『報告しま~す。隠しイベントが無事に終了したようですよ~。これにより、恋愛イベントの発生時期が確定しました。イベント発生は三日後です。また、発生場所の変更を確認しました。発生場所は王宮の庭園です』
良かった。
白兎は隠しイベントをクリアできたようだ。ナビがいつもの如く、画面に表示された文字を適当に読み上げている。
ん? 今さらっと重要なことを言わなかったか?
「え? 市井じゃなくて、王宮の庭園? これってなにか意味があるのかなぁ?」
キラさんも首を傾げている。
白煉の最後の隠しイベントは、俺たちには見ることはできないものだった。キラさんは青藍が白煉を見送った後、部屋から出てきた。いつも通りこっそり覗いていたようで、
「ハクちゃんのポニーテール可愛かったでしょう! 理由は教えてくれなかったけど、絶対に願懸けだと思うのよね。青藍と同じ髪形にして、ひとりで頑張ろうっていう気持ち、健気で可愛いっ」
と、ひとりではしゃいでいた。
あれ、キラさんが決闘だから邪魔にならないようにって、結ってくれたんじゃなかったのか。白兎がそうして欲しいって頼んだという事実に、俺は素直に嬉しいと思った。
「王宮の庭園か····青藍と白煉には接点のない場所かも。全然この変更の意図が読めないな」
本来はもう一度市井でデートイベントをして、前にできなかった「好きなもの探し」をふたりだけでする恋愛イベントだったはず。
イベントの最後に青藍が白煉に永遠を誓って、王宮に戻ってからは青藍の部屋で····って流れだ。
『いずれにしても、我々にできることはなにもありません。流れのままに、最後の恋愛イベントを迎えるしかないようです』
キラさんのナビゲーターであるイーさん? が淡々と答える。
『他のキャラたちがなにかしてくるっていうのも、もうないかと思いますよ? あの方がなにか考えているんだとしたら、青藍と白煉のことではなくて、あなた自身と彼に関わることなんじゃないですか?』
「それはつまり、このゲーム云々じゃなくて、俺と白兎が解決しなきゃならない問題ってこと?」
といっても、もうお互いに気持ちはわかりきっていて。告白もした。あの日からほとんど毎夜、一緒に過ごしている。恋愛イベントのラストに向けて、色々と準備····というか、なんというか。
とにかく、なにがあってもいいように本番に向けてふたりで練習····しているのだ。
うーん、日本語難しい。
もちろん、最後まではしていないし、白兎の気持ちを優先している。
「なにが起きても不思議じゃないけど、危険なことはないのかも。始まってみないとわからないのがもどかしいわね」
机の上で頬杖を付き、キラさんは大きく嘆息した。誰にもわからない、最後の恋愛イベント。その先のエンディングでなにが待っているのか。俺たちには想像することすらできない。それこそ、初見プレイとなんら変わらないわけで。
不安はもちろんあるが、そう思うとなんだか楽しみでもあった。自分たちの知らない物語の行方。その先。俺たちはこのセカイで生き続けるのだろうか。それとも、なにか思いもよらないことが待っているのか。
(白兎がいる場所が、俺のいる場所だ。それ以上は望まないし、欲しいとも思わない。このまま青藍として皇帝になって、白煉と一緒に生きていくのも悪くないんじゃないか?)
そもそも、俺たちはもう····元のセカイには戻れない。戻るという手段も、戻れる保障もない。
もし戻れるのなら、あんなことが起こる前。白兎にデータを送った時に戻れたら····なんて、都合が良すぎるよな。
俺たちが各々頭を悩ませていた時、部屋の扉が開かれる。白兎が帰って来た? そう思って振り向いた俺たちの視界に映ったのは、意外な人物だった。
「すみません。部屋から光が漏れていたので、消し忘れているのかと」
「海鳴?」
「····青藍様? 雲英殿と一緒だったんですね。ふたりだけ? 白煉はどこです?」
深夜に女性とふたりきり。しかも白煉の姿がないとなれば、誤解を招きそうだけど····。現に、海鳴は怪訝そうに眉を顰めて俺を見据えているように思える。変な想像はしていないと思うけど、弁解した方がいいかも。
「····やはり、間違いではなかったようですね」
「えっと海鳴? ····なにか誤解をしていると思うんだが、」
なにに対しての"間違いない"なのか。
今の状況?
「白煉に似た者が誰かと一緒に宮殿を出て行く姿を見ました。途中まで追ったのですが見失ってしまい····ここにいないということは、見間違いではなかったということね。青藍様は理由をご存じで?」
えっと、つまり····。
赤瑯と一緒に宮殿から出て行く姿をたまたま見てしまった海鳴が、ふたりを追って行ったけどまかれたってこと?
暗かったから確信はなく、戻って来て部屋に灯りが点いていたことで安心したが、確かめるために声もかけずに入ったら、白煉じゃなくて俺たちがいたってところか。
「もしかして、白煉に愛想をつかされたんじゃ····青藍様、いったい彼になにをしたんです?」
海鳴はいたって真剣だ。
なにをしたか、と問われれば、色々した。したが、別に愛想をつかされるようなことではないし、なんならお互いの気持ちを深めていたといってもいいだろう。
「海鳴、お前に話しておきたいことがある」
信じてくれるかはわからない、けど。
彼なら黙って聞いてくれる気がした。
俺は一からぜんぶ順を追って話し始める。俺たちが転生者で、このセカイは作られたもので、白煉がどこへ行ったのか、ぜんぶだ。海鳴は頷くでも首を振るでもなく、ただ静かに話を聞いてくれた。
「つまり、白煉は今、自分の記憶を取り戻すための試練を受けていると? そして、青藍様は青藍様ではなく、転生者という存在だと? 白煉や雲英殿も、同じ····私たちは、げーむ? という作り物の中の登場人物、」
真面目過ぎる答えが返って来たが、その通りだったので俺は頷く。
「色々あって、今の状況はゲームのシナリオ通りではなくなっている。本来、海鳴がこのイベントに介入することはないからだ。それが今、なぜかここにいる。それはつまり、もうここはただのゲームのセカイじゃなくて、そこに住むひとたちはそれぞれの意思で動き出しているってこと」
ホンモノもニセモノもない。
ひとつの存在なのだと。
「騙していたわけじゃないけど、俺たちにも制限があったから。話していいことの方が少なかった。そこは許して欲しい」
俺は誠意をもって頭を下げる。途端、海鳴はその場に跪き、拱手礼をして「頭を上げてください」と慌てた様子でそう言った。
「あなたがなんと言おうと、私にとって青藍様は青藍様です。私などに頭を下げないでください」
もしかして、理解してくれた?
その上で、俺を青藍と呼ぶのか、このひとは。
「私の主は生涯ただひとり、あなただけです」
その言葉に、俺はもうなにも言えなくなった。ただのキャラではない。そこに確かに存在するひとたち。この『白戀華~運命の恋~』を彩る魅力的なキャラ。彼ら彼女らは、間違いなくこのセカイで生きているのだ。
「ただいま····って、海鳴さん⁉」
いや、すごいタイミングで帰って来たな。
白兎が扉の前で跪いている海鳴に驚いて、声を上げた。俺と海鳴を交互に見て、なにを思ったのか頬を膨らませた。
「青藍様、海鳴さんをいじめないでください」
「····どうしてそうなる?」
「海鳴さん、立ってください。青藍様になにか言われたんですか? 海鳴、さん?」
絶対に勘違いしてるって!
海鳴は好きで跪いてるんだから、俺のせいじゃないぞ⁉
ふっと海鳴が穏やかな笑みで白煉を見上げ、その手を取っていた。そんな風に笑うひとではないのだ、本来は。その原因は確実に白兎なのだと、思い知る。
「白煉、その剣は?」
「あ、ああ····ええっと、これはですね、」
腰に佩いていた剣を指差して、海鳴が問う。わかっていて訊いているのだ。だって、あれは青藍の剣だから。
動揺している白煉の頭に手を置いて、また笑みを浮かべている海鳴に対して、俺は少なからず嫉妬する。だって、そうだろう? 海鳴は白煉を諦めたとはいえ、かつて想いを寄せていたわけだから。
「無事でよかった。帰って来てくれて、よかった」
「····海鳴さん?」
「なにか私が手伝えることがあれば、今まで通り遠慮なく言ってください。では、もう遅いので部屋に戻ります」
海鳴はすっと後ろに下がり、もう一度拱手礼をした後、部屋を出て行った。ぽつんと残された白兎は不思議そうにじっと扉を見つめ、ゆっくりと俺たちの方へと視線を戻した。
「おかえり、ハク」
「おかえりなさい、ハクちゃん!」
「····ただいま、」
海鳴が言った台詞。
帰って来てくれて、よかった、と。
その言葉の意味が、青藍を通して俺の心に伝わってくる。
二度と、失いたくない。手を離したくない。だからこそ、傍にいてくれると安心する。青藍の許に帰って来てくれたこと。
当たり前だけど、そうじゃないんだって。
だから白煉がここに帰って来てくれたことが、青藍はただ純粋に嬉しかったんだ。