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第82話 ぶつかる心

 だめ‼――そう、隼人が叫んだのと、音が響いたのは、同時だった。


「あ……」


 ケンが、龍堂の拳をその手で受け止めていた。衝撃と痛みに顔をひどくしかめて、手を振り、かばうようにもう一方の手で握る。ユーヤが「ケン」と、涙にぬれた目で、ケンを見上げた。ケンは、苦い顔で見返す。


「もう、やめろユーヤ。お前の負けだ」

「ぇ……」

「こいつらはダチなんだ。これ以上、ダセエ真似すんじゃねえ」


 見てられねえ。

 ケンはそう言って、顔をそらした。人だかりの向こうで、マオとヒロイさんが、呆然とケンを見ていた。人だかりの向こうから、教師がやってくるのが見える。

 ユーヤは、膝をくずおれさせ、「あああ」と声を震わせた。ぽろぽろと涙をこぼす。痛みを思い出したように、はれた頬をおさえた。


「なんでっ……なんで、おればっかり……!」


 わああ、と地面に突っ伏して泣く。ケンは、渋い顔をしてけれども、そこから去らなかった。


「なんで、なんでっ!おれ、こいつにいじめられてたのにっ……つらかったのにっ!」


 ばんばんと地面をたたく。隼人をさして、わあ、と喚こうとして、また頬をおさえた。隼人は、言っていいものか悩んだが、意を決して口を開いた。


「俺はいじめてない」

「陰口叩いただろ!おれのことうざいって!おれっ、仲間にいれてやってたのにっ……!」


 ケンは気まずそうに、顔をしかめた。それから「ちがう」と言った。


「それは、俺が大げさに言った。こいつが俺らに反抗するのが気に入らなかったから」

「え……」

「あの時は俺も、こいつにムカついてたから。悪かった」


 ユーヤはぽかんとした。ケンをじっと見上げる。ケンは、ユーヤを見下ろして、つづけた。


「中条はお前をいじめてない」

「でもっ」

「むしろ、俺たちだろ。中条のこと、ずっといじってたのは」


 ユーヤが息をのんだ。そして、「違うっ」と叫んだ。


「仲間に入れてあげてたんだっ!ボッチで可哀そうだったから!なのに……っ!」


 ぽろぽろと、また涙をこぼした。本当に、悲しげな涙だった。ばんばんと地面をたたく。


「皆うざがって!おれのこと調子のりとかっ、うぜーとか言って……!」

「ユーヤ、」

「テメーらのがうぜーのにっ……!人の好意をありがたがって受けねーからっ、だからボッチなのに……っ!」


 ケンはユーヤの言葉に、押し黙る。それから固く目を伏せると、言葉を吐き出した。


「それは俺も思ってた。けど、違ったんじゃねえかと、思う」


 ケンが、龍堂、マオ、ヒロイさんを見る。そして、じっと隼人を見据えた。


「相手だって気持ちがあるってこと、俺は考えてなかった。だから中条にもムカついた。俺が、話してやってんのに、バカにしやがってって」

「支倉くん」

「俺が、中条をバカにしてただけなのによ」


 ケンの拳は震えていた。今こうして皆の前で、自分の気持ちを吐き出すことに、すごく堪えているのが、はっきりわかった。「ケン」ヒロイさんの声が届いた。


「悪かった。全部、俺のせいだ」

「支倉くん」


 ケンは頭を下げる。たまらず、と言った調子でマオとヒロイさんが駆けだしてきた。涙声で、「やめてよ」と言った。ケンの腕を引っ張る。


「なんで全部自分のせいにしようとすんの!?うちらでやったことじゃん!」

「そーだよ、かっこつけてんじゃねえよ!」

「アンナ、マオ……」


 マオは、ケンの胸をどんと打つ。ケンは、二人の涙を見て、自身も何かを堪えるように、黙り込んだ。ヒロイさんが、「ごめんなさい」と隼人に頭を下げる。


「調子のってたと思う。謝ってすむことじゃないけど……」

「ごめん……」


 マオは、苦い顔でつぶやく。「正直、お前のことはムカついてるけど」と言う。ヒロイさんが、「マオ」とたしなめた。


「友達にだけ、頭下げさせるほど、俺は薄情じゃない」


 マオはそう言って、頭を下げる。首まで、真っ赤になっていた。隼人は、三人をじっと見つめた。龍堂が、そっと隼人の隣に立っているのがわかる。隼人は、自分の気持ちも、周囲の空気も、すがすがしい何かに変わっていくのがわかった。


「いいんだ。俺こそごめん」

「なんでお前が謝んだ」

「うまく言えないけど……相手に気持ちがあるなら、俺も自分の気持ちだけだったかなって」


 正直、嫌だったし困った。時をもどしてうまく反応できるかは、わからない。

 でも、今こうして話しているように、話すことは、もしかしたらできたかもしれない。あの頃、ケンやマオ、ヒロイさんが、友達想いであることは知らなかった。そして、隼人は、それを知られてよかったと思う。それなら、何かべつの形があったんじゃないか、そんな風に思うのだ。いま龍堂と一緒にいるから、わかるのだ。自分も、どこか閉じていたと。隼人は、ニコッと笑った。


「ありがとう。謝ってくれて嬉しい」

「はは……むかつく~」

「やっぱ俺、お前のこと嫌いだわ」


 ケンとマオ、ヒロイさんから、思わずと言った風に、笑いがこぼれた。周囲も安心した風に笑い出す。隼人も笑って、龍堂を見上げた。龍堂も隼人の肩に手をそえ、優しい目で隼人を見つめた。教師たちも、入るタイミングを逸したように、じっと輪から外れてみていた。


「なんっでだよ……なんでそいつばっかり……!」


 ユーヤがばしん!と地面をたたいた。痛みにしびれたらしく、「うう」と背筋を震わせる。


「おれは馬鹿になんかしてねーのにっ!それって、お前らが俺をはめたんじゃんかっ!」

「はあ!?」

「なんでいつも俺だけっ!お前らのいじめに巻き込むなよお!」


 ヒロイさんが唖然とする。マオが「ふざけんなよ!そもそもユーヤが……!」と言った。周囲からも、口々に「いい加減にしろよ!」と声を上げる。ユーヤは顔をくしゃくしゃにして、「ふええええ」と泣き声を上げる。


「なんでおればっかり損してっ……!そいつばっかり得してっ!皆シネっ!うわああああああ……!」


 ケンが、意を決したように、「中条、先に謝っとく」と声を上げる。ユーヤは、「リュードー、リュードー」と叫んでいた。


「ユーヤ、バレーの時は悪かった」


 そう言った。あたりがざわつく。マオとヒロイさんも、信じられないように目を見開いた。


「ケンカはダチで当然とは思うけど、あんときはダサかったと思う」

「ケン……」

「お前らも」


 マオと、ヒロイさんは、苦虫をかみつぶしたような顔で、「ごめん」と言った。ケンはうなずき、ユーヤに向き直る。ユーヤは「ケン……」と目をきらきらと瞬かせた。


「だから、ユーヤ。お前も、マオとアンナに謝れ」

「え」

「フジタカにもだ。お前ばっかりとはいかせねえよ」

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