ハルと同棲を始めて三年目の記念日だったその日、シュウは仕事を早めに切り上げて記念日を祝おうとしていた。前々から予約していた指輪とハルが気に入っていたクッキーの大容量限定パッケージ缶を持って、急いで帰宅したのだ。
「あー、今週末に行くよ。結婚の話はそこで決めよう?」
自分の知らない『結婚』の話。自分という恋人がいるのに『今週末』には決まる結婚。帰宅して早々、シュウは絶望の淵に突き落とされた。
「結婚、ってなに?どういうこと?」
聞き間違いであって欲しい。そんな期待を胸にシュウはハルに聞き返す。
「オレ、結婚するんだ。実家からの縁談で……」
「うん。わかった。おめでとう。いつ?」
動揺のあまりシュウから表情が消え、他人に掛ける言葉のようにハルに返事をする。目の前のこの男が、同棲三年目の恋人であるわけが無い。大学時代から続いている恋人が、同棲を提案してくれた恋人が、たかだか実家からのぽっと出の縁談で自分を捨てる筈がない。
「黙っててゴメン。でも、オレは来週には出ていくよ。」
来週に同棲を解消できる程、知らない結婚の話は進んでる。猶予があるかという淡い期待は泡沫のように消えた。これまでに一切の相談も無かったという事実は、三年間も一緒に暮らしていた同居人としての信頼も無い証明だろう。
「そうか。」
シュウは持っていた紙袋をテーブルに置き、棒立ちのままハルをじっと見つめる。
「クッキー買ってきたけど、食べる?」
「いや、要らない……」
せめて最後の記念日にこれまでの想いを伝えようとしたが、ハルにイベントの定番行事すらも拒否されてしまった。
悲しみを通り越して憤りさえ感じていたシュウは、ハルの部屋に侵入した。
(ハルは別の人と家族になれるんだ。僕はハル以外とは家族になんてなろうとは思えないのに。)
ハルの涙の跡を手で拭う。それでも起きないハルを、シュウはベッドから勢いよく床に叩き付ける。枕元に置いてあったスマホも衝撃で床に落ち、画面が粉々になる。
「ねぇ、なんで?一緒に生活をしようって、一緒に生きていこうって、あれは嘘だったの?」
揺さぶっても起きないハルに恐怖を覚えて、シュウは自室に運び入れてハルの目覚めを待った。
「どうしよう……死んじゃったかな?」
シュウはハルの手首で脈を採る。弱くはあるものの、まだ心臓は動いているようだった。このままでは、ハルが生きていてもシュウが一人になることは変わらない。
「ううん……」
ハルが苦しそうに唸りシュウとは反対側に寝返りをうつ。シュウは転がり落ちそうなハルを慌ててベッドの真ん中に戻す。
「ハル、僕から逃げないで。遠くになんか行かないで。どう転んだって僕一人になっちゃうし、さ……」
シュウはハルの首を締める。喉仏にシュウの親指がグッと入り込み、ハルの体がビクッと跳ねる。その様子にシュウは恍惚の声を上げる。
「あぁ、ハル。僕の体の一部を受け入れて体を跳ねさせるなんて……。まるでセックスみたい。」
完全に心臓が止まった事を確認して、シュウはハルを抱き締める。
「ハル、愛してる。今度はハルが僕の体に入る番だよ。」
シュウはハルの遺体をノコギリで裁断する。身に付けていた時計は骨を砕く衝撃で割れてしまった。顔や手に掛かる血飛沫を舐め取り、目を細める。
「甘いのにおいしい。」
解体が終わると、骨から肉を削ぎ小分けにして冷蔵庫に入れる。内蔵と骨を始末すると、頭部を抱きかかえ頬ずりをする
「愛しのハル。もう、いなくならないようにしないと。」
シュウは血塗れの体を拭うこともせずに、ハルの頭部をリビングのテーブルに置く。
「クッキー食べようか。今日は同棲三年目の記念日なのだから。」
クッキーを持ち上げて、ハルの口に押し付けた。
遺体の処理が終わると、シュウはハルを殺害したベッドに横たわる。
(ここでハルは僕に殺されたんだよね……)
シュウはうつ伏せになって、交換していないシーツを愛おしく撫でる。
「あぁ、ハル。ここがハルの最期の場所。絶対に誰にも奪われない、ハルと僕だけの場所。」
シュウは血塗れのカーペットから目を背けて固く目を閉じる。
(これからは僕一人。でも、ハルはこの家にずっといてくれる。だから、大丈夫。人肉を食べるのも、死に近づくのも怖くない。ハルが待っててくれてるから。)