翌朝は僕の方が先に目覚めた。すぅ、すぅ、と可愛らしい寝息をたてていた渚さんの前髪をかきあげた。
「ん……」
「あ、起こしちゃいました?」
「おはよ、瑠偉……」
「おはようございます、渚さん」
朝食はトーストにマーマレードを塗ったものとインスタントのコーンスープ。コーヒーを飲んで、渚さんが言った。
「俺たち、付き合ってんなぁ?」
「そうですよ。もう渚さんは僕のものです」
「ふふっ……そぅかぁ」
タバコを吸いながら、僕は提案した。
「デートしたいです! クリスマスデート!」
「よっしゃ。どこがええかな」
「ハーバー行きたいです。夜景見たいんで」
「ほな、一旦帰り。服着替えたいやろ」
「そうっすね。午後に迎えに行きます」
部屋に戻ってから、僕はクローゼットを引っかき回した。初デートだ。格好つけたい。あれでもない、これでもない、と何度も着替えた。最終的に、シンプルな黒いニットとデニム、ベージュのトレンチコートにした。もちろん香水もつけた。
カップ麺で腹ごしらえをして、渚さんのマンションのインターホンを鳴らした。
「渚さん」
「すぐ行くー」
現れた渚さんは、髪をオールバックにして後ろで一つに束ねていた。黒いライダースジャケットに細身の黒いパンツ、シャツは真っ白だった。
「渚さん……そういう服も持ってたんですね」
「雰囲気変えようと思って。こっち系がええんやったらこれからそうするけど」
「いつもの渚さんも、どっちも好きですよ。渚さんの気分で決めて下さい」
電車に乗ってJR神戸駅へ。さすがクリスマス。人が多かった。
「手ぇ繋いでいいですか?」
「しゃあないなぁ。はい」
男同士だから変な目で見られるかもしれないけれど、僕は周りなんて気にしないことにした。
「なぁ瑠偉、お揃いのもん買わへん?」
「欲しいです! 何がええっすかね……」
色々と見て回って、アクセサリーにすることにした。常に身につけていられるものがいい。渚さんがネックレスを見て言った。
「これにせぇへん? 首輪つけとうみたいで嬉しいし」
「渚さん、発想が物騒なんですけど……でもこれならバイト中もつけれますねぇ」
僕たちが選んだのは、チタンのプレートネックレスだった。僕は青、渚さんはピンクのサファイアが一粒ついたもの。同じ石で色違いというのも気に入った。
喫茶店はどこも満席だった。雰囲気はないが、フードコートで席を取り、缶コーヒーを飲みながら包みを開けた。
「おっ、瑠偉似合うやん」
「渚さんもぴったりですよ」
「俺さぁ……ちょっと憧れとってん、こういうの。それが叶った」
「これからも渚さんのお願い、たくさん叶えます。何でも言うて下さいね」
喫煙所でタバコを吸いながら、渚さんに尋ねられた。
「そういや年末年始はどないすんの?」
「明日からはバイトです。大晦日に岡山帰って……しばらく向こうにいるつもりでしたけど、すぐ戻ろうかな……」
「大学入ってから一回も帰省してへんねやろ? ゆっくりしてきたらええのに」
「渚さんと初詣行きたいです。渚さんは実家戻るんですか?」
「いや、俺は戻らん。初詣か。ええよ。行こか」
それからゲームセンターへ行った。渚さんが大きな黒いネコのぬいぐるみを指した。
「瑠偉! あれ取って!」
「ネコ好きなんですか?」
「うん。いつか飼いたい」
「よし……」
僕は両替してしっかり準備を整えて挑戦した。
「うっ……難しい……」
一気に百円玉を五枚使った。少しずつ位置は動かせてはいる。あともう一息だ。もう小銭が尽きる、という時になって、ようやくガッシリと引っかかった。
「やったー!」
渚さんはネコのぬいぐるみを抱きしめて頬をすりつけた。赤子くらいのサイズだ。
「やらかい。瑠偉の髪みたいにフワッフワ」
「名前何にします?」
「うーん……黒くてふわふわ……おはぎ?」
「おはぎ……」
「うん、おはぎ!」
生きているネコじゃないのでそれでいいだろう。それから雑貨屋をいくつか見て回った。そうこうしていたら日が暮れてきた。僕たちは洋食の店に入り、それからモザイクへ向かった。
「わぁっ……!」
夜の帳が下りた海辺の空。赤く煌々と光るポートタワーがその存在を主張していた。僕は渚さんの手を握った。
「恋人と……こういうこと、したかったんです」
「また見たくなったら来ような。この先もずっと一緒やで、瑠偉」
渚さんの部屋に帰って、熱く身体を重ねた後、渚さんが語りだした。
「俺もな……ほんまは医者にならなあかんかってん」
僕は息を飲んでその続きを聞いた。
「中学受験で全落ち。そっから、金はくれたけど、メシは別やったし、親戚の集まりも来るな言われてな。居ないもん扱いや」
「そう、だったんですか……」
「誰も俺のことなんて好きになってくれへんって思ってた。何も成し遂げてへんかったから」
僕は渚さんの頬を撫でた。
「僕はそのままの渚さんが好きです。意地っ張りやし、素直やないけど。僕のこと大事に考えてくれてて、優しくて、甘えさせてくれるから」
「そぅかぁ……ありがとうなぁ」
渚さんは腕を広げた。僕はその中に飛び込んだ。小さな胸だけど、頼れて温かい。渚さんを本当の意味で僕で満たしてあげたい。そう考えるようになった。