目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話 名も無き騎士団

 ルイン島を出発してから数十分後。


「あの、何で俺剥き出しで運ばれてるの? おーいプルームちゃんとエイラリィちゃん」


 ソラは、カットラスの掌に乗せられ、顔面及び全身に風を浴びさせられたまま本拠地を目指して飛ぶプルームとエイラリィに文句を漏らす。


「ご、ごめんねソラ君、さすがに操刃室に二人は入らないから仕方無くて」


「例え入れるとしても、どこの馬の骨とも分からない男と密室で二人きりなんて何されるか分かりませんからね」


 それに対し、申し訳なさそうに謝罪するプルームと、毅然と言い放つエイラリィ。


「ええっ、まだ出会って少ししか経ってないのに、もうそういう目で見られてるの俺?」


「人の印象は初対面の時に殆ど決まるんですよ、残念ながら」


「そ、そんな!」


 そのようなやり取りをしている内にプルームが言う。


「あ、もう着いたから大丈夫だよソラ君」


「え?」


 プルームの言葉で進行方向を見渡すが、辺り一面空が広がっているだけであり、本拠地の島らしきものはどこにも無く、ソラは一人首を傾げた。


 しかし直後、まるで島が突如現れたかのように視界に入る。


「おおっ、島が突然現れた! どうなってるんだ?」


 その島はとある特殊な雲に覆われている島であった。その特殊な雲とは、背景に擬態し色を変える特性のある“陰雲”。それに常に囲まれているこの島は、本拠地にはもってこいの隠れ島なのだとエイラリィが説明する。


「へえ、そんな島があったとは」


 自身の知らない情報をエイラリィから聞き、素直に関心するソラ。


 そしてそこは、陰雲とは別に薄く白い雲に囲まれた小さな孤島。木々が生い茂り、竹林や池のようなものも見え、聖堂のような白い壁と青い屋根の建物が島の中心に立ち、恐らくソードの格納庫だろう煉瓦造りの五階建て程の高さがある最も大きな建物が、島の中心から少し外れてそびえ立っていた。


 また教会の隣には、それらの二つの建物とは趣がまるで違う建物が併設されている。


 瓦と呼ばれる焼いた土の塊が並べられた屋根と木材で建築されたその建物には庭園のような物も付いており、石造りの置物や楕円型にカットされた針葉樹の立木が植えられ、かつてラドウィードの東方に存在していたという孤島国家ナパージの建築物の雰囲気そのものであった。


「プルーム=クロフォード、カットラス帰陣します」


「エイラリィ=クロフォード、カーテナ帰陣します」


 二人が伝声器を用い、誰かにそう伝えると、格納庫であろう最も大きな建物の屋根が音を立てて左右に開かれた。


 するとプルームはまず聖堂のような白い建物の前に着陸し、ソラを降ろす。


「ソードを格納してくるからソラ君はここで待ってて」


 プルームはそう言うと、カットラスをすぐさま飛び立たせ、ソードの格納庫であろう建物の中に入っていった。


 そして再び屋根が閉じられ、数分後に、何かが詰まった大きな皮の袋をそれぞれ持った、プルームとエイラリィがソラの元へと歩いて来た。


「お待たせ、それじゃあ行こうか」


「プルームちゃん、その大きな袋なに?」


「これ? これは食糧だよ、買い出しの帰りだったからね」


「か、買い出し? 二人は買い出しの帰りだったの?」


 二人が自分を救ってくれた事が、まさか買い出し帰りのついでだったとは思いもよらなかったソラは素っ頓狂な声を出してしまった。


 そんなソラを余所にプルームが白い建物の、木製の扉を開く。


 この先の己の命運が、これから決まる。ソラは柄にもなく緊張の汗を少しだけ滲ませていた。


 ――さて、どうなるかな。


 扉の向こう、外壁と同じ白い壁、石造りの床、そしてそこの壁際には栗色の髪に翡翠色の瞳の少年と、金色の髪に浅黒肌の壮年の男性、同じく金色の髪に浅黒の肌の少女、計三人が立っており、ソラが思ったよりも遥かに閑散としていた。


 しかしそれらよりもまず一番に目に入ったのは正面の椅子に座る少女の姿だった。


 腰まで伸びた流れるような黒髪は、風の無い室内でも靡いているかのように錯覚する程美しく、少しだけ切り揃えられた前髪が非常に整った顔立ちを少しだけ幼く見せていた。そして何よりも印象的なのはその瞳。黒く、深く、真っ直ぐで、全てを見透かすかのようなその瞳の視線からソラは己の視線を外すことが出来なくなっていた。


「おおっ来たか、貴重な入団希望者が」


 するとソラに気付いたその少女は、神々しくもあるその印象からは、ソラの想像を少しだけ外れた気さくな第一声を放った。


「あ、お、俺はソラ=レイウィングです」


「ソラと申すか。わしはこの騎士団の団長を務める、ヨクハ=ホウリュウインじゃ、よろしく頼む」


 年端も行かない少女の口からは似つかわしくない老齢な喋り方に違和感を覚えながらも、凛としたその雰囲気にいつの間にか飲まれている自分にソラは気付く。


「それにしてもソラという名前に、わしと同じ黒い髪色、お主はナパージの民の血が入っておるのか?」


「はあ、俺はエリギウス大陸出身の父とナパージの民の母の混血種なんだ」


「成程のう、じゃが混血種とはいえ同胞に会えたことを嬉しく思うぞ、ナパージの民はもう滅びかけていると言っても過言じゃないからのう」


 そう言いながらヨクハと名乗る少女は深く嘆息した後続ける。


「しかし、先月出来たばかりの、まだ名も無きこの騎士団に入団したいとは、お主も物好きな輩じゃな」


 すると、ヨクハのその言葉を聞いてソラの表情が固まる。


「え?」

「え?」


 瞬間、その場の空気が固まった。


「えっと、おたくさん達の騎士団、先月出来たばかりなの?」


「そ、そうじゃが……」


「〈因果の鮮血〉じゃなくて?」


「はは、わしらは〈因果の鮮血〉みたいな大層な騎士団ではない、見てのとおり騎士団メンバーはここにいない者も含めれば全部で八人。新設の本当に小さな騎士団じゃよ」


 ヨクハの言うとおり、この部屋にいる者が全て騎士だとしても六人。エリギウス帝国直属騎士師団に次ぐ最大規模の騎士団とは到底言えない規模であった。


 また、よくよく見てみれば、ここに居る全員は騎士制服や騎装衣のようなものを纏っておらず、騎士団というにはあまりにもばらばらの服装であった。


「じゃ、そういう事で俺帰ります」


 自分の勘違いに気付くや否や、踵を返し、建物から出ていこうとするソラ。そんなソラを見て椅子から立ち上がり腕を掴んで引き留めようとするヨクハ。


「ちょ、ちょっと待て、急にどうした? うちに入りたいのではないのか?」


 そんなソラを見て焦った様子でヨクハはソラの手を掴んで尋ねた。


「勘違いしたんだよ、聖衣騎士が二人もいたから完全に〈因果の鮮血〉だと思い込んだんだって」


「この際どちらでも良いではないかそんなことは、それよりお主、雲の大聖霊石を持っておるのだろう?」


「よくないでしょ! 俺は目的の為に〈因果の鮮血〉に入団しなくちゃなんないんだから、雲の大聖霊石だってその為に必要なんだ」


「酷いぞソラ、わしに期待を持たせるようなこと言っておいて」


 目を潤ませて懇願するヨクハを見て、心臓の鼓動が早くなったのを感じたが、ソラは必死にヨクハの手を振り払おうとした。


「ちゃんと確認しなかった俺も悪いけど、ここが〈因果の鮮血〉の本拠地じゃないならもう用は無いんだって」


「そんな、じゃあ百歩譲って大聖霊石だけ置いていってくれればよいから、な?」


「譲っての意味がわからん」


 するとそんなやり取りを見ていた、金髪浅黒肌に顎髭を生やす壮年の男性が割って入る。


「提案だが団長、この少年から力ずくで大聖霊石を奪うというのはどうだろう?」


「なにこのオッサン! 真顔ですごい物騒な事言って来る!」


「こらカナフ、それでは騎士団ではなく盗賊団ではないか。わしは義理とか人情とかそういうのを大事にしていきたいんじゃ」


「確かにその通りだ……すまん」


 ヨクハに諫められ、カナフと呼ばれた金髪浅黒肌の壮年の男性は、少し気まずそうに引き下がった。


「うーむ……」


 そして考え込むように腕を組んで唸るヨクハ。


「そうじゃ!」


 すると何かを思いついたように自分の掌を叩いた。


「ソラ、しばし付いてきてくれるか? お主に見せたいものがあるんじゃ」


「見せたいもの?」


「うむ。あ、皆も付いてきてくれるか? 悪いんじゃがパルナは留守番を頼む」


「オッケー」


 ヨクハに促され、カナフと同じく金髪浅黒肌、その金色の髪をツインテールにしたパルナと呼ばれる少女はその場に残り、ソラとカナフ、プルームとエイラリィ、栗色髪の少年がヨクハの後を付いていく。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?