白兎くんを青藍の部屋に連れて行き、海璃くんと話し合う場を作った。もちろん原作にはない行動だから、私にはペナルティがひとつ付いてしまった。残りふたつ。でも、後悔なんてしてないよ!
『あなたがそう思うのなら、私にはそれを否定する権利はありません』
ありがとう、イーさん。大丈夫、もう無茶はしないから。
「それに。この改変で本当の意味でハッピーエンドが確約されるなら、痛くも痒くもないわ! むしろご褒美よ!」
『あ、あなたがそう思うのならそうなのでしょう』
あの片恋拗らせ歴十年以上の海璃くんよ? なにもないわけないじゃない! 絶対なにか起きるに決まってるわ!
「そうと決まれば、隣の部屋にいる海鳴をなんとか連れ出さないとね!」
『そんなことをすればまたペナルティが付いてしまいますよ?』
「いいの。これで最後だから」
ひとつでも残っていれば強制排除はない。なにより、ふたりのハッピーエンドが確定した今、これ以上のトラブルは起きないはず。もし仮に起きたとしても、ふたりの誤解が解けてお互いの気持ちが離れなければ、なにがあってもきっと乗り越えられるって信じてる。
私はすぐ隣の海鳴の部屋の扉を軽くノックする。深夜ではあるが、彼のことだから起きているだろう。案の定、少し間をおいて扉は開かれた。
「雲英殿?」
「海鳴さん、こんな時間にごめんなさい。でも、どうしても力を貸して欲しくて····少しだけでいいんです。付き合ってもらうことはできますか?」
海鳴は青藍と女性の頼みには弱いのだ。
『海鳴の最大の弱みをつくとはさすがです』
でしょでしょ? 海鳴は困った顔をして少しだけ考えた後、理由も訊かずに引き受けてくれた。ここからが私の演技のみせどころね!
「母の形見の耳飾りが、気付いたら片方だけなくなってしまっていたんです」
「もしかして、市井での事件の時に落としてしまったとか?」
まあその設定でもいいんだけど、それだと大捜索になっちゃうからボツね。
「おそらく、戻って来てからだと思うんです。でも私の部屋にもハクちゃんの部屋にもなくて。宮殿内を探したいのですが、私ひとりでは不審がられるかなぁって」
「そういうことなら、力になります。他の者たちにも探させましょう」
「それはいけません。私などのために青藍様の従者さんたちを動かすのは良くないと思います。本来なら海鳴さんに頼むのも間違いだってわかっているんです。でも、他に頼れるひともいなくて」
胸に右手を当てて、私は沈んだ表情を作って俯いた。海鳴の部屋の灯りが上手く影を作ってくれて、より暗い顔に見えたんじゃないかな。
「わかりました。ではここに戻って来てからのあなたの行動を辿っていき、その動線を中心に探しましょう」
海鳴はそう言って一度部屋に戻り燈を持ってくると、私の前を歩き出す。うん、やっぱり海鳴は頼れるお兄さんって感じよね!
そんなひとを騙して連れ出すなんて気が引けるけど。これもふたりのためだし、彼のためでもある。だってほら、想いが通じ合ったふたりがどうなっちゃうかなんて、もうわかりきってるもの!
(というか、あの執着心ハンパない海璃くんの理性が、長年恋い焦がれ続けた大好きなひとを目の前にして、もつとは思えないし)
海鳴は青藍の気持ちをなによりも優先するだろうし、白煉に対して好意もある。私が勝手に動いて変えたことで、海鳴を傷付けては意味がない。
「ハクちゃんのこと、どう思ってますか?」
「白煉のことを、ですか?」
このルートの海鳴は、本来は白煉の好感度によって彼を攻略するキャラのひとりとなる。お茶会の前。あの時の雰囲気はそうなってもおかしくない状況だった。でもそうはならなかった。
それは、海璃くんが色々とやらかしたからだと後で知った。海鳴からしれみれば、青藍に白煉は自分のものだと宣言されたわけだから、かなり複雑な心情よね。
「白煉は昔から私にとっては弟のような存在で。守ってあげたい子だった。けれども今は、その必要もないと思っています」
「ハクちゃん、物理的にはじゅうぶん強いですもんね····あの傷も痕は残ってしまうかもしれませんが、なんだかんだでほとんど治りかけてますし。本当なら毒の影響もあるから、数ヶ月は安静にしてなきゃならないのに。もう包帯も取れました」
「それは彼が白き龍の民だからでしょうね、」
白き龍の民。龍の子の子孫という白煉の出生の秘密。真実エンドだとこっちが深堀されるんだけど、ハッピーエンドでは"そういうもの"という事実だけ明かされる設定上のもので終わる。
皇子様に守られるヒロインというよりは、皇子様を守っちゃう方のヒロインだし。
「青藍様が諦めずにずっと彼を捜していた時、私はすぐに諦め、実際に報告内容を信じることで自分を納得させました。だから、最初から白煉に対して私がなにかをしてやろうと思うこと自体、間違っていたんです」
「どうしてですか? 生きているはずがないってすぐに諦めちゃったから、責任を感じているんです? ハクちゃんはそんなこと、少しも気にしていないと思いますよ」
白煉が青藍と間違えて攫われた時、最後に彼の姿を見たのが海鳴だった。あの時、引き留めていたら。一緒に行動していたら。そんなどうしようもない後悔をずっと抱いていたはず。
でもだからって、海鳴を責める者は誰もいなかった。彼もまた、当時はただの少年だったから。
「私にとって守るべきものは、青藍様ただひとり。青藍様には今度こそ幸せになってもらわないと困るんです」
「それが、ハクちゃんのためでもあるって。海鳴さんは思っているんですね。だとしたら、海鳴さんは優しすぎます」
「買いかぶりすぎです。私は、少しも優しくなんかないですよ、」
いや、超絶優しいですよね。だって今も私のために、私の嘘に付き合ってくれてるじゃないですか。たぶんバレてますよね、私がなんで部屋から連れ出したか。あんなに騒いでいたんだから、青藍の部屋に誰がいるかもわかっているはず。
「雲英殿こそ、いつも誰かのために頑張っている。損得なしに行動できるその姿は、尊敬します」
嬉しい!
すごく嬉しい····けど、損得はある!
ふたりのいちゃいちゃ甘々エンドな未来のために、投資しているようなものなの!
せっかく海鳴に褒めてもらったのに心が痛いわ。
「で、どのあたりで落としたんですか?」
「うーん。こっちかしら?」
そうやって一時間くらい失せモノ探しに付き合ってくれた後、私がちょうどいいタイミングで耳飾りを見つけたふりをして、この茶番劇は幕を下ろすこととなる。そして海鳴は律儀にも私を部屋まで送り届け、自室へと戻って行った。
夜が明けるまではあと二時間あるかどうかだろうか。部屋に戻っていないところをみると、作戦は成功のようだ。このまま眠っても良かったが、なんだか目が冴えて眠れそうにない。
今日は皇帝と皇后の前で婚約宣言をする青藍や白煉と共に、同席する流れだ。そこで父である雲慈の冤罪が完全に晴れ、皇帝自ら謝罪するのだ。
華雲英が直接関わるメインイベントはここまで。後は恋愛イベントが一回と隠しイベントが一回。これをクリアし、白煉の青藍への好感度がMAXになれば、ハッピーエンド。その後、数年置いて青藍は皇帝となる。
「でも姚妃が静かなのが気になるわ。本来ならもっと邪魔をしてくるはずなのに、お茶会以降なにも動きがないって····なんだか変よね?」
『それには私も同意します。お茶会のメインイベントが改変されたことにより、姚妃の行動は現在予測不可能となっています』
「それって····今日のイベントに影響を及ぼしたりしないのかな? 」
あの場にいなかったから、彼女がなにを考えているのかまったくわからない。始まってしまったら対策も取りようがないし。私も海璃くんも後がない。そうなったら最後、すべてを白兎くんに委ねるしかなくなる。
「そういえば、もうひとり出ていないキャラがいるわよね」
『第三皇子の碧青ですね。しかし彼は、ヒロインの好感度がエンディング分岐点の段階で必要数以下だった時に登場するキャラクターです。条件を満たしていないため出て来ていないだけかと思われます』
私はこの時、ものすご~く嫌な予感がした。
そしてその嫌な予感は、この後見事に的中することとなる。