「何の用だ?」
キズクとカナトは、にこやかに挨拶を交わすような間柄ではない。
何の用かは分かっているが、一応聞いてやる。
「そんな怖い顔するなよ。俺たち兄弟だろ? 腹違いでもな」
「そうだな。弟」
キズクが弟と呼ぶとカナトは一瞬顔をしかめた。
「まあいい。今日は別に兄弟の仲を深めようとしにきたわけじゃない」
カナトは何かの感情を飲み込んで笑顔を浮かべる。
「俺の用事はその犬っころだ」
カナトはリッカを指差した。
リッカのことを犬っころと言われて、今度はキズクの方が顔をしかめた。
「その犬っころを俺に売ってくれないか? 生活厳しいんだろ? 犬っころくれれば、俺の家から少しぐらい支援してやるよ」
「お前なんかにリッカをやるもんか!」
「いいだろ? その犬っころがいるせいで生活が苦しいんだろ? おい、犬っころ、お前も分かってるんだろ?」
「それ以上犬っころって言ってみろ……ぶん殴るぞ」
「おー、怖い! また一週間後来るよ。近くに公園があるだろ? そこで待ってるよ」
カナトは両手をあげて、グッと拳を握るキズクから距離を取る。
そのままカナトはゆっくりとキズクから離れていった。
「リッカ、気にするなよ」
キズクはリッカの頭を撫でる。
リッカも言葉はある程度分かっている。
落ち込んだような顔をしているが、リッカが負担になっているなんて思ったことはない。
「行くなよ? あんなやつのこと気にするな」
リッカの目を見つめる。
申し訳なさそうな目をさせてしまうことを申し訳なく感じてしまう。
「あやつは何者だ?」
「会ったことなかったっけ?」
「分からん。記憶にない」
回帰前にも色々あった。
キズクとの思い出はすぐに思い出せるが、それ以外はどうでもよくて記憶が薄い。
「あいつは王親叶斗。俺の弟だ。同い年だけど双子ってわけでもないんだ」
キズクは家に向かって歩きながらぼんやりと説明をする。
「同じ年だが双子ではない……」
「そ、あいつと俺は腹違いの兄弟なんだ。父親が同じで、母親が違うんだよ」
「なんだと? それで同じ年、ということは……」
「あんまり考えたくないよな」
キズクは何の感情もない目で地面を見る。
どうして同い年で、腹違いの兄弟がいるかなんて考えたくもない。
「昔からあいつは俺のこと敵視してたんだけど……ある時俺は母さんと家を追い出されたんだ」
「そんなことが……」
「もしかしたら母さんの方から出てったのかもしれないけど、この状況放置してんなら変わらないよな」
キズクは寂しげに笑う。
最後に父親に会ったのはいつのことだろうか。
回帰の時間も含めてのはるか昔のことなのでもうあんまり顔も覚えていない。
「まあ、あいつはクソ野郎だよ。リッカの記憶でも変わらなかった」
自分の記憶とは何のことだろうとリッカはキズクを見上げる。
ただ問いかける方法もないのでただ見上げるしかできない。
「俺が前に進むには……あいつを、カナトを乗り越える必要がある」
来るのは分かっていた。
カナトが訪ねて来たことはキズクの記憶にも残っていたからだ。
でもいざカナトを前にすると心臓が掴まれたような感覚に体がこわばった。
強気な態度をとっていたのは虚勢に過ぎない。
散々虐げられた記憶はなかなか抜けないのである。
乗り越えねばならない。
もう回帰前のようにはさせない。
「とりあえず買ってきたカステラでも食べながら考えようか」
「んー、それはいい考えだ」