苦戦しているのを発見した。
「く、くそおっ!」
近くにいた討伐隊員はワイルドボアに執拗に狙われており、突進をなんとか避けている最中だった。
一度は突進を避けた隊員も態勢を崩している。しかし、ワイルドボアは態勢を整えるまで悠長に待ってくれる訳もなく、Uターンするように帰ってきた。
「パリィ!」
俺は隊員とワイルドボアの間に入るようにして、ワイルドボアの頭部にパリィを放つ。
『ブモオオオオオ!?』
自分の巨体が持ち上がって動揺するように鳴き声をあげたワイルドボアだったが、腹部が丸見えになっている。俺はその腹に両手剣を叩き込み、ワイルドボアの息の根を止めた。
「ふう……大丈夫ですか?」
「あ、ああすまない。ありがとう」
「ワイルドボアは基本的に正面に立っちゃダメですよ? まあ一人で戦うのは結構厳しいので今このアドバイスは適切ではないんですけどね」
明らかに今は人手が足りていない。徐々に隊員が合流し始めているが、もう少し早く手を打たないとな。
「『縮地』!」
「お? 岡のやつ、スキルもそれなりに使いこなせるようになったのか」
入隊歴が浅いはずの岡だったが、持ち前の素早さを活かしてモンスター討伐に当たっている隊員たちの中でもかなりの討伐数を上げているようだ。
「岡! 俺たちはダンジョンの中に入る! こっちは同期達と持ちこたえれるか?」
「任せてください!」
自信があると言わんばかりにその目は闘志を燃やしているように見えた。
ま、正直他の隊員よりかは俺たちが育成した隊員の方が役に立っていそうだった。
「セリーヌ! アキュラス! こっちは他に任せて俺たちは中に入るぞ!」