テレビで桜の開花がどうのこうのと騒いでいるのを聞くとテレビの盛り上がりとは逆に桜の花びら散るように静かに感情の全てが散り無になったあの日の光景が頭から離れなくなる。
3年前の今日‥‥‥‥俺は次男から長男になった。
〜3年前の3月〜
卒業式前夜、兄ちゃんからの電話がかかってきた。
兄の一橋
「ただいま〜。」
パタパタパタ母が玄関まで出てきて、卒業式のスーツのまま俺を見て母が肩を叩きながら「大人になって」っと笑う。
肩をバンバン叩かれて痛かったので自分で肩をさすりながら手に持っていた花束を前につき出す。
「コレあげる!!」
「まぁ!!!キレイ!ありがとう。頂いたの?」
「うん。サークルの男の後輩にもらった。」
「フフフ。高校の時も男の後輩に花を貰ってたね。彼女はいないの??」
【彼女はいないの】母のさりげなく深い意味がない言葉に一瞬ドキっとして返答がワンテンポ遅れた。
「いない。いない。結婚とか孫とかは兄ちゃんに期待してね。俺は結婚しないから!!」
「えぇーなんで?」母がちょっとビックリした顔で言う。なんで?って俺にその理由が話せたらどんなに楽だろうか‥‥‥‥‥と心で思って鼻で笑ってしまった。
「フン。何でも‥‥‥。自分の中でピンってこない。」
曖昧な事しか語れない。
「何それ?フフフ。まぁ〜いいわ。お兄ちゃんがいるもんね。」
「そうそう。兄ちゃんがいるから〜俺はラッキー!」
「コラッ!」
母から全然、恐くない【コラッ】をもらう。
この時はまだ、こんな冗談も言い合えていた。
「ってか何の話?兄ちゃんが会社を継ぐとかそんな話なら〜話合わなくても全員一致で賛成なのにね。」
「そうね。でも、龍ちゃんもお兄ちゃんを支えられるように4月から一橋商事で頑張ってよ!」
また、バンバン肩を叩かれる
「はい。はい。がんばりまーす。」まったくやる気のない声で答えると母の目がつりあがりみるみるうちに怒った表情にかわった。
「もう!まじめな話よ。ちゃんとお兄ちゃんやお父さんの力になるのよ!龍ちゃんは2人の役に立つこと。それが龍ちゃんの役目よ。お父さんがリヴィングで待ってるから行きましょう。お兄ちゃんはまだなのよね〜。」
俺の存在意義は兄ちゃんの為になるって事だけってまぁまぁキツイ事を言うなとは思うけど、ただそれぐらいしか思わない。小さい時は俺が主役だ!!って思った事もあったが‥‥‥小学生の頃にはもう、兄ちゃんのおまけだと認識してたから実の母からのコレぐらいの言葉は、まったく問題ない。
「え〜。呼び出した本人なのに??」
「フフフ。お兄ちゃんは忙しいんですよ。」
母は兄ちゃんにただただ甘い。
「ただいま〜。」
「あっ。帰ってきた。おかえり。」母が兄ちゃんを迎えに玄関まで行く。
「よっ!久しぶり!」兄ちゃんが手を挙げながら言う。
「久しぶり。で!今日はなに??」
「早速やな!!」
腕時計を見て時間を確認する。
「謝恩会に行くから時間ない。」兄を急がすように言う。
「そっかー。」兄ちゃんが見た事ないような真剣な顔になる。
「会社は龍輝に任せる。俺は跡取りからおりる。」
あまりにも何でもないようにサラっというので何を言ったのか3人とも理解に遅れた。
時間にしたら数秒の間だったのだろうが数時間にも思えるような氷のようなヒンヤリした空気の膜が4人を包む。
氷の膜を殴り割るような大きな声で我にかえる。声の主は、もちろん父だ。
「なんだとぉぉぉぉ!」父の声だけが響きわたる。
「兄ちゃん!やりたい事があるのか?」俺は何とかならないか、何か兄ちゃんを考え直させる手立てはないかと‥‥‥‥焦り気味に聞く。
「やりたい事じゃなくて‥‥‥‥‥自分に素直に生きたい。もう限界なんだ。」兄ちゃんは苦しむような表情でゆっくり言う。
「どういう意味だ!!」父が真っ赤な顔でいう。
父と母の顔を交互に見ながら兄ちゃんが口をひらく。
「父さん母さん、ごめん。俺は男性が好きで‥‥‥‥‥。これからの人生を共にしたいパートナーもいる。この事を了承してくれて俺たちに何も言わないと約束してくれるなら会社は継げるけど、そんなのムリでしょ?」兄ちゃんは何もかも捨てても何の後悔もない清々しい表情をしていた。この表情は今も頭にこびりついている。兄ちゃんは今まで辛かったのだろうと推測でき何の声も掛けれなかった。数秒の沈黙後に
「‥‥‥‥‥‥‥‥。お前なんか出て行け。2度と俺の前にあらわれるな!!!」父が真っ赤な顔で震えながら怒鳴る。
「‥‥‥。わかった。でも一つだけ言わせて。母さんの育て方が違うとかじゃないから。誰も悪くないからな。」
こんな時まで父が母に当たらないように気を配れる兄ちゃんに母が声をあげて泣く。
「龍輝、母さんを頼むよ。会社は誰でも継げる。母さんだけは‥‥‥‥‥‥。」兄の目から涙が溢れる。涙を隠すように兄ちゃんは顔を背けた為、兄ちゃんの背中に声をかけようとするが、
「兄ちゃん。俺‥‥‥‥‥‥‥。」言葉が繋がらなかった。
「すまん。お前に全部を押しつけて‥‥。すまん。」
兄は玄関の方に歩いていく。
「稜輝‥‥‥‥‥。」母が追いかける。俺も追いかけたかったが何故か父を1人残すことはできなかった。
父と2人残された部屋の空気は感じた事ない重苦しさになり2人とも口を開こうとはしなかった。
父は放心状態だったが母は兄が出て行った後は‥‥‥何かを吹っ切れたようだった。母は何か兄ちゃんから聞いたのだろうか??
兄の後をのんびり歩けば良かった俺の人生はこの日を境にかわっていった。