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第9話:おっさんはコーデネート

 謎の少女との邂逅から数時間後。


 俺たちはあの後もなんやかんやとファミレスで時間を潰した。


 会計の際には、苛立ちを事務的スマイルで塗りつぶした店員の視線を躱すのに必死だ。


 そして現在、まばらに人々の往来が増え始めた歩道。

 立ち並ぶ商業ビルの中に過去見知った安価なアパレルチェーン店を発見。開店と同時に店内へと駆け込んだ俺とソフィア。


「いらっしゃいませー」


 店内に似つかわしくない俺たちの姿に一瞬表情を固くした女性の店員だったが、そこは見事な営業スマイルに一変。


 ファミレスといい、この店といい、異世界生活の長かった俺からすればとんでもない接客対応能力だよ。


 流石、接遇の心を持つ国民。同郷として俺は誇らしい。


「ひ、人が、人が多い!? 勇者の故郷は今日何かのお祭りなの?   

 あ、あと昨日も気にはなってたんだけどあの車輪がついた乗り物! 貴族階級みたいな人間がこっちにもいるんだ、くらいの認識だったのに! 何アレ!? あんな数の貴族が列をなしてどこに向かっているの!?」


 俺が開店間もない店に駆け込んだ理由の一つ。


 昨日はこちらの世界に来て間もなく、疑問はあっても一先ずあえて見過ごすという大人の対処をしていたソフィア。


 夜だったこともあり人通りや、『車』の数も三人組と表通りを歩いていた時間帯は比較的少なかった。


 それが午前十時を回った現在。


 どうやら今日は日曜だったらしく朝の通勤、通学ラッシュこそ無いものの、幅広い年齢層の人々が休日を満喫すべく丁度街に繰り出し始める時間帯。


 都心から離れた実家で意外と都会だけど程よい田舎暮らしをしていた俺からして『花火大会』もかくやという人の波。


 異世界で廃村暮らしをしていたソフィアにとっては刺激が強過ぎたらしい。


 むしろ今この瞬間までよく大人な対応をできていたと思う。


 俺が異世界に初めて召喚された時なんてそれはもう——思い出すまい。気が滅入るだけだ。


「まあ落ち着け。この国じゃ結構当たり前の光景で、ここは都市の中心地だから人は他の地域に比べて多い。後、あの乗り物、『車』に関しては比較的俺くらいの年齢層なら大体所有している一般的な乗り物だ」


 昨日のクールな雰囲気から一転、水を浴びた猫のように目をぐりんと見開き周囲を警戒しているソフィアを宥めるように言い聞かせ、


「勇者もアレに乗れるの!?」

「ああ……いや、俺は免許が」


 キラッキラとした美少女の反応に十五歳という若さで現世を離れた弊害がまたもや……。


「——お客様〜お探しの商品はございましたでしょうか」


 開店早々の店内ではしゃぐ俺とソフィアに突き刺さる接客スマイル。


 言葉ではこちらの状況を伺いつつも言外に買わずに騒ぐだけなら帰れよ、と言われているような気持ちになった俺は一先ず冷や汗を拭い苦い笑みで持って返しておく。


 正直俺とソフィアの格好は『現代』の街並みを平和的に歩くには目立ちすぎる。


 探索者シーカーとかいう『冒険者』まがいの輩が武器や鎧を着込んでそこらを歩いているくらいだから案外行けるだろうと思っていたのだが、『店』への入店や施設によっては一応『場違い』だという一般常識があるらしい。


 このまま電車に乗るのも気持ち的に落ち着かない訳で、一先ず俺たちは身なりを整える事にした訳だが。


『車』に乗れないと知ってわかりやすく落ち込んでいるソフィアの背を押して店内を適当に物色。


 今度タクシーにでも乗せてやるから。


「といっても一体何を選んだらいいのか……俺は年齢的に細身なジーンズとか? ソフィアはとりあえず似たようなワンピースで」


 服のセンスなんて二十年以上前に置き忘れてきている俺だ。


 当然自分の格好どころか十代少女の衣服をコーディネートなど出来るはずもない。いや、してはいけないと断言しよう。


 しょんぼりとした表情から立ち直れていない、見知らぬ世界に一喜一憂しているソフィアに好きな服を選べというのも気が引ける。


 僅かに焦りながら少女の服を片手にアンバランスな組み合わせの服を自分にあてては首を傾げる十代の美少女を引き連れた中年男。


 さぞ怪しく見えたのだろうか店員の視線がやけに痛い。


 ああ、なんか逃亡中でも異世界の粗雑な生活が少しだけ恋しく、



「ノンノンだよねっ! 全くもってノンセンスだよマスターっ! 最早現代ファッションの申し子といっても過言ではなくなっちゃったアタイ!『雷鳥』シャロシュちゃあんに、任せればよくねっ」



 ただでさえ心が波立っている時に津波を引き起こしそうな奴がまた勝手に。


 眩しいほどのプラチナゴールドな長い髪。


 普段からあまり表に出さない黄金色の翼は背中で小さくなりを潜めているがソレがなくてもビカビカと騒がしい契約精霊の一人。


『雷鳥』シャロシュ。


『水猫』に負けず劣らず自己主張の強い彼女は俺の意思に関係なくこうして勝手に現れる。


 というかなんで既に現代っぽい格好をしてるんだよ。


 喋り方は、まあこんな感じだったが明らかに語彙が増えている。


「そこはマスター!『雷鳥』なアタイだよ? フィーちゃあん相手にマスターがしょーもないオジサントークを繰り広げてる間にアタイはツィーっと電脳世界を飛びまくって無尽蔵に『いいね』して奇跡のバズ引き起こしながら『現代』をキャッチアップしてたってわあけっ! どう? アタイの格好、爆盛りくぁわいいギャルってんでしょ?」


 ほぼ何を言ってるのかわからない。


 視界の端で〈スキル〉から【アイテムボックス】内を確認。


 ——げっ、三十万も減ってやがる!? コイツら人の稼いだ金で。


「マスターのくぁわいい精霊だからねっ! 養う甲斐性っ! くぁっこいい!」


「さっきから俺の心を読むなって……まあいい、じゃあソフィアの服を選んで——」


 ため息に寂しくなった懐の哀しみを溶かして流す。


 とにかく同性の彼女がいればソフィアの衣服は任せられる。


 俺は自分の服を、と思いかけた矢先。


 俺とソフィアの両腕を掴んだシャロシュが凄まじい速度で店内を駆け回り、俺とソフィアを鏡付きの個室へとそれぞれ放り込んだ。


「フィーちゃあんの全身コーデはもちろんだけどさっ! マスター! 細身のデニム? いかにもな『おじコーデ』はシャロシュちゃあん的にノンっ! とりまコレきて上にはコレ! んで持ってアクセントはコレでっ」


 所謂試着室に放り込まれた俺に投げつけられた衣服の山に埋もれ、シャッっとカーテンが閉められる。


 隣にはソフィアが入れられたはずだったが。



『シャロシュ、ちょっと、無理やりは、ダメ』


『うへ、うへへへっ、フィーちゃあんは素材が元々超光ってたんだよ〜、だいじょうぶだから、シャロシュちゃあんに任せれば、くぁわいい女の子にしてあげるからねぇ——』



 悲鳴にも似たソフィアの絶叫。

 ただ俺が選ぶより間違いはないだろうさ。


 ソフィアには悪いが少しシャロシュの遊び相手になってもらうとして、


「おじコーデか……なんとなく、細いジーンズが格好良い大人なイメージだったんだけどな」


 異世界ではファンションなど二の次、どころか装備の耐久値以外を考えることなど皆無。


 だがこっちの世界にいた時はそれなりに気は使っていた、はず。


 それでも、思い浮かんだ『なんとなく』が『おじコーデ』と揶揄された事実。


 グッと心に滲む切なさを優しく自力で慰めて、放り投げられた服を眺める。


 ゆったりとしたカーゴタイプのパンツにシックな色合いのジャケット。


 少し派手目なカラーのシューズはなるほど、『オシャレ』だと無知な俺にもなんとなくわかる感じの組み合わせではあった。


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