王都の市井を巡回し、特に変わりのないことを確認できた。それとなく不足しているものや不満がないかを訊いて回り、今回の視察は終了する。
治安も悪いというわけではないし、民たちも不満がないわけではない。それは当然のことなので改善の余地はあるだろう。
「ハクちゃん、みてみて? これ、ハクちゃんにとっても似合いそう!」
雲英ことキラさんが、青い花の髪飾りを手に取り、白煉こと白兎の前に翳して楽し気にはしゃいでいる。このゲームの中に転生してからはじめての王宮以外の場所だから、仕方ないのかも。
様々な店が並ぶ市井は、目移りしてしまうほど賑やかで華やか。現実世界でいうところのショッピングモールのようなもの。
「いや、だから俺は男なんですってば····雲英さん、わざとやってません?」
「ハクちゃん、わかってない! 可愛いに男の子も女の子もないわ!」
わかる。
すごくよくわかる。
俺はうんうんと頷き、キラさんの言葉を噛み締める。本人は不服のようだが、むぅと膨れている顔ですら可愛い白兎。白煉の容姿は白兎をベースにキラさんが描いてくれたので、可愛いのは当然だ。
本来の隠しルートの性格は実は本人とは違うし、暗殺者としての能力はかなりチートだったりする。
「青藍様、これ買ってください」
「ちょっ····雲英さん⁉」
くるりと振り向いて、キラさんがにっこりと見上げてきた。
「かまわないよ。それはそれで買うとして、ハク自身もなにかひとつ選んで?」
「青藍様、太っ腹♪ じゃあこれは青藍様のお金で買った私からの贈り物ってことで。ほら、ハクちゃんも好きなの選んでいいって!」
「俺は別に····海鳴さん、笑ってないでふたりを止めてください」
珍しく海鳴が微笑んでいる。あの無愛想を絵に描いたような青年が、だ。本人も気付いていなかったようで、慌てていつもの平静な表情に戻していた。
白煉の中身が別人だということはもちろん話していないし、転生者ということだけは、本人にもこれ以上誰にも言わないようにと約束させた。海鳴は信頼できる男だが、俺やキラさんとは違い、この元乙女ゲームのキャラクターのひとりでしかない。
なので、ハクのことは海鳴には自分たちのよく知る、あの白煉で間違いないこと、以前の記憶がないことだけ伝えている。
これは隠しルートの本編でもこのタイミングで明かされるので改変にはなっていない。なので、この秘密はここにいる四人だけが知ることだった。
白兎は俺が海璃であること、華雲英がキラさんであることは知らないままだ。まあ、キラさんとはあの時初対面で、そもそも交流がなかったわけだがら、あまり関係ないのかも。
「白煉、気にせずゆっくり選ぶといい」
「海鳴さんまで····」
海鳴は以前のように"ハク殿"とは呼ばず、白煉と名を口にする。もちろん、王宮にいる時は"ハク殿"と呼ぶ。
さっき笑みを浮かべていたのは、彼が昔を懐かしんでいたのかもしれない。ちなみに、本来はこのシーンで彼が微笑むことはないはずなのだが。
「心配は無用。白煉が望めば、青藍様がすべて叶えてくれるだろう、」
「····か、海鳴さん?」
被っている白い衣越しに白煉の頭を撫でて、海鳴がまた笑みを浮かべた。それを不思議そうに見上げている白煉。その様子を一部始終眺めていた俺は、引きつった笑顔のまま拳を握り締めていた。
(いや、なんで海鳴が庇護欲丸出しで白煉の頭撫でてるの⁉ 白兎もまんざらでもない? キラさん、にやついていないで頼むからフォローして!)
我ながら心が狭すぎる····けど、こればかりは譲れないぞ!
「ハク、好きな色は? 髪飾りが嫌なら、この髪紐はどう?」
俺は並んでいるものの中から、あるものを指差して訊ねる。薄桃色の可愛らしい髪紐。しかし、白兎の反応は····。
「それは、いらないです。間に合ってます」
「ああ····そうか、」
ねえ、なんで⁉ 俺にだけ時々ものすごく塩対応なの、マジでなんで⁉
「あ····えっと、前に貰った赤い紐飾りの髪紐。あれが気に入っているので、それは要らないという意味で。あ、じゃあこれ、これにします」
白兎は俺のあからさまな反応に対して、その理由をちゃんと言葉にしてくれた。赤い紐飾りの髪紐。それは、青藍が白い漢服と共に贈ったものだった。最初のチュートリアルである恋愛イベントのキーアイテムでもある。
(そっか····あれ、そんなに気に入ってくれてたのか。青藍からの贈り物があるから、他の物は要らない? そういう解釈で合ってる?)
俺はその言葉にわかりやすく元気を取り戻し、白兎が咄嗟に手に取った薄青色の半透明な腕輪に視線を向ける。それは本来、このイベントで彼が手に取る物の内の、ひとつ。それまでの流れは全然違ったが、こういう重要なポイントはちゃんとシナリオ通りのようだ。
ちなみに、俺が選んだあの髪紐を選ぶとまた違った結果になった。あの塩対応はかなりショックだが、おかげで確定したこともある。
あれはあえて、だ。あえてあれを選ばせないという、俺の計画どおり!
店主に必要な分のお金を渡し、会計を済ませる。その横で不安そうに白兎がじっとお金と品物を見つめていた。
このセカイでのお金は、公務という名のミニゲームをして得る報奨金で、ヒロインに貢ぐ以外にあまり使い道もない要素。
本編の進行やイベントがない時に裏でコツコツとやっていたのだが、こういう時にポンとお金が出せるように貯めていたわけで。転生した先でもアルバイトをすることになるとは思わなかった。
このセカイの財布、財嚢袋を袖にしまい、購入したものを受け取る。今日の白兎の髪の毛は結われておらず、髪飾りを飾るのは無理だろう。腕輪だけ残して髪飾りは袖にしまうと、色白な左手を取り、俺は白兎をじっと見つめる。
「じゃあ、改めて」
「あ····え? なんですか?」
衣に隠れた顔を覗き込むと、白兎は動揺して、咄嗟に掴まれている手を引こうとした。
「私の可愛い未来の花嫁に、」
「は····な、よめ?」
細い手首に腕輪を通し、俺は自分が青藍として出せるめいいっぱいの甘い声でそう言った。その効果は絶大で、白兎は真っ赤な顔をしたまま固まってしまった。しかも衣でしっかり隠れているので、その顔は俺にしか見えない。
「じゃあ、今度は君が本当に好きなものを見つけよう。最初に約束したの、憶えてるでしょ?」
「······はい、」
適当に選んだ物じゃなくて、白兎自身が本当に欲しい物を贈りたい。
その気持ちは伝わった、かな?
そのまま手を繋ぎ、歩き出す。少し離れて海鳴と雲英がついて来る。ここまでは順調。ここから先は、白兎次第。白煉の能力を使いこなせなければ、最悪の結果もあり得る。
「なにがあっても大丈夫だ。君は強い子だから」
「え? どういう意味ですか? わっ⁉」
よしよしと頭を撫で、俺は複雑な気持ちを隠すように目を細めた。
そんな中、恋愛イベントと同時進行で、あるイベントが発生する。
それは、白煉を取り戻すための物語。
「どうしたんですか? いつも以上に変ですよ?」
ちょっと待って。
白兎から見た青藍って、『変なひと』なの?
俺が口を開こうとしたまさにその時、不自然な足音が四人を囲むように集まってきた。
最悪のタイミングで始まるとか止めろ。お願いだから否定させて!
『さてさてお待ちかね~。隠しイベントのはじまりはじまり~』
ナビが急に話し出す。それを合図に、俺たちは口元を布で隠した怪しすぎる集団に囲まれていた。道を歩いていた者たちがその様子に驚いて遠ざかっていく。黒い衣に身を包んだ、昼間にはかなり目立つ格好の者たち。
「大人しくついて来てもらおう。騒ぎになるのはお互い避けたいはずだ」
その内のひとりが顎で方向を示す。海鳴が剣に手をかけようとしていたのに気付いたのだろう。俺は従うようにと視線だけで海鳴に指示を出す。
海鳴は握ろうとした柄から手を放し、小さく頷いて応えた。
『暗殺集団、"梟の爪"の下っ端たちですが、ひとりひとりの能力は高く、海鳴ならまだしも、あなたの腕では返り討ち確定ですからね』
煩いな。
青藍は自分の身を守るくらいの武芸や剣術は身に付けているが、誰かを守りながら戦えるほどの力はない。海鳴の負担が増えるのと、人通りの多い場所で騒ぎを起こすのは非常にまずい。
民たちが皇子である青藍の顔を知っている確率はゼロに等しいが、不要な犠牲を出すわけにはいかないという、一応正当な理由がそこにはあった。
賊たちは自分たちが一番目立っているだろうことに気付いているだろうか。
明らかに怪しく、敵と認識されやすい姿で現れる矛盾。わかりやすく敵、という存在はゲームの中では通常運転である。
前にふたり、後ろに三人、横にひとりずつ配置され、俺たちはある場所へと連れて行かれる。そこは市井の外れにある傾いた屋敷。都合よく用意されたその場所で待っていたのは、白煉を拾い暗殺者として育てた男。
「来たな。やっと戻ったか、名無し」
「····赤瑯、兄さん?」
白煉として、白兎が俺の前に出る。白兎は本編はクリアしているから、彼のことを知っていて当然だ。兄さん、と後付けしたのはナビゲーターが補足したのだろうか?
目の前にいる、本編だけでなく隠しルートにも登場する彼の名は、赤瑯。
暗殺集団"梟の爪"の頭領である。