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第62話 君と一緒に

 テキストを開いて、隼人はぎょっとした。

 は、はやー……!

 龍堂のテキストはもう、終了間際で、あとは大学入試の過去問を解くのみとなっていた。いったいどうしたらそんなに速く解けるんだろう。隼人はぽかーんとしてしまう。しかしすぐに気を取り直した。だめだぞ、卑屈になっちゃ。

 龍堂は頭がいい。けど、だから速いんだ、と落胆で終わらせたらだめだ。龍堂は努力家なことを、自分は知っている。


「すごいね! 俺も負けないぞ!」


 隼人は気合いを新たに、テキストを開いた。龍堂もペンを片手に、隼人を見やった。


「中条も進んでるな」

「あっ、わかる? 実はね、前より速く解けるようになってきたんだ!」


 ほめてもらって、隼人は得意になった。実際、そうなのだ。去年よりずっと進みがよかった。少しずつでも、自分はパワーアップしている。


「龍堂くんと勉強するようになったからかな。楽しくって」


 こうしてできたことを数えていくのが楽しい。龍堂と友達になってから、それはうんと増えた気がする。にこにこ、ご機嫌の隼人を龍堂はまぶしげに見つめていた。



「龍堂くん、進路って考えてる?」


 集中して勉強し、休憩スペースで、隼人と龍堂は並んで一息ついていた。隼人は前から気になっていたことを尋ねてみた、龍堂は隼人を見て、それから前に向き直る。


「○大」


 さらりと出てきた大学名に、隼人はでそうになった大声を押しとどめた。ひとつふたつ、咳払いをして、声を整える。やはりというべきか……隼人からすると超有名国立大であるということ以外、偏差値さえ知らない。隼人は「そっか……」と曖昧に頷いた。

 本来、「すごい」と言うところなのだが、なんというか、それって自分の今の心境と比べると他人事すぎる返事だった。○大。○大か……今からすっごいがんばったらいけるかな? が今の隼人の心境だった。一年鬼勉して行った人もいるって言うし……と己を鼓舞していると、龍堂に尋ねられた。


「中条は?」

「お、俺っ?」


 聞いといて返答がない。いや、あるにはあったのだが「○大行きたいなって考えてました」とは流石にまだ覚悟が足りない。


「俺はまだ……で、でも、今行けるところより、上を目指したいって思ってる」


 だから隼人はできうる限りの本心を伝えることにした。龍堂の目をじっと見つめていると、龍堂は「そうか」とまっすぐ見つめ返してきた。


「なら○大、一緒に行かないか?」

「ええっ!?」


 今度は大声を止められなかった。隼人はあわてて口をふさいだ。龍堂を見ると、笑っている。けれどふざけている様子ではなかった。


「ぼくもお前と同じだよ。最近勉強が楽しいから、上を目指してみようかなって思っただけ」

「えっ」

「お前といると楽しいよ。何をどうしたって、きっと」

「龍堂くん……」


 隼人はじーんと感激にふるえていた。顔中が熱い。うれしくて、もう笑うしかできない。


「俺も、龍堂くんとなら何しても楽しい。何でもできるって気持ちになるんだ」


 へへ、と笑みをこぼす。もう何を言っているか隼人は半分くらいわかっていなかったが、心が嬉しかったので本心だと思った。龍堂が嬉しそうに笑った。


「なら決まりだ」

「うん! 俺、がんばる!」


 ようし。隼人は握り拳を作った。自分が○大生か……考えたことはなかったけれど、楽しそうだ。なんか格好いいし。思い切りミーハーな感慨だが――隼人は一方で真剣に、龍堂と大学でも一緒にいる自分を思い描いた。それは○大生になるよりも、たとえようもないほど素敵で、幸せなことに思えた。





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