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第14話 動揺

教室から落ちたのは、あの日の夜に私たちと例の家で出くわした男子生徒だった。

生徒がいた教室は四階。即死だった。

そのときの様子を生徒たちに聞いた先生の話によると、男子生徒は授業中に突然錯乱したように叫びだし、教室の窓から飛び降りた。

そのさまはなにかに怯えているように、必死に「来るな!!」と叫びながら手を動かし 「なにか」を振り払うようだったという。

その場にいた先生は必死になだめようとしたが生徒の錯乱状態は変わらず、押さえつけようとした先生をものすごい力で突き飛ばすと窓際まで逃げた。

その瞬間、男子生徒の体数カ所から血が噴き出し、悲鳴を上げたかと思うとまるで風に飛ばされたようにふわっと体が浮いて空いていた後ろの窓から落ちていったという。

だが教室内でそんな突風が吹くわけもなく、これは後ろ向きに飛び降りたということになる。

見ていた生徒によると、まるで後ろから襟首をつかまれて放り投げられたようだと言っていた。

ただ...... とても奇妙なことに、飛び降りた生徒が地面に激突したときには体が180度に捻じれていた。

落下の衝撃でそんなことになるのだろうか?

しかし落下の衝撃でないとしたら、地面に激突するまでの間、つまり空中で体が捻じれたことになる。

もっとあり得ないと思った。

なによりも私が戦慄したのは、その死に方が刑事から聞かされた友里の死に方と同じだったからだ。

生徒の直接の死因は落下したことによるのかもしれない。

でも飛び降りていなければ友里と同じ、全身骨折による出血性ショック死だったのではないだろうか?

現場に駆け付けた二人の刑事も青ざめた顔で凝視している。

その異様な空気を私は感じた。


その日はもう授業がほとんど終わっているのが幸いだった。

とりあえず生徒はマスコミに囲まれる前に全員帰宅させた。

職員室では私も含め、今後の対応について校長から指示があった。

とにかく不用意なことを外部に言わないように。生徒を不安にさせないように。

自殺した生徒と同じクラスの生徒には翌日から学年担当の教師全員で割りふりして、自殺の原因となるようなことがあったのかヒアリングするように指示があった後に、人が足りないときは私も手伝うように言われた。

小休止の後に学年主任主導で生徒に対するヒアリングの細かな打ち合わせをすることに決まったので、私は全員分のお茶を持ってくると言って、一度会議室を出た。


給湯室に行くと、冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぎ一気に飲み干す。

大きく息を吐いた。

自分でも気が動転しているのだか落ち着いているのかわからない。

なんというか、非常事態で体の奥底でなにかが覚醒しているような興奮状態であることは確かだった。

そうだ......騒ぎですっかり忘れていたけど、私のところに警察が来たのだから綾香のところにも当然行っているだろう。

なにか連絡が来ているかもしれないと思ってスマホを見ると、LINEメッセージが綾香から何度も来ていた。

内容は友里のことと、警察が来たこと、そして私に会いたいということだった。

私は現在の状況、生徒が学校で自殺して、その対応をしていること、そして学校が終わったら必ず連絡するから会おうと送った。

すぐに既読の表示が出た。

綾香からは「待っているから必ず連絡して」と返信が届いた。


スマホをしまってから人数分の麦茶をコップに注いでいく。

綾香はきっと、友里の死因を「蛇餓魅」のせいだと思っているのかもしれない。 

同じように不可思議な傷跡が浮かび上がったのだから無理もないと思う。 

ただ、今の私が心配しているのは心が得体のしれない恐怖に負けてしまうことだった。 

錯乱して正常な判断ができなくなることがもっともまずいと思ったからだ。 

たしかに考えれば考えるほど今回の件は不可思議だ。 

友里と生徒に共通した奇怪な死に様、 雅人さんも同じ死に方、友里のお母さんはショック死。 この二日くらいで立て続けにこれだけの事件が起きている。

しかも友里のお母さん以外は、あの家に行った人間ばかりだ。

でも......  だからといって全てに関連性があるかといえばそれはわからない。

今の状況では何もわからないのだ。

だからこそ軽々に判断すべきではないと考えた。 

伊佐山君ならなんて言うだろう? 綾香に会うときに一緒に来てもらおうかな......。


伊佐山君の顔を思い浮かべるとふいに心細くなるというか、自分の弱々しいところが出てきた。

こういうときに声が問きたい....... とりあえずメッセージだけでも送っておこうと思い、手短に送信した。 

給湯室の蛍光灯がちかちかと点滅する。


コップをトレイに乗せようとしたときに背後に人の気配を感じた。 

「えっ」 振り向くが私の背後には壁にかかった鏡があるだけだ。 

鏡に映った私の顔はなんだか疲れと怯えが合わさったような、なんとも形容しがたい表情を張り付けていた。 

「ひどい顔……」

ため息交じりに漏らすと、髪を整えてからトレイに乗せた麦茶と一緒に会議室へ戻った。



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