「はぁ……いいなぁ、柚ちゃん、大手企業の御曹司と結婚かぁ……」
日曜日の昼間、自宅の布団の上でダラダラ、ゴロゴロと過ごしていた私はスマートフォンを片手に呟いた。
見ていたのは、数いるインフルエンサーの中で特に憧れている同い年の七井 柚子――通称『柚ちゃん』のSNSアカウント。
彼女は中学生の頃に読者モデルとして誌面にデビューを果たしてからあっという間に専属モデルになり、現在はモデル業の傍らドラマ出演なんかもしている人気のモデルさん。
彼女がSNSで紹介したり誌面で使用されたメイク用品や服、バッグや靴は売り切れ続出になるくらいに人気が出るし、メディアも彼女には常に注目している。
そんな彼女が昨日の夜に結婚を発表したのだけど、相手は大企業の御曹司だというのだ。
ただでさえ自分で稼いでいてキラキラした生活を送っていた彼女だけど、御曹司との結婚でこの先もっと優雅な暮らしが約束されたということ。
お金に困らず、優雅できらびやかな生活を一生出来る――そんな環境が羨ましかった私は持っていたスマートフォンを布団の上に放り投げるように置くと、身体を反転させて天井と向かい合わせになった。
「……いいなぁ、お金に困らない、優雅な暮らし……。しかも、二つ年上の旦那様はお金持ちの超イケメン!! あー羨ましい!! 本当、憧れちゃう……」
まあ、私みたいな一般人の一意見として、こんな感想は日常的に飛び交っているだろう。
そもそも著名人と一般人の自分の生活を比べたところで、勝てる要素など何一つとしてあるわけが無いのだ。
それに、お金持ちのところにこそ、お金も幸せも舞い込んでいくものなのだろうなと常日頃思う。
布団からのそのそと身体を起こし、すぐ横にある小さなチェストの一番下の引き出しを開けてゴゾゴゾと探るように腕を突っ込んだ私は、ある物を取り出した。
それは預金通帳で、中を開いて金額をチェックすると、見事なまでに支出の表記がズラリ。
「……貯まらないなぁ、お金」
毎回の事なのだけど、通帳を見ると現実を思い知らされる。
柚ちゃんに憧れて私もキラキラな生活がしたいと思うようになり、それにはまず良い企業に就職しようと大学在学中は死に物狂いで就活をして、何とか今の会社から内定を貰うことが出来た。
ただ、実家から職場は少し離れているから一人暮らしが必須条件で、せっかく一人暮らしをするのなら、職場から近いところをと思ってみたものの、職場は高層ビルが建ち並ぶオフィス街。
そんなところの賃貸は家賃が高過ぎて絶対無理なので、せめてどこか駅から近くて便利な立地でついでに言えば、築年数もそこそこ浅くお洒落なアパートに住めれば……なんて思って探したものの考えが甘かったのか、その条件では私が提示した予算を遥かに上回るものばかり。
妥協に妥協を重ね、この際築年数やお洒落さを諦めて立地と安さを取った私は、結構古めでお世辞にも綺麗とは言い難いアパートを借りることになった。
それだけ見ればそれなりに余裕のある暮らしが出来るはずなのだけど、只でさえ物価高の現代で生きるには、とにかくお金がかかる。
何を買うにも高い世の中で、なるべく安く済ませたいとは思いつつもそれなりの企業に勤めていれば、それなりの暮らしが強いられるもの。
例えば、洋服。
私が勤めているのはそこそこ名の知れているアパレルブランド会社。
そこの営業事務として表に出ない、言ってしまえば裏方作業をしてはいるけれど、日々の身なりにはとにかく気を使う。
周りの人たちは皆、自社製品は勿論、大手高級ブランドの服に身を包んでいたりととにかく名の知れた有名ブランドでお買い物をしては、競うようにそれを見せ合って自慢するという見栄張り合戦を繰り広げているのだ。
そんな中でも年功序列というのか先輩よりも良い物は身に付けてはいけないという暗黙のルールがあって、私のような下っ端はそこそこ名の知れたブランド程度の服で身を固めなければならないものの、だからといって安さが売りで学生が着るようなプチプラブランドとはいかないので、それなりにお金がかかる。
そればかりか周りは皆、短期間での着回しもしないから、そんな中で私だけ一週間の内に同じ服を着て行くなんてことは出来ない為、自然と服の購入量が増えていく。
次に、食事情。
働いていれば当然付き合いもあるわけで、ランチに飲み会など、食についても日々お金はかかる。
ランチはほぼ毎日近くのカフェに入り浸っているので一日千円以上は絶対条件。
更に、週末は大抵先輩からのお誘いでご飯やら飲み会に誘われることが殆どなので、そこでもお金がかかっていく。
勿論、先輩が奢ってくれる時もあるけど毎回とはいかないので、その出費もまた結構な痛手だったりする。
そんなこんなで、常にお金を使う生活を強いられる為、当然それに比例して支出額も増えるわけで、稼いでいてもお金はあまり貯まらない。
唯一節約出来るのは出勤しない土日や祝日のみなので、今日のような休日は基本、家でゴロゴロしながら一日を過ごしていた。
「……はぁ。お腹空いた……食材何もない……でも、買い物行くのも面倒くさい……」
困ったことに、何もしなくてもお腹は減るもので、何か食べようにも買い置きも無いし食材も無い。
買い物に行くことすら面倒に感じたけれど、節約は休日にしか出来ない。
「駄目だ、とにかく節約しないと! その為にも買い物行って、作り置き料理でも作るか……」
外食しない平日は休日に作った作り置き料理をご飯にする為にも、ひとまず買い物に出掛けることに。
「スーパー行くだけだし、メイク用品の節約! 素っぴんでいいよね」
上下黒のスウェットで髪を後ろで一つに括り、素っぴんを隠す為にマスクをしていざ家を出ようとドアノブに手を掛けた、その時、隣の部屋からガタガタと音が聞こえてくる。
隣の部屋はずっと空室で、隣が居なくて楽だななんて思っていたのに、どうやらそれも今日で終わりのようだ。
「ついに引っ越して来たのか……。どんな人が越してきたんだろ?」
この煩さから恐らく引っ越し作業をしているのだろうと考えた私は、どんな人が越してきたのかが気になりそのまま外へ出ると、ちょうど引っ越し業者を見送る為に出て来ていた住人らしき男の人が視界に入ってきた。