防音が行き届いたスタジオで、星矢はケースの中からいつものフルートを
取り出した。
今日は、久しぶりにフルートの演奏会の練習に参加していた。
パイプ椅子に座って、音の調子を確認する。
「あれ、工藤くん、久しぶりね。ずっと待ってたんだよ。来週の演奏会参加できるのね」
楽器演奏クラブの部長
「ずっと休んでて、すいません。みなさんに顔忘れてないかなっって心配でした」
「そんな、可愛い顔の工藤くんを忘れるわけないでしょう。
マダムに人気なんだから」
知子はまもなく60歳になる。他の部員も40歳から50歳の女性が多かった。唯一、近い年齢なのは同じ30代の
彼女はクラリネットを担当していた。
「そうですかね。それは嬉しいです」
「知子さん、そうやって、工藤くんをいじらないでくださいよ。困ってますよ。ねぇ、全然来なくなったのは知子さんの原因なの? 工藤くん」
紀子は、星矢に近寄って、フォローした。まさかそんなはずはと思った知子は、そっとそばから離れて、楽器演奏練習に戻って行った。
「あ、ありがとう。宮下さん」
「いいのよ。別に。気にしないで。工藤くんはこのクラブでモテモテなのは確かだから。唯一の黒一点なんだからさ。それはそうでしょう。若い子好きなマダムなんだからさ。それより、随分来てなかったじゃない? 大丈夫だった? 具合悪かったの?」
「いえいえ、違いますよ。友達の家に引っ越し作業があって、なかなか来られなかったんです。本当はフルート弾きたくてウズウズしてました。仕事も立て込んでて忙しくて……やっと来られて、今は、興奮してますよ」
「ちょ、鼻息荒くしなくても……もしかして、ルームシェアってやつ? 家賃も折半になるから良いよね。私もそうしようかな。そろそろ、1人暮らしも飽きてきたかな」
「宮下さんもそろそろですか」
「え? 彼氏なんていないわよ。良い相手いない? 紹介して欲しいくらい。誰かいないかなぁ」
知子は、照れて誤魔化し、星矢から離れて歩いて行く。
「紹介する人って言っても……対象が一緒だからなぁ」
ボソッとつぶやいて、フルートを口につけて、軽く吹いた。良い音色が響いた。これが好きだなぁと安心して続けて演奏する。周りで楽器演奏していた部員たちは手を止めて、星矢の音色を静かに聞いていた。
優しくて、眠くなりそうな音。皆、うっとりと聞いていた。
フルートを吹いている星矢も嬉しくなった。
周りの空気がふんわりとして、居心地がよくなった。