学校見学、とは言ったものの1人の生徒に1人の案内役がつくわけでも、複数のグループに1人の案内役がつくわけでもない。
学校を訪れ、入校証を貰い、あとは自由にどうぞ。ていう簡単なものだ。
友達と一緒ならそのままお喋りしながら校内を見学するのだが、あいにくと僕は1人だった。1人で校内を練り歩いていた。
別に友達がいないわけじゃない。単純にみんな都合がつかなかっただけ。
まぁ1人でいることはそれほど苦じゃないので構わない。
「すげぇ綺麗な校舎だな……」
真っ白な広い廊下を歩きながら呟く。
私立
中学校と高校ではそもそも規模が違うから比べるのもナンセンスだが、それにしたってこの是善高校は僕が今通っている中学校とは別格だった。
廊下の窓から見える円形の旧校舎がなんとも古めかしいというか、古ぼけているというかとにかくアンバランスだ。
まぁあれはあれで情緒を感じられていいのかもしれない。
ひとまずこの階層の特別教室は回ったので次へ行こう。僕は階段を見つけると上の階へ行くため上ることにした。
タンタンと足音を鳴らしながら上っていく。踊り場に入ったところで――
「きゃうんっ!」
仔犬の鳴き声みたいなのが聴こえてきた。
ハッとして顔をあげると、階段を上った先に女の子がいた。長い黒髪の女の子だ。
ここ是善高校とは違うデザインの制服。黒いセーラー服を着た女の子が宙を浮いている。
そう、浮いているのだ。比喩表現でもなんでもなく、全身を空中へと放り投げていた。
間違いなくこっちに落ちてくる。背中から迫る女の子を見上げ、僕は咄嗟に手を突き出した。
視界の無駄な情報が切り取られ、宙に浮く女の子の輪郭だけが浮かび上がる。
グッと手に力を込めると、今にも落ちてお尻を打つであろう女の子の速度が低下した。
停まったわけではない。限りなく停止に近い速度で空中を漂っている。
小刻みにブレる女の子を見上げ、僕はひとまず安堵の息を吐く。
そのまま階段を上り、動きが遅くなった女の子に近づいて、背中と太ももに手を回す。
正面から見た女の子は綺麗な顔をしていた。
前髪を伸ばし過ぎているのか、ほとんど顔が隠れているけど、それでも、すぐに綺麗だと思えるほどに、彼女は美人だった。いや、美少女というべきだろうか。
スロウになった世界で彼女と目が合ったその瞬間――ゆっくりとしていた挙動が急に戻り、回した手に重みが加わる。
そのまま倒れてしまわないようグッと両足で踏ん張り、女の子を支える。全体的に華奢でそのくせ柔らかいから本気で力を入れると傷つけてしまいそうだった。
ただそれでも、どうにか失敗することなく受け止める。女の子は僕に半ばお姫様抱っこされているような体勢で、ぽかんと口を開け、目を真ん丸にする。
僕と目を合わせ、パクパクと口を動かす。僕は何も言わず彼女をおろし、階段を上っていく。
「あっ、あの――」
女の子がなにかを伝えようとしたその瞬間。僕は振り返って再び右手を突き出した。
再びゆっくりと遅くなる女の子。小刻みにブレる彼女を見て、僕は背を向けて立ち去る。
追いつかれる前に廊下を歩き、エレベーターホールに辿り着く。
ちょうど到着したようで、1基のエレベーターのドアが開く。中には1人の男性教師が乗っていて、制服を着ていない僕を見て一瞬眉を顰める。
しかし、首に提げた入校証を見てすぐに眉を戻す。僕は軽く会釈をしてエレベーターに乗り込んだ。