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第75話 「友達だよ」


 隼人は、決然と前を見すえていた。


「はあ?」


 マオが不快に顔をゆがませた。隼人は続ける。


「気持ち悪いって言われたくない」


 そこかしこから、笑いが上がる。マオも嘲笑し、ヒロイさんも「ありえない」と言った。


「当たり前のこと言ってるだけだけど。あんなもん書いといて、キモくないつもりなわけ?」

「勝手にモデルにしたのはごめん。でも、俺は皆に見せるつもりなかった。勝手に自分の好きなものをあんな風に貼られて、笑われて、嫌だった」


 はっきりと気持ちを伝えた。ケンは目を見開き、それから、ばつが悪そうに目をそらした。ヒロイさんが、「はあ?意味わかんな」と声を上げる。


「考えてる時点でキモいんだけど。小説書いてるっていうか、妄想がキモイっつってんの。わかる?」

「そうだよ。すごい美形で頭がよくてってしてるだけでも気持ち悪りーのに、俺らとライバルだとか、きつ過ぎるんだよ!」


 マオが額を小突いた。隼人は、お腹にぐっと力を入れて、マオを見返した。立ち上がり、息を思い切り吸う。


「小説なんだから、何を好きに書いてもいいじゃないか!何度も言うけど、あの小説は見せるつもりなかった!俺の心の中のことまで、塚地くんたちに指図されるいわれはないよ!」

「この――」


 マオが掴みかかろうとした時だった。後ろから、手を取られる。


「マオ、やめろ」


 ケンだった。マオは、「は?」と顔をしかめた。


「中条の言うとおりだ。もうやめとけ」

「は――なに、ケンさあ。お前最近おかしくない?」

「モデルにされて、めっちゃうぜえけど。なんか、うまく言えねえけど……フェアじゃねえだろ」

「何それ?何その謎の正義面?ケンらしくないんですけど」


 ケンは苦い顔で押し黙った。隼人はぽかんとケンを見た。ケンは隼人の方を見なかった。けれども、あえて見ないようにしているように見えた。「確かに……」「勝手にはまずいよね」という声が、どこからか上がる。マオとヒロイさんは周りをにらみつける。またまばらに、静かになった。


「でも、きめーじゃん。龍堂のことだって「タイチ」とか、友達面しちゃってさ」

「そーだし。自由って言ったってやりすぎ」


 マオとヒロイさんは、苦い顔で、言葉をのせる。その言葉に、ケンは「お前ら、」と少し悲し気に眉をひそめた。その表情の真意については、隼人は推し量る余裕はなかった。

 龍堂のことについては、隼人も一瞬押し黙らざるをえなかったからだ。確かに、最初は願望だったから。でも――


「友達だよ」


 ハスキーな低音が、マオの向こうから届いた。隼人は目を見開く。マオたちが振り返る。視線の向こうに――龍堂が立っていた。


「ぼくと中条は、友達だ」


 龍堂が、静かに歩いてくる。そして、隼人の隣に並んだ。


「龍堂くん」

「遅くなってごめんな。ホームルームが長引いた」

「ううん……」


 見上げると、優しい目と合う。隼人は、心が温かくなった。奮い立たせるでもなく、勇敢な気持ちが、隼人を満たしてくれた。

 龍堂は、マオたちを静かに見る。マオたちは、その目に一歩後退した。龍堂が口を開く。静かなのに、辺りに響いた。


「ぼくと中条は友達だ。そんな風に言われるのは心外だ」

「で、でも――」

「リュードー!」


 ヒロイさんが、言いつのろうとしたとき、声が割って入った。ユーヤだった。オージが「ユーヤ」と手を引く。しかしユーヤは涙に潤んだ瞳で、きっと隼人をにらみつけた。


「だまされちゃだめだっ!こいつ、お前のストーカーなんだぞっ!」


 オージの手を「しっ」と振り払い、大股で龍堂のもとへ駆け寄る。隼人は、思わずあとじさった。龍堂が、すっと隼人を庇うように前に立つ。ユーヤは嬉し気に、龍堂を見上げた。


「お前のこと友達だって妄想して、キモい小説書いてたんだっ!変態のストーカーホモ野郎なんだよっ!」


 びしっとユーヤは隼人を指さし、きつくにらみつけた。隼人は、「違う」と咄嗟に叫んだ。ユーヤは口角を釣り上げ、叫ぶ。


「何が違うんだよっいつもリュードーに付きまとって!めーわくしてんのにっ!どっか消えろ!」

「付きまとってるのは君だろ」


 龍堂の冷めた声が、あたりに響いた。


「……え」

「何度も言うけど、ぼくと中条は、友達なんだ。小説のことだって知ってる」


 周囲がざわめく。「え」「そうなの?」口々に戸惑いの声があがる。龍堂は続けた。


「友達のプライバシーを、あんな風にされて。ぼくが怒ってるのはそちらの方だ」


 静かで、低く――迫力のある声だった。隼人は「龍堂くん」と龍堂を見上げた。龍堂は、隼人にほほ笑みかける。


「あんなことした奴を、ぼくは許さない。もちろん、くだらない悪意に乗っかって、中条を傷つけた奴もだ」


 そこで、龍堂は、マオやヒロイさんたち――ユーヤを見た。恐ろしく真摯で――気迫のある目だった。周囲が、「そーだよ」と声を上げる。その声は緊張に上ずっていた。


「誰がしたか知らないけど、あんなの悪趣味だよ」

「私も思ってた」

「ね」


 口々に、龍堂の言葉に同意しだす。マオが信じられないものを見る目で、周囲を見渡した。「くそ」とヒロイさんが詰った。


「気にするなよ、中条!」

「そうそう、面白かったって!」

「それは違うだろ!」


 周囲から隼人への励ましの声が上がる。隼人は、一瞬ぽかんとしたが、すぐに笑って「ありがとう」と応えた。龍堂を見上げる。


「龍堂くん、ありがとう」

「当たり前だろ」


 お前は何も悪くない。龍堂は、隼人の肩を抱いた。隼人は笑って、肩に回された手をぎゅっと握った。どうしようもなく、心が浮き立っていた。


「――けんな」


 そこで、声が上がる。ユーヤがわなわなと震えていた。


「ふざっけんなよおおおおおあ!」

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