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43 初デート

 翌朝は僕の方が先に目覚めた。すぅ、すぅ、と可愛らしい寝息をたてていた渚さんの前髪をかきあげた。


「ん……」

「あ、起こしちゃいました?」

「おはよ、瑠偉……」

「おはようございます、渚さん」 


 朝食はトーストにマーマレードを塗ったものとインスタントのコーンスープ。コーヒーを飲んで、渚さんが言った。


「俺たち、付き合ってんなぁ?」

「そうですよ。もう渚さんは僕のものです」

「ふふっ……そぅかぁ」


 タバコを吸いながら、僕は提案した。


「デートしたいです! クリスマスデート!」

「よっしゃ。どこがええかな」

「ハーバー行きたいです。夜景見たいんで」

「ほな、一旦帰り。服着替えたいやろ」

「そうっすね。午後に迎えに行きます」


 部屋に戻ってから、僕はクローゼットを引っかき回した。初デートだ。格好つけたい。あれでもない、これでもない、と何度も着替えた。最終的に、シンプルな黒いニットとデニム、ベージュのトレンチコートにした。もちろん香水もつけた。

 カップ麺で腹ごしらえをして、渚さんのマンションのインターホンを鳴らした。


「渚さん」

「すぐ行くー」


 現れた渚さんは、髪をオールバックにして後ろで一つに束ねていた。黒いライダースジャケットに細身の黒いパンツ、シャツは真っ白だった。


「渚さん……そういう服も持ってたんですね」

「雰囲気変えようと思って。こっち系がええんやったらこれからそうするけど」

「いつもの渚さんも、どっちも好きですよ。渚さんの気分で決めて下さい」


 電車に乗ってJR神戸駅へ。さすがクリスマス。人が多かった。


「手ぇ繋いでいいですか?」

「しゃあないなぁ。はい」


 男同士だから変な目で見られるかもしれないけれど、僕は周りなんて気にしないことにした。


「なぁ瑠偉、お揃いのもん買わへん?」

「欲しいです! 何がええっすかね……」


 色々と見て回って、アクセサリーにすることにした。常に身につけていられるものがいい。渚さんがネックレスを見て言った。


「これにせぇへん? 首輪つけとうみたいで嬉しいし」

「渚さん、発想が物騒なんですけど……でもこれならバイト中もつけれますねぇ」


 僕たちが選んだのは、チタンのプレートネックレスだった。僕は青、渚さんはピンクのサファイアが一粒ついたもの。同じ石で色違いというのも気に入った。

 喫茶店はどこも満席だった。雰囲気はないが、フードコートで席を取り、缶コーヒーを飲みながら包みを開けた。


「おっ、瑠偉似合うやん」

「渚さんもぴったりですよ」

「俺さぁ……ちょっと憧れとってん、こういうの。それが叶った」

「これからも渚さんのお願い、たくさん叶えます。何でも言うて下さいね」


 喫煙所でタバコを吸いながら、渚さんに尋ねられた。


「そういや年末年始はどないすんの?」

「明日からはバイトです。大晦日に岡山帰って……しばらく向こうにいるつもりでしたけど、すぐ戻ろうかな……」

「大学入ってから一回も帰省してへんねやろ? ゆっくりしてきたらええのに」

「渚さんと初詣行きたいです。渚さんは実家戻るんですか?」

「いや、俺は戻らん。初詣か。ええよ。行こか」


 それからゲームセンターへ行った。渚さんが大きな黒いネコのぬいぐるみを指した。


「瑠偉! あれ取って!」

「ネコ好きなんですか?」

「うん。いつか飼いたい」

「よし……」


 僕は両替してしっかり準備を整えて挑戦した。


「うっ……難しい……」


 一気に百円玉を五枚使った。少しずつ位置は動かせてはいる。あともう一息だ。もう小銭が尽きる、という時になって、ようやくガッシリと引っかかった。


「やったー!」


 渚さんはネコのぬいぐるみを抱きしめて頬をすりつけた。赤子くらいのサイズだ。


「やらかい。瑠偉の髪みたいにフワッフワ」

「名前何にします?」

「うーん……黒くてふわふわ……おはぎ?」

「おはぎ……」

「うん、おはぎ!」


 生きているネコじゃないのでそれでいいだろう。それから雑貨屋をいくつか見て回った。そうこうしていたら日が暮れてきた。僕たちは洋食の店に入り、それからモザイクへ向かった。


「わぁっ……!」


 夜の帳が下りた海辺の空。赤く煌々と光るポートタワーがその存在を主張していた。僕は渚さんの手を握った。


「恋人と……こういうこと、したかったんです」

「また見たくなったら来ような。この先もずっと一緒やで、瑠偉」


 渚さんの部屋に帰って、熱く身体を重ねた後、渚さんが語りだした。


「俺もな……ほんまは医者にならなあかんかってん」


 僕は息を飲んでその続きを聞いた。


「中学受験で全落ち。そっから、金はくれたけど、メシは別やったし、親戚の集まりも来るな言われてな。居ないもん扱いや」

「そう、だったんですか……」

「誰も俺のことなんて好きになってくれへんって思ってた。何も成し遂げてへんかったから」


 僕は渚さんの頬を撫でた。


「僕はそのままの渚さんが好きです。意地っ張りやし、素直やないけど。僕のこと大事に考えてくれてて、優しくて、甘えさせてくれるから」

「そぅかぁ……ありがとうなぁ」


 渚さんは腕を広げた。僕はその中に飛び込んだ。小さな胸だけど、頼れて温かい。渚さんを本当の意味で僕で満たしてあげたい。そう考えるようになった。


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