ゴブリンは一体では最弱クラス。だが奴等の強さは集団であり、爆発的な繁殖力。そして亜種の発生率だ。
一定以上の集団となるとアーチャー、ソードなどの殺傷能力の高い武器を使う奴が現れる。次にマジシャン、ジェネラルなどの更に殺傷能力の高い者が現れる。
そして国レベルまでいくとキングが生まれている可能性が高い。奴がいるとより統率力と繁殖力が増し、文化的な家や壁を作りだす。こうなるともはや爆発的な魔物の暴走、スタンピード間近といわれている。
でもそうなる前に魔物被害が一気に増えるはず。備えていなかったのか。
「どうしてそんな。だって、村や町が襲われだしたのは最近だって」
「どうやら森の奥地では低級な魔物が多く生息していたらしい。奴等はそれを餌にしてここまで大きな巣を作ったようだが、流石に狩り尽くしたんだろう」
「そんな……」
そうなれば、間違いなくそれらの魔物よりもゴブリンが強い。確実に上位種が生まれている。
「これをローゼンハイム侯爵に伝えた所、至急人員の確保と冒険者への緊急クエスト。そして俺達への更なる増援を要請してきてね。俺もそれに同行する事になった」
「そんな! 危険ですよ」
「危険だが、商売は信用が第一だ。勝てる事ばかりをしていてもいけないし、勿論負けはダメだ。その為に精鋭を集めたつもりだよ」
それでも不安でいっぱいになる。何か手伝える事があれば……あっ。
「その作戦、私も参加させていただきたいのですが」
おずおずと手を上げて言えば、アーベルの方が目を丸くする。そして次には慌てて止めた。
「ダメです! 貴方は俺の大切なお嫁さんです! 何かあってはいけません。将来貴方の領地を治める子を産み育てる立場なのですよ! 危険過ぎます!」
※ここにか弱いオメガはおりません。
止めてくれる、その優しさが嬉しかったりする。本当にオメガとして……妻として見てくれていることが嬉しい。だからこそ、ハインツは彼を失えない。
「それを言えば、貴方は私の旦那様なのだから何かあっては困ります」
「俺は……」
「僭越ですがアーベル様、ハインツ様をお連れすることをお勧めします」
そう進言してくれたのは、意外にもオットマーだった。
「ハインツ様は確かにオメガですが、肉体的にも精神的にも大変健全で頑健。俺も僭越ながらお手合わせして頂いておりますが、剣も槍も体術も嫉妬したくなるレベルでございます。更には回復魔法も使えるとあっては頼もしい存在にこそなれ、足手まといにはなりますまい」
「だが」
「それに、充実した肉体とは裏腹に心配性な様子。ここに一人残し、一週間も空けられる方が心が病んでしまいそうです」
そう言われるとアーベルも否とは言えない様子で悩み、やがて溜息をついた。
苦笑して見つめてくるアーベルに、ハインツも同じように見つめた。
「貴方の前ではかっこいい男でありたいし、妻を戦場に連れていくなどない方がよいのですが」
「この通りの体です。それに、私の事が見える貴方なら大丈夫だと分かってくれますよね?」
「分かりますが……プライドが痛みます。ですが、自分の意地で貴方の心を病ませるわけにはゆきません。ですが、本当によろしいのですか?」
「はい、喜んで!」
ニッコリと笑ったハインツが手を出す。それに苦笑し、アーベルは握り返す。
こうして、ゴブリン討伐が決定したのだった。
翌日朝、ケンプフェルトのタウンハウスの前には三台の馬車が停まった。
前後は幌馬車で大人数が運べるように。そして真ん中はそれなりに頑丈な馬車だった。そこから、アーベルが顔を出した。
「お迎えに上がりました、ハインツさん」
手を差し伸べてくれるアーベルに頷き、ハインツはその馬車へと乗り込んだ。
この馬車にはハインツとアーベル、そして索敵が得意なベルタが乗り込み、オットマーは御者の横についた。
他の馬車には他の仲間が乗っているようで、今回は後方支援含めて二十人。現地には先の作戦に参加した十人が残っているそうだ。
「それにしても、立派なバスターソードですね」
アーベルがハインツの手元の大きな剣を見て言う。それにハインツは苦笑した。
「学生の時代から使っているものなんです。手によく馴染むというか。このガタイで力も強いので、普通の剣だと耐えられなくて折れてしまうのです」
その為、とても大切にしている。これをくれたのは母方の祖父だ。なんでも先祖が使っていたもので、現在これを扱える者は他にいないからと。
「重そうだにゃ」
「俺やベルタでは持ち上げる事も大変そうですね」
「アーベルさんは魔法職だし、ベルタは索敵と弓兵じゃないか。私は逆に弓は不向きで」
「おや、どうしてです?」
「力が強すぎて壊してしまうんですよ」
アカデミー時代、それで何本の弓を壊した事か。終いには「お前は弓は向かんから出席せんでよい!」と言われてしまった。
「うははははっ、ハインツ様らしいにゃ」
「確かに、これを扱える豪腕でも壊れぬ弓はなかなかありませんね」
「ははっ」
なんて言いながら、これから大変な任務に向かうというのに明るい雰囲気で進んでいった。
ローゼンハイム領は単騎では一日程度だが、今回は馬車。その為境の町で一泊し、翌朝改めて出発した。
到着したのはその日の昼くらい。森の中に作られた野営地だが、到着と同時に誰かの怒鳴り声がした。
「どういうことだ! ローゼンハイムの兵はたったこれっぽっちなのかよ!」
「落ち着いてください」
苛立ちを滲ませる声と対応する声。それらを聞いて、アーベルとハインツは顔を見合わせてその方へと向かった。