風邪を引いて体調が落ち着いた1週間後……星矢は久しぶりに出勤した。
「おはようございます。しばらくお休み頂きましてすいませんでした。おかげさまで体調よくなりました。こちら、少しばかりですが、みなさんでぜひどうぞ」
星矢は、出勤してすぐに隣の席にいた田中に従業員分の菓子折りを渡した。
「おはようございます。工藤くん体調良くなってよかったですね。お菓子ごちそうさまです。シャトレーゼ! 私もこれ好きです。
安いですけど、美味しくて見た目高級ですもんね。このさつまいも入りが1番好きなんですよ」
田中はお菓子のパッケージを開いて、商品をおすすめした。田中は、全国展開している無添加のお菓子で有名なシャトレーゼのお菓子の袋をジロジロと見る。
「そうですよね。僕も気に入っているんです。安いのに高級感。おもたせにちょうどいいなって思ってて。気に入っていただけてよかったです。この仕事の量ですもんね……」
星矢は、自分のデスクの上に重なったファイルの山をトントンと叩く。無駄に背中に冷や汗をかいた。田中はニヤニヤとして、不敵な笑みを浮かべる。
「そうねえ。工藤くんたくさん仕事溜めておいたからね。私が今度風邪ひこうかしら」
「……そんな、いじわるな。それって何かで訴え……」
「嘘、嘘。来たくても来れなかったんだもんね。溜まった仕事は私も手伝うから。ね。お菓子だけでは埋まらないから、飲みに行こうねえ」
田中に肩をがっちりつかまれる。
「ははは……まさか僕のおごりですかね」
「ははははは」
田中はじーっと星矢の顔を笑いながら見る。
「あ、仕事、これは仕事しないと残業になっちゃうな。早くしないと」
田中の視線をごまかすように書類ファイルに触れて溜まった書類整理の仕事に取り掛かった。
「工藤くん……ごまかしたねぇ!」
「な、何のことですか? あ、ごめんなさい。コーヒー入れてなかったですね。今入れまーす」
給湯室へ駆け込む星矢は田中を避けた。まさしく戦々恐々だ。あまりにも仕事の休みの代償は大きかったかもしれない。残業と飲み会は免れないようだ。大きくため息をついてコーヒーを入れる。ポケットに入れていたスマホのバイブが鳴る。合間を見て、ラインを確認すると翔太からと颯人からのラインがたくさん溜まっていた。
ラインの返事に追われて、仕事もプライベートも忙しくなる星矢だった。
「あーーー、猫の手も借りたい!!!」
天を仰いだ。休んだことにより、次々とやらなければいけないミッションが増える。
頭を掻きむしった。
仕事は必死にパタパタと動くし、居酒屋で同僚田中の愚痴を聞くのに延々と頷いてお酒を飲んで過ごした。
やることが多すぎて、あっという間に夜になる。
いろんな意味で充実した日になっていた。
家に着いた頃にはクタクタになって体が鉛のようだった。
風呂にも入らず、リビングにあるソファでぐったりだった。スマホに着信履歴がたくさんあるのをあまりにも疲れすぎて気づくのは翌朝になってからだった。
「え? もう朝?」
頭のてっぺんにチョンと寝癖が立った。しばらくぼんやりと体が動かなかった。
外ではたくさんのすずめが飛び交っていた。