不安に思うハインツの手を、アーベルは握り不安げに見つめてきた。
「やはり、奴隷商などと一緒になるのは嫌ですか?」
「それは関係ありません!」
苦笑する彼にきっぱりと否定をしたハインツ。それにも、彼はククッと笑った。
「よかった」
「え?」
「……嫌われたくないなんて、貴方以外には思わないんですが。俺は貴方に嫌われるのが心底怖いみたいです」
「っ!」
弱い目でそんな事を言われて、思わずキュンとしてしまう。抱きしめてしまいたい。いや、駄目だ! 潰してしまったら大変だ!
「……俺が貴族相手に商売をしている、そのとっかかりは奴隷を貸し出す事だったんです」
「貸し出す?」
不思議な事に首を傾げると、アーベルは確かに頷く。でもこれは妙な言い回しだ。
奴隷商は色んな事情の人を買い、奴隷紋で縛って命令を聞く忠実な人間を作り、それを求める客に売りつける。
ピンキリいると言う。貴族相手なら奴隷だって身なりや見目がよく、それなりに教育がされている。だが労働力を求めるような場合は扱いも酷いと聞いている。
だから本来「売る」であって「貸し出す」ではないんだ。
「ハインツ様、人材は多額の投資が必要な博打です」
「え?」
「自身の領地を守る為に兵をある程度持つのは、領地を預かる貴族であれば当然。だが、常に有事を想定した多くの兵を抱えれば財政を圧迫する。人は物とは違い、衣食住に給与がいる。ならば最低限を常駐させ、何かあればその時だけ信頼のおける外部から人員を買う。これが経済的です」
そう言われると確かにそうなのだが。経済的。効率的だけを求めてそのような状態になるのも寂しいと思ってしまう。自分達の住む場所を守ろうという気概だって持ってもらいたいって、思ってしまうのだが。
甘いんだろうな、こういうところが。
「更に言えば見込んで抱えた者が上手く育たず期待した結果が出せない。なんて事も人材育成ではあります」
「まぁ……」
「でも、俺はその心配がない」
苦笑したアーベルがこちらを見る。ジッと、観察するように。
「ハインツ様はとても健康で頑丈です。物理攻撃であれば弓以外は大抵扱えるセンスがある。それに魔法が四種……回復などの光属性もお持ちですか」
「え!」
これには驚いて目を丸くした。
これら個人が持つ力やスキルをステータスと言う。これは自身のものは自分の意志で見られるが、基本他人が知る事ではないし見せるものではない。ある意味究極の個人情報だ。
なのに、どうして……。
アーベルは鋭く笑う。そして種明かしをしてくれた。
「俺は幾つかスキルを持っていますが、その一つが人物鑑定なんです」
「人物鑑定!」
鑑定と言われるスキル群の中でも、人物のステータスを見る事ができる人物鑑定スキル持ちは凄く少ない。これがあるだけでギルドや軍部、貴族からいいポストで迎えられる事が多い上位スキルだ。
それを持っているなんて。
「このスキルで売られる人を見て、その特性に合った教育をしていけばいい。みすぼらしい格好をしていても、痩せていても、多少病を患っていても、素晴らしい能力を秘めているなら買い取って治療や生活改善、教育を施す。必ず開花すると信じて育て、育った者を状況や仕事の内容によって貸し出す。貸し出すのであって売りはしません。本当に信頼できる人で、双方がそれを望むのなら別ですが」
「奴隷といいつつ、人を大事にしているのですね」
それなら、なにも怖い事なんてない。
ハインツは笑みを浮かべアーベルの手を握る。そして一つ安心して、任せる事ができると思える。この人は自分の扱いが分かるだろう。最後まで、使い切ってくれると信じている。
「アーベル様、私はこのご恩を一生感じて生きていきます。ですからどうか、私を信じ、私に出来る事は手伝わせてください」
「ハインツ様」
心からの言葉を伝えると、アーベルは嬉しそうに微笑みスッと頬に触れる。そしてほんの僅か伸び上がって唇が触れた。
「……!」
(今の、キス! 私キスしたの! ファーストキス! きゃぁぁ!)
心臓はロケットブルの突進音のような音を立てて飛び跳ね、体温はサラマンダー飼ってんのかって程上昇する。悲しいかな褐色肌ではこれらの反応が薄いが、逆に色白のアーベルはほんのり頬が色付いたのが分かった。
「嫌だっただろうか」
「め! めっっそうもありませぇぇん!」
今日はお赤飯かもしれない。そんな喜びに咽び泣いたハインツであった。
「では、このまま正式な婚約という流れでよろしいでしょうか」
「ひゃい」
キスの衝撃から戻ってこられないハインツの気の抜けた声。
だがふと、もう一つ大事な事を思い出した。
「あの、爵位についてはどうしましょうか?」
「あぁ、それですか。そちらも直にどうにでもなるのでご安心ください」
「あの……危険な事ではありませんよね?」
「正規の方法なので大丈夫ですよ」
問いかけにニッコリと笑った人が手を伸ばし、頭を撫でてくる。硬い髪は決して触り心地のいいものではないのに。
この人を、幸せにしたい。そう、心から思ったハインツであった。