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【第2話】年下君は案外、役に立つ?(1)

 翌日、柚羽と千隼は昨日とは別のスーパーマーケットへの営業に向かっていた。このスーパーマーケットは店ごとに取り扱いをするか、店長自身が決めるタイプだ。

 店に着くと、柚羽はアポイントを取ってあった店長と商談を始めた。

「この店舗で売り上げが良ければ、他店舗でも置くからね」

「はい、よろしくお願いいたします!」

 結果は良好で、スーパーマーケット側からも新商品に期待をしていると言われた。この店舗は店長が他店舗も掛け持ちしている。そのため、この店舗での売り上げが良ければ、他店舗への発注も可能性がある。

 千隼も「よろしくお願いいたします!」と元気よく返事をし、二人は深々とお辞儀をしてからスーパーマーケットの外へと出た。

 柚羽はこのスーパーマーケットに常に贔屓にされていたが、千隼も気に入られ、新商品がすんなりと置いてもらえることになった。今回の店長は中年の男性で、「自分の息子と同じ歳くらいだから」と言って、千隼を気に入ってくれたようだった。

(千隼は普段はツンツンしているのに、営業に行くと急に態度が変わるんだよね。事務職よりも向いているかも……)

 柚羽はそう考える。

 横を歩く千隼の機嫌が良さそうなので、昨日の出来事について尋ねることにした。

「あのさ……」

 柚羽の中で、昨日の千隼の発言は衝撃的だった。

「はい?」

「昨日のことなんだけど」

 柚羽がそう言いかけると、千隼の表情が変わった。

「何ですか?」

 鋭い目付きで柚羽を見つめる。だが、こんなことで怯むような柚羽ではなかった。

「何故、あんなことを言ったの?」

「……。さぁ?」

 千隼はそれだけ言って、再び黙り込んでしまった。実は、柚羽はずっと、昨日のことを千隼に聞きたかったのだが、ツンとした態度で答えてくれなかった。

「い、言いたくないなら、別に……いいんだけどね!」

 柚羽は心の中で、なぜ後輩に気を使っているのだろうと考えたが、これ以上は聞くのを止めることにした。

(深入りするのはよくない。知らないままの方が身のためになる場合もある)

 思わず深い溜め息を吐いた柚羽だったが、隣を歩く千隼は何も気にしていない様子だった。

 二人の間に流れる微妙な空気を感じながらも、柚羽は次なる営業の成功を願って、前を見据えた。

 ランチタイムになり、適当な場所で済ますことにした二人。静かな街角、通りの喧騒から少し離れたカフェの前で立ち止まる。

「どうする、お昼ご飯?」と柚羽が尋ねると、千隼は思案しながら答えた。

「三塚さんが好きな店でいいですよ」

「じゃあ、ここにしない?」

 柚羽は、立ち止まったカフェでランチをしようと提案した。次の訪問先が十五時なので、時間には余裕がある。

「野間口君の好きな食べ物は何?」

 カフェに入ると、奥側の席を案内された。椅子に座ると柚羽は千隼に訊ねた。

「何でも食べれます。苦手なものは、辛い食べ物です」と千隼は淡々と返す。その言葉に柚羽は、小さな疑問を抱いた。

(辛いものが苦手なのか。激辛食べたら泣いちゃうのかな?)

 彼女の脳裏には、辛い料理の数々が浮かび上がる。『どうせなら辛いものを勝手にオーダーしてやろうか』などと思いつつ、口には出さずにいた。

「三塚さん、口元が緩んでますよ。どうせ、俺に辛いものを食べさせてやろうとか思ってたんでしょ?」

 千隼の鋭い指摘に、柚羽は驚きの表情を浮かべた。

「は? そ、そんな訳ないじゃん! 私、意地悪じゃないよ」

 その瞬間、柚羽の心はドキリとする。

 千隼が柚羽の考えを見抜いていることに、少し戸惑いを感じた。そして、二人の間には微妙な空気が流れる。

「じゃあ、辛くないものにしましょうか」と柚羽が苦笑いをしながら提案すると、千隼は頷く。

「パスタセットにしようかなぁ? グラタンもいいよね。悩むぅ」と柚羽はメニューを眺めながら呟いた。

 柚羽の目は色とりどりの料理に引き寄せられ、舌の上で味わうシーンを思い描いている。

 テーブルには柔らかな光が差し込み、周りの賑わいが心地よい雰囲気を醸し出していた。

「俺は、チキンとサラダプレートにします」と千隼が言った。

 千隼は健康を気にする姿勢が伺える。柚羽はガッツリとデザートまでセットにしようと思っていたが、千隼が意外にもヘルシーなものを選んだ。チキンステーキに大根おろしとポン酢をかけたもの、付け合わせのサラダと五穀米のプレートにしていた。

「デザート食べないの?」

 柚羽は驚いたように尋ねる。甘いものが大好きな彼女にとって、それは少し信じ難い選択だった。

「甘いものはあまり食べません。三塚さんはスイーツ好きなんですか?」

 千隼は微笑みながら答えた。どこか興味を持たれているような様子が見て取れる。

「普通に食べるよ。スイーツなら別腹だから、何個でもいける」

 柚羽は自信満々に言った。思い出すだけで口の中が甘くなるような感覚を覚えている。

「そうですか。この中なら何が好きですか?」

 千隼が訊ねると、柚羽は嬉しそうにメニューを指差した。彼女はセットにできるデザートのメニューを開いて、千隼に見せた。

「自家製プリンアラモードかチョコのミニパフェで悩んでる」と言った柚羽のその顔には、選ぶ楽しさが浮かんでいる。千隼は黙って彼女の様子を見つめ、甘いものへの情熱に少し心を動かされたようだった。

 千隼はメニューを見ながら、柚羽の選択を待つ。

 周りの喧騒が少しずつ遠ざかり、二人の間にはひと時の静けさが流れていた。

「……そうですか」

 千隼は素っ気なく答えると、柚羽がカフェのスタッフを呼ぶまで黙りしていた。

 静かな店内には、かすかなコーヒーの香りが漂い、心地よいジャズの音楽が流れている。周囲の客たちの話し声は、時折耳に入るものの、千隼の無口さが二人の場の空気を一層静まり返らせていた。


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