正直、私も海璃くんも動揺して動けなかった。
ハッピーエンドが確定した上での本編メインイベント。もちろん、何も起こらないとは思っていなかったが、まさかあの第三皇子の碧青が白煉にあんなことを言うなんて予想していなかったのだ。
「だってこの子、兄上の命を狙った暗殺者の仲間なんですよね? なんでそんな奴を花嫁なんかに? 未遂だったとしても、儀式に潜入した罪を裁くのが先じゃないんですか?」
いったい誰が彼にそのことを話したのか。
どこでそんな情報を得たのか。
まさか、姚妃と碧青が繋がっている、とか?
(姚妃は、やっぱりあれで諦めたわけじゃないってことよね?)
お茶会での改変により、蘇夏琳と姚妃が早々に退場したかと思ったら、こんなところで思わぬ伏兵が現れるなんて!
これは想像でしかないけれど、大幅な改変のせいで他のキャラクターたちが予測不可能な行動や言動をするようになっている。皇帝陛下の前で暴露させることによって、絶対に逃げられない場を作り出し、白煉を罰する気なのだろう。
暗殺者の仲間とわかれば、いくら青藍を身を挺して守ったといっても、そこに別の意図があったと思われても仕方がない。
私はもちろんこの場で言葉を発する権限もないし、不用意に庇えば逆に疑いが深まってしまうだろう。そんな中、離れた場所で白煉の声が響く。
「皇帝陛下にお伝えしたいことがあります」
声がした方を辿れば、いつの間にか蒼夏の横で跪く白煉の後ろ姿があった。もしかしてスキルを使って、誰にも気付かずにあそこまで行ったの? 自分のやろうとしていることを止められないように?
(白兎くん、なにを言うつもりなの?)
白を基調とした漢服を纏い、その場に跪いて深く頭を下げ、丁寧に拱手礼をしている白煉の後ろ姿に、いつもの弱気で自信のない彼とは違う、揺るがない決意のようなものを感じた。
「本当に蒼夏兄上の言った通りになるなんて····、」
ぽつり、と横でそう呟いたのは碧青だった。白兎くんの告白も気になったが、私は首を傾げて彼の様子を観察する。呟いた後で何事もなかったかのように自分の席に座り、姜妃と視線を交わしているようにも見えた。
もしかして、この件って蒼夏も関わっているの?
(さっきのは、思わず本音が出たって感じだったわ····だったら、この展開はヒロイン次第で良い方向へもっていけるかもしれない)
案の定、白煉の告白に便乗するように、蒼夏がちょいちょい言葉を挟んでくる。まるで誘導してるみたいな····。白兎くんも、もしかしてそれに気付いたのかもしれない。
皇帝陛下も皇后も、真心を絵に描いたような人格者という設定。だからこそ嘘偽りを並べるのではなく、真実を告げることで、同情心だけでなく信頼さえも得られるはず。
本編をプレイしている白兎くんなら、その可能性を試さない手はないわ。隠しルートのふたりも、もちろん同様の人格者。故に、同性同士の婚姻も快く認めてくれるのだ。
暗殺集団に拾われ、そこに属していたこと。記憶が曖昧なこと。けれども誰も殺していないこと。イベントで取り戻した幼い頃の記憶の欠片。
そして、あの誘拐未遂事件の裏側で皇子に間違われて攫われた自身のこと。淡々と紡がれる物語に皇帝陛下も皇后も胸を痛めているようだった。
「でもそれは叶いませんでした。そこで待ち構えていただろう賊たちに囲まれ、殴られ、俺は意識を失ってしまったから」
「ひど。小さい子にすることじゃないよね。誰の差し金だろう?」
蒼夏がふいに姚妃の方を見るような仕草をした。これはもう、彼がなにか企んでいるのは明白だ。明らかにわざとだろう。姚妃の顔色がどんどん悪くなっている。
そんな姚妃の横で、くすりと笑みを浮かべた姜妃。彼女は若く、可愛らしい容貌は息子に遺伝しており、その性格は碧青以上に小悪魔といっていいだろう。
妃嬪の中でも貴妃の位にある姚妃。同じ妃嬪の中でも位があり、姜妃は淑妃で貴妃の下に当たる。時代によって呼び方が変わるらしいけど、このゲームの中で参考にしたのは唐の時代の後宮。
ただ、このあたりはざっくりとした設定なので、あくまでそれっぽい設定を取り入れたに過ぎない。
青龍の国という、そもそも架空の国が舞台のファンタジーものなので、本格的な時代劇とは違う。
側室の人数も一国の後宮としては少ない設定だし、皇子が三人だけっていうのも他の中華風ファンタジーに比べたら少ないはず。
(あんな害のなさそうな顔をして、実は姚妃のやっていることを知ってて知らないふりをしていたり、勝手に自滅するのを傍観してたりするのよね)
最初の様子を考えるに、そもそもは姚妃の計画だったものを蒼夏が知り、いいように使われそうになっていた碧青に入れ知恵をして、ここですべてを終わらせようとしているのかもしれない。
(これは完全に想像でしかないけど、姚妃に呼び止められている碧青の姿を目にした蒼夏がそれを逆に利用して、謁見の場で姚妃の罪を明らかにし、姜妃の密かな願いを叶える手伝いをしてやる、とでも言ったんじゃないかしら?)
でもそれには、ヒロインの正直さやひたむきな想い、皇帝陛下を納得させるだけの言動が必要だろう。それが白煉にできると確信しない限り、こんな場当たり的な計画を成功させるなんて無理よね?
(でもできると踏んだから、ああやって話を合わせてるんだわ)
今まさに、ハクという不確かな存在が、確かな存在になろうとしていた。
「ふーん。じゃあ、君はいったい誰なの? 自分が誰かを思い出したんでしょ?」
「はい。俺は白煉。八年前に両親と共に失踪し、賊に殺されたということになっている、下級官吏であった白葉と、元宮廷女官の明鈴の子です」
幼い頃の青藍や海鳴といつも一緒にいた白煉という存在。そして、誘拐未遂事件の裏で起こっていたもうひとつの事件。あの日の真相は、皇帝陛下も皇后も知りたがっていたことだ。それが誰の指示で行われたことなのか。
本当に罪を問うべき者が目の前にいるなんて、ふたりは考えもしないだろう。なぜなら、姚妃は不遇の貴妃ではなく、むしろ優遇されているからだ。けれども彼女はそれ以上の地位を望み、自分の子を皇帝にすることで叶うと信じていた。
(本編ではその罪を自分の子である蒼夏に暴かれ、結果的に彼が皇帝になるけど、彼女はその地位を剝奪されて廃妃になるのよね)
命だけは助かるが、彼女にしてみれば死んでいるのと同じ罰だ。
彼女の処罰について、隠しルートと本編の大きな違いは······。
「なにより俺は、青藍様が大好きなんです。この気持ちは、想いは、たとえここで殺されたとしても、止めることなんてできません!」
はわわわっ⁉
白兎くん⁉
真剣に考察していた私の耳に、とんでもない台詞が入ってきた!
同時に、座っていた青藍が無言で立ち上がる。
(そうよね! ヒロインにばっかり言わせるわけにはいかないわよね!)
このメインイベントは青藍が白煉との婚姻を認めてもらうべく、どれだけ自分が彼を想っているか言葉を尽くすはずだった。
それが思わぬ展開で逆転して、ヒロインが全部言ってしまったこの状況で。青藍がその想いに応えないわけにはいかない。
「父上、私もお話したいことがあります」
白煉の横に跪き、拱手礼をした青藍が落ち着いた声音でゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「······話してみなさい」
皇帝陛下は思い出したかのように我に返り、青藍に視線を移す。よっぽど白兎くんの言葉が衝撃的だったのだろう。
「誘拐未遂事件と、その裏で起こっていた誘拐事件。そこにいる華雲英の父、雲慈殿の暗殺未遂事件、そして花嫁探しの儀式で起こったあの騒動を含め、そのすべてを企てた者が誰か。今、この場で進言いたします」
うん、まずは目の前の問題を解決するのが先ね!
白煉が潔白であることを証明し、姚妃の罪を暴くのね。それから、雲英の父、雲慈の事件のことも。
本編と隠しルートの違い。
白煉が皇子と間違って攫われた、誘拐事件。
青藍ではなく、彼を庇ったヒロインが毒に侵されること。
そして、雲英の父雲慈が、実は殺されていない、という真実。
私はきゅっと衣を握り締め、雲英の最後の物語を見守るのだった――――。