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第40話

 俺は、須々木先輩に全部打ち明けた。

 イノリに魔力に触ってもらったこと、それが、普通じゃないって知らされたこと。イノリに触られるのが、怖くて避けてしまったこと――。

 正直恥ずかしい部分もある。でも、もうどうしていいかわかんなくてさ。

 先輩は、俺が話しているあいだ、頻りに頷いて真剣に聞いてくれた。


「そうかぁ。それで、気まずなってしもたんやな」

「はい……」


 先輩が神妙に呟くのに、俺も頷いた。


「すんません、こんな話聞いてもらって……」

「いや、話してくれてありがとう。――せやけど、そうかぁ~」


 先輩はふいに「あ~」と呻いて、頭を抱え込んでしまった。「桜沢、なんで説明せえへんかってん~」とぐるぐる呟いて、ぱっと俺に向き直る。


「吉村くん、ごめん!」

「へっ」

「きみの気持ち、全然考えてへんかった。申し訳ない。この通りです」

「ええっ?!」


 そう言うなり、ガバリと頭を下げられて、俺はぎょっとする。


「ちょっ、頭上げてください!」

「いや、あかん。――ぼく、ほんまはな。桜沢があんまり荒れとるもんで、見かねてしもてな。きみに仲直りしたってって、頼むつもりやってん」

「えっ、そうだったんすか?」

「うん。でも、桜沢に先輩甲斐出しとる場合ちゃうかったわ。魔力中枢に触られてどう感じるかは、めっちゃナイーブな問題やから。きみに我慢させんのは違う」


 先輩は顔をあげると、申し訳なさそうに眉を下げた。こんな反応をされるのは予想外で、俺はおろおろしてしまう。俺が勝手にぐだぐだしてるだけなのに――。

 先輩は、きりっと顔を引き締めて話をどんどん進めだす。


「そう言うことやから、きみは無理せんでええんやで。桜沢のことは、こっちでどうにかする。ぼくも散々、面白がって煽った責任もあることやし……魔力かて、桜沢に義理立てせんでも、アレクちゃんに起こしてもろたらええ!」

「えっ。俺、無理してなんか」


 握り拳をつくり熱く喋る先輩に、なんとか口をはさむ。

 すると、ポンと肩に手を置かれ、慈しむような目を向けられる。


「大丈夫やで。魔力中枢に触られて「なんか違うなー」思うことは、よくあることやねん。それは、仲の良さには関係無いからな。薄情とかやないねん。かくいうぼくも、親友とアレクちゃん以外には触らせへんし」

「そうなんですか?」

「そうそう。その上、桜沢は何の説明もせんと、きみに触ったんやろ? きみは怒って当然なんやから」


 先輩は、眉間に皺を寄せ力強く言う。俺は、慌てた。


「待ってください! 俺、イノリに怒ってなんかいません!」


 思わず叫ぶと、先輩は目を丸くした。


「え、怒ってへんの?」

「だって、あいつは俺が困ってたから、してくれただけで」

「いやいや、善意であっても嫌なもんは嫌やん。ほら、勝手にパンツ洗われたり、寝てる間に胃カメラされたらキモイやろ? そこは自分の気持ちに嘘つかんと、桜沢に怒ってええんよ」

「そ、そりゃ胃カメラは嫌かもっすけど! でも俺っ、本当にイノリに触られたのは、ちっとも嫌じゃないんです」

「んん?」


 俺の弁明に、先輩は心から不思議そうに首を傾げる。


「せやけど、桜沢に触られんの怖なってしもたんやろ? 勝手に触られて嫌やったからとちゃうの?」

「俺にもわかんなくて……けど、本当なんです! そりゃ、普通しないことだって言われて、驚いたけど。でも、あいつは俺を傷つけたりしないの、わかってるし。だから、俺のために一肌脱いでくれただけだって……なのに俺」


 自分でもあんまりウダウダで、口を噤んだ。俺、女々しい。自分もわかんねえことにこだわって。

 すると、先輩は「ちょっと待って」と身を乗り出した。


「きみは、桜沢に触られたんは嫌やない。桜沢のことが信用できひんと言うわけでもない。やったら、なにが怖いん?」

「うっ。そ、それが、わか」

「あかん、よう考えて! それ大事な事やと思うねん。吉村くん、嫌やないのに、怖いって思たんは何で?」

「……っ」


 わかんねえ、と言いそうになって、慌てて飲み込んだ。

 先輩は、真剣な顔で俺の両腕を強く掴んだ。答えるまで放さねえ、って感じだった。

 俺は圧に飲まれ、「うう」と呻く。

 ええと――イノリに、魔力に触られたのは嫌じゃない。普通はしないって言われても、それは変わらない。

 イノリに触れなくなったのは、あいつが怖いからじゃない。

 それに俺、触られなくなって辛かった。嫌なら、こんなこと思わないよな。

 そもそも、普通しないことしたから、気まずくなったんでもない。

 変になったのは、二回目のときからで。


『トキちゃんさえ良かったら、俺がしたいんだけど』


 あのとき、なんで躊躇ったんだっけ。

――イノリに申し訳なくて。

 なんで?

 わかんねえ。

 いや、わかんねえじゃなくて!

 俺は、つい止まりそうになる脳みそにギュっと力を入れる。

 躊躇ったのは――たぶん、なんか怖くて。

 でも、イノリがじゃない。


「俺?」


 ぽろっと、口から転がり出た。

 先輩の目にぐっと力が籠る。「続き」と訴える目に圧され、へどもど口にする。


「その……あんときの俺、ちょっと変で。なんか、イノリに悪いって思って」

「なんで悪いん?」

「だって。イノリは、優しいから。俺が困ってたから……普通しないことも、してくれて」


 手のひらに、イノリの魔力に触れたときのゾクゾクした感じが甦る。

 かあっと耳が熱くなる。


「俺――恥ずかしくて。あの時。なんか、イノリに悪いことしたみたいだった。ダチなのに」


 そうだ。

 怖いのは、俺だ。

 イノリの魔力に触ったとき、変になって。恥ずかしくて、居たたまれなかった。

 そんなの初めてで、わけわかんなくて。

 普通しないって言われて、ぎょっとした。やっぱ、しちゃいけないことだったのかって。

 でも、俺がショックだったのは――。


「イノリは、絶対そんなつもりじゃない。あいつは、ダチだから親切心でしてくれて。悪いことになるなんて、思ってなかったんだ。なのに、俺は変に意識して……」


 俺、わかりたくなくて逃げてた。

 きもち悪い。ダチのイノリに、こんなことグダグダ考えてさ。

 そんで、イノリを傷つけて、いろんな人に心配かけて。


「最悪だ……」


 膝を抱えて、丸くなる。

 うなじに冷たい空気が触れて、やたら寂しい。もうぐちゃぐちゃだ。

……こんな時でも、イノリに手を握って欲しいって思ってる。

 と、ポンと背中をやわらかく叩かれる。顔を上げると、須々木先輩がニッコリ笑っていた。


「吉村くん、ありがとうな。話してくれて」

「いや、その……」

「おかげで、色々わかった――心配せんでも、大丈夫そうってこととかな」

「え?」


 終りの方が、声が小さくて聞き取れなかった。聞き返すと、それはスルーされる。


「吉村くん、桜沢に話してみ? 正直に、全部」

「えっ!? 無理です」

「無理ちゃうよ。あいつ、きみのこと大好きやんか」

「でもっ」


 いくらイノリでも、俺のこと嫌になるかも。こんなことぐだぐだ考えて、自分勝手に避けてたなんて。

 俯く俺に、先輩は「仕方ない」と言うように、眉を下げる。


「大丈夫なんやけどなぁ。まあ青春っちゅーのは、そういうもんか。もうちょいお節介やいとこ――あんな、吉村くん」


 須々木先輩は、俺の耳元に屈んでこそこそと囁いた。

 俺は、告げられた事に、目を見開いてしまう。

 先輩は、くすっと悪戯っぽい笑顔を見せた。


「――そういうことなんです。さて、話したいことも話したし。そろそろ戻ろか――ふふ、言わんとこ思ってたけど、やっぱ言お。吉村くん、明日は桜沢と仲直りしたってな?」






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