赤瑯の、本編では明かされないその能力。この隠しルートにおいて、白煉の記憶を取り戻すためのイベントではじめてみせるもの。幻影術。言葉を巧みに操り、標的に対して断片的に映像を見せ、惑わせることができる特殊な能力。
隠しルートの暗殺者集団"梟の爪"は、その殆どの者たちが特殊な力や見た目を持つが故に、迫害されたり親に捨てられた者たちの集まりだった。赤瑯は彼ら彼女らを保護し、その能力を活かす場として人殺しをさせている。
それは生まれながらにして能力を持ってしまった者たちへの間違った救済。自分たちをひととしてみない者たちへの復讐でもあった。
もちろん、強制しているわけではない。望んだ者たちがその手を血で染めている。赤瑯が白煉にこれまで一度も暗殺者としての仕事をさせていなかったことも、それが理由だった。ではなぜ今回、あえて白煉を青藍の許へ送ったのか。
「白煉は誰も殺していない。お前の言葉は虚構だ」
それは白煉を調べていく内に、彼が何者かを知ってしまったから。本来、暗殺集団などにいてはいけない存在。しかし本人の記憶が曖昧なせいで、どこへも行けない状態だった。
赤瑯は白煉と過ごす内に、本物の兄弟のような感情を持ち始める。恋愛感情ではなく、家族として。しかし頭領である自分が白煉だけを特別扱いすれば、他の者たちが黙っていないだろう。
幼い頃の白煉を知っている青藍に会えば、なにか変化が生まれるのではないかという期待を込め、今回の暗殺依頼を任せることにしたのだ。
万が一のためにもうひとり女の暗殺者を忍ばせ、白煉とは違う指示を与える。結果、白煉は青藍を庇う形で前に出、暗殺者としてではなく客人として迎えられた。
青藍ならば白煉に気付くだろうという、賭け。
赤瑯がこのタイミングで現れたのは、白煉を取り戻しに来たわけではなくて。
「ハク、落ち着いて。君ならきっと、大丈夫。あいつの言葉に惑わされないで、」
すべてが嘘というわけではない。
白煉は賊たちから逃れるために『力』を使った。しかし、誰も殺してはいないのだ。それこそが、赤瑯が見せた幻。実際彼らを葬ったのは赤瑯と仲間の暗殺者たちだったからだ。
白煉が見せられた幻こそ、試練。乗り越えることで新しいスキルを獲得し、記憶の半分を取り戻せるのだ。
『どうしてあんなことを言ったんです? ペナルティを無視して助言するなんて。あと二回で強制排除確定です。場合によってはもう後がないですよ?』
ナビは呆れ半分、心配半分で俺に問いかける。
俺はあの時、絶対に言ってはいけないことを口にしたが、なんとかペナルティひとつ分で済んだようだ。ペナルティが付くことは予想できたが、それでも"白兎"を守るためには必要だった。
「ハク、聞くな。そいつの言葉は、ぜんぶ嘘だ」
「駄目だ、見るな! それは、見なくていい!」
あのふたつの台詞は本来存在しないもの。
赤瑯の能力を青藍は知らない。知らないはずの人間がそれを断言するのは、まさに改変。目の前の彼がこの隠しルートの白煉なら、必要はなかっただろう。だがその中身が白兎だと知った今、あの幻はキツ過ぎる。
ゲームはフィクションだから見ていられるが、それが現実に起きている今の状況では、あんなの、トラウマでしかない。
微かに震える白兎の身体を抱き寄せ、自分の胸に顔を埋めさせる。少しずつ落ち着きを取り戻した白兎は、その大きな赤い瞳で俺を見上げてきた。そこにはなにかを決心したような眼差しで。こうなることは物語の流れでわかっていたけど、それでも不安になる。
「数日間だけど、青藍様と過ごせて良かったです。俺は暗殺者だから、やっぱりあなたの花嫁にはなれません」
「ちょっと待って····どうしてそうなるんだ?」
とん、と胸の辺りを押されたかと思えば、今まであったぬくもりが離れていく。同時に、白煉の手に握られているもの。それは、青藍が腰に佩いていた剣だった。鞘から抜かれたそれは、天井の隙間から差し込む光に反射して、その鋭い切っ先がやけに強調されている。
「それでなにをするつもりだ?」
白煉は俺に背を向け、剣を下げて持ったまま赤瑯と再び対峙していた。このイベントはここにいる暗殺者たちを倒してクリアとなる。その意味を、白兎はちゃんと理解しているのだろうか?
ナビゲーターはどう伝えている?
あの言葉は、まるでもう二度と戻れなくなるような、そんな言い方だった。
『駄目ですよ、主。彼が転生者でナビゲーターが付いているなら、そいつがちゃんとサポートしているはずです。不要な助言はあなたの身を危険に晒すだけです。すでにペナルティがひとつ付いてしまった今、次でふたつ付いてしまったら、今度こそ本当にあなたの物語が終わってしまうんですよ?』
白煉が剣を手に取ったことで、暗殺者たちがそれぞれの暗器を構え始める。赤瑯の合図ひとつでこちらに一斉に襲い掛かって来るだろう。
海鳴と視線だけ交わし、それだけでどう動くかを理解した有能な護衛官に感謝する。キラさんは海鳴の横でこちらをじっと見守っているが、俺に対して首を振ってきた。
キラさんには俺のペナルティが画面上で見えているのか、それともナビゲーターが伝えたのか。
これ以上は止めた方が良いと言われているように感じる。それでも、俺は····。
「ハク、誰も殺すな。君は人殺しなんかじゃない。昔も今も、その手は真っ白なままだ。なにも変わらない。奴らを倒す大義名分を私が与える。でも殺すな。約束して。暗殺者としてではなくて、私の剣としてその力を揮うと」
「倒す? ····青藍様の、剣? 俺が?」
「そうだ。そしてぜんぶ終わらせて戻ったら、お前を正式に俺の婚約者にする。二度と、俺の前からいなくなろうだなんて、考えることがないように」
「こ、こんやく····って!? ど、ど、ど、どうしてそうなるの⁉」
真っ赤な顔でこちらを振り向き、白兎は動揺丸出しで叫ぶ。俺はそれが可笑しくて、思わずくすくすと笑ってしまった。
「うん、大丈夫だ。君は大丈夫。だから安心して。私は君を信じている」
ペナルティがあとひとつ付こうが問題ない。
この笑顔を曇らせるくらいなら。
『はあ。本当に、どうしようもないくらい馬鹿なんですね』
ナビがわかりやすく大きなため息をついた。
「海鳴、捕らえる必要はない。殺す必要もない。逃げるための退路を作るだけでいい」
「雲英殿を頼みます」
ああ、と俺は頷き、キラさんの前に移動する。キラさんは俺の衣の袖を掴み、なにか言いたげだった。白煉の横に並ぶ海鳴の背中は、かなり頼もしい。俺たちはこの先は介入できないのだ。
「あなたの気持ち、きっとわかってくれたと思う」
「そうでないと、困る」
あそこまではっきり言ったんだから、その意味はわかっているだろう。
赤瑯が右手を上げて、それが合図となり暗殺者たちが動き出す。飛んできたいくつもの小刀を、白煉は被っていた白い衣を掴んで素早く剥いで防ぐと、そのまま向かってきた者たちに抛った。
視界を塞がれた衣を冷静に投げ捨てたのはいいが、消えたふたりを目で追おうとしたその瞬間、後ろに回り込んだ白煉が剣の柄を使って首筋に打撃を与える。同じく隣のもうひとりを海鳴が腹を蹴って地面に沈ませた。
「すごい! 息ぴったり!」
キラさんは目の前で行われている怒涛のアクションシーンにテンションが上がっているようだ。あれは白煉の特殊技である、縮地・零。人並み外れた身体能力によって敵との間合いを縮め、一気に目の前まで進む技だ。縮地とは本来、仙術のひとつ。仙人が使う技で、目的の場所へ行くために知脈を縮めて距離を短くするためのものだ。
白煉が所持しているキーアイテム『銀龍の守り刀』は、彼がある古の民である証でもある。赤い瞳、白銀の髪。奇形と思われがちだが、それはひとから見て異質であるというだけ。
「白き龍の民。やはりお前は、トクベツだ」
赤瑯がその答えを口にする。
白き龍の民は、少数民族。希少な民で、もうほとんど存在しないと言われている。力が覚醒すると白銀髪になり、天仙に近い力を秘めているという。天仙、つまり天界の神に等しい力を持つ者。それがなぜこの青龍の国にいるのか。
その秘密は、真実エンドにてのみ紐解かれる。
次々と倒されて行く暗殺者たち。しかし数は多く、ふたりだけでなんとかするには骨が折れる作業だろう。俺とキラさんは少しずつ入口の方へと後退る。それに合わせるように海鳴が敵を倒していく。
白煉は何人か地面に沈めた後、赤瑯の正面に立ち、一定の距離を保ちながら見つめ合っていた。
「すみません。先約があるので、あなたとは一緒にはいけません」
白煉はそう言って、横に下げていた剣の切っ先を赤瑯に向けた。