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第62話 フルートの響く部屋

 防音が行き届いたスタジオで、星矢はケースの中からいつものフルートを

 取り出した。


 今日は、久しぶりにフルートの演奏会の練習に参加していた。


 パイプ椅子に座って、音の調子を確認する。


 「あれ、工藤くん、久しぶりね。ずっと待ってたんだよ。来週の演奏会参加できるのね」


 楽器演奏クラブの部長 佐藤 知子さとう ともこに声をかけられた。


「ずっと休んでて、すいません。みなさんに顔忘れてないかなっって心配でした」


 「そんな、可愛い顔の工藤くんを忘れるわけないでしょう。

 マダムに人気なんだから」


 知子はまもなく60歳になる。他の部員も40歳から50歳の女性が多かった。唯一、近い年齢なのは同じ30代の宮下 紀子みやした のりこだった。東京に引っ越したときの部長だった。高校から一緒の友人1人でもある。

 彼女はクラリネットを担当していた。


 「そうですかね。それは嬉しいです」


 「知子さん、そうやって、工藤くんをいじらないでくださいよ。困ってますよ。ねぇ、全然来なくなったのは知子さんの原因なの? 工藤くん」


 紀子は、星矢に近寄って、フォローした。まさかそんなはずはと思った知子は、そっとそばから離れて、楽器演奏練習に戻って行った。


 「あ、ありがとう。宮下さん」


 「いいのよ。別に。気にしないで。工藤くんはこのクラブでモテモテなのは確かだから。唯一の黒一点なんだからさ。それはそうでしょう。若い子好きなマダムなんだからさ。それより、随分来てなかったじゃない? 大丈夫だった? 具合悪かったの?」


 「いえいえ、違いますよ。友達の家に引っ越し作業があって、なかなか来られなかったんです。本当はフルート弾きたくてウズウズしてました。仕事も立て込んでて忙しくて……やっと来られて、今は、興奮してますよ」


 「ちょ、鼻息荒くしなくても……もしかして、ルームシェアってやつ? 家賃も折半になるから良いよね。私もそうしようかな。そろそろ、1人暮らしも飽きてきたかな」


 「宮下さんもそろそろですか」


 「え? 彼氏なんていないわよ。良い相手いない? 紹介して欲しいくらい。誰かいないかなぁ」


 知子は、照れて誤魔化し、星矢から離れて歩いて行く。


 「紹介する人って言っても……対象が一緒だからなぁ」


 ボソッとつぶやいて、フルートを口につけて、軽く吹いた。良い音色が響いた。これが好きだなぁと安心して続けて演奏する。周りで楽器演奏していた部員たちは手を止めて、星矢の音色を静かに聞いていた。


 優しくて、眠くなりそうな音。皆、うっとりと聞いていた。

 フルートを吹いている星矢も嬉しくなった。



 周りの空気がふんわりとして、居心地がよくなった。



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