クソ工場長の悪霊は、全身黒焦げになり、まるで昔のコントに出てきた爆発の後の姿そのものともいえるものだった。
だが、これはジョークでもコントでも何でもなく、実際に爆撃で化学薬品や火薬等の引火で工場が爆発し、自らが死んだことに気が付かず……そのまま軍需工場の跡地に悪霊として根付いているのだろう。
「貴様らぁぁ! 大日本帝国の勝利は間近なのだぁぁ! 死ぬまで働けぇぇ、いや、死んでも働けぇぇ! 月月火水木金金、欲しがりません勝つまでは! お国の為に兵隊は戦っているのだ、吾輩たちはその後方支援を出来ることを光栄に思えぇぇ!!」
何というクソっぷりだ。
マジでこんな奴が上司だったら一瞬で辞表叩きつけて、顔面殴り飛ばしてやりたくなるレベルだ。
どうやらコイツがここに居ついてしまったので、他の霊も従わざるを得ない状態で、ここの場所にマンションが建っても、工場に関係無い外部侵入者を追い出せという命令で住民に危害を加えたのだろう。
――でもだからといってそいつを野放しにしておくわけには行かない、戦時中の亡霊にはこの時代から去ってもらわないと、ここには新たに人が楽しむ大型商業施設のららもーとが出来る予定なんだ。
その為にはこの時代錯誤の亡霊にはここから立ち去ってもらわないといけない。
「貴様ら、なぜ働かん!? それに何だそのふざけた格好は、大日本帝国の工場の工員は常に華美な服装はせず、汚れてもいい姿で業務に挑むものだ。それを何だ貴様は、吾輩が精神を叩き直してくれるわ!!」
コイツの偉そうな言い方、マジでイラついてくる。
まあ確かにこのライダーごっことか変Tシャツは普通に見てもふざけた格好だけど……。
このライダーごっこ衣装がぽんぽこタヌキ着ぐるみパジャマだったらもっとあのブラック工場長ブチ切れてたかもな。
「何だその格好はァァァ!!!」
「見て分からんのか! きめんらいだーじゃ!!」
「働かん上にライダーなどという敵国語を使うとは片腹痛いわ!! 日本男児なら汗水垂らして働けェェ!!」
「いや、あーしら女なんやけど?」
「黙れェェェ!! 女子供も工場で働いてこそ一人前!!」
コイツの中ではまだ日本は戦時中らしい。
「……おっさん、戦争終わってるよ? それで日本は負けたんだけど。今は時代が令和だから」
「貴様ァァァ!! 戯言を抜かすなァァ!!」
ダメだ、取り付く島もない。
このブラック工場長、とにかく自分の価値観だけが正しいと思い込んでいるブラック企業の上司そのものの思考だ。
戦時中でこれだったが、もし令和や平成生まれでもこんな性格は変わらなかったんだろうな、三つ子の魂百までというから。
「貴様のような日本が負けたとほざく非国民は吾輩が粛清してやる! 覚悟しろ」
くそぅ、こんな奴にやられてたまるかよ!
俺はその辺りにあったパイプを握り、精神注入棒を叩きつけてきたブラック工場長の霊にパイプを叩きつけた!
ガイィイン!
手ごたえ……あった! ――だが、その後、ブラック工場長はニヤリと笑い、俺のパイプを握っておもむろに俺ごと地面に叩きつけた。
「ぐはぁっ!」
「タクミー!!」
「
痛い、これはちょっとマジでヤバいかもな。
紗夜はライダーごっこ衣装のまま俺に近寄り、俺の手を取ろうとした。
「だ、大丈夫だ。問題ない」
「タクミ、タクミィィー!!」
そして、
「キサマ……貴様は三つ許されん事をしたのじゃ……それは、一つ。罪も無い霊を縛り、安らぎを与えずに死んでもこき使った事。二つ。タクミを傷つけた事。三つ。それは……このワシの怒りじゃああぁぁ!!」
「あーしもトサカ来たでぇ、アンタ、無事に畳の上で死ねると思いなや!!」
いや、もうソイツ死んでるけど……でも紗夜と
俺はどうにか罪堕別狗(ザイダベック)の三人に抱えられ、その場から少し離れた壁にもたれかかる形で様子を見る事になった。
紗夜と満生はどちらもが鬼哭館で見せた時のような本気モードであのブラック工場長をフルボッコにしようとしている。
でも、今の彼女達の力って……本来の十分の一だけど、大丈夫なのかな。
――だが、そんな俺の心配は杞憂に過ぎなかった。
「きめんらいだーさーや・くらいしすふぉーむ! ワシの必殺技、ぱーとつー、だいなまいとばーすときっく!!」
「ぬ、ぬわぁああっ!!??」
紗夜のライダースーツごっこでの蹴りは、ブラック工場長を守ろうとしたクレーンやプレス機を吹き飛ばしながら彼に致命傷を与えた。
「おっと、こっちも忘れたらあかんでぇ! アンタにビームソードは勿体ないわ!!」
そういった紗夜さんは三独鈷の霊気の剣を引っ込め、三独鈷の尖った部分でブラック工場長をタコ殴りにした。
「おい、ワシの分も残しておくのじゃぞ」
「はいはい、わーっとるわ、二人で仲良くフルボッコとやったるかいな!」
「そうじゃの、タクミを傷つけた罪、万死に値するわ!」
うわー、紗夜と満生さん、ブラック工場長の霊にまたがって二人でフルボッコだ。
敵ながら同情するくらいに気持ちいいタコ殴りで、ブラック工場長はヘロヘロの満身創痍になりながらどうにか非常口に逃げようとした。
だがそこにいた大量の霊達が、その場に集まり、今度はこき使われていた霊達がブラック工場長をフルボッコにタコ殴りにし出した。
あーあ、因果応報、自業自得。
ブラック工場長の霊はそれでもどうにかクレーンやプレス機、ドリルなどの工業機械を動かし、這う這うの体で逃げ出そうとしていた。
「あ、逃げんなやこの卑怯もん!!」
「ひ、ひいいぃ、何故だ、何故この吾輩がこんな目に……」
カツッ!! カツ……カツッ!
逃げ出そうとしたブラック工場長の霊の近くで、何かの音が聞こえた。
そして、紗夜と満生さんは何か……物凄く強烈な気配を感じたみたいだ。
「な、何や!? この強烈すぎる霊気は!」
「ぬ、ぬうっ。これは……安倍? いや、違うのじゃ。もっと、もっと切り裂く刃のような鋭い気配なのじゃ!!」
あの二人が警戒するとは、霊感の無いはずの俺でも感じるこの強烈な気配、これはいったい!?
そして……突風が吹き荒れ、中から一人の長身の男が姿を現した。
「……貴様。どうやら巧妙に己の気配を消し、我の追撃を逃れておったようだな。必死に己の存在を隠し、ここに居座っていたようだが、多くの霊がここから幾多と姿を消したので様子を見に来たら……見つけたぞ! 貴様を葬る!!」
「ひぃいいいいいい!! おた、おたすっお助けぇぇぇ!! お、同じ大日本帝国の臣民ではありませんか、あ、貴方様は……わ、私をっ」
あららら、アレだけ高圧的だったブラック工場長の霊がまるでコメツキバッタのように頭を下げて無様に命乞いを始めた。
「黙れ! 貴様のような腰抜け、帝国軍人どころか日本男児とも言えぬわ!! さあ、覚悟せよ。この霊刀天狼丸の露となり、煉獄に去るがよい!」
俺達が見ている前で、ブラック工場長が頭を下げていた相手は、旧日本軍の軍服のような姿でこの世のものとは思えない雰囲気の恐ろしい男だった。
「ひぃいいいっ、おたっお助け!! え、えええぃいい。どうせ助からないなら貴様もプレス機やクレーンの餌食になってしまえ!!」
オイオイ、外来語禁止と言っておきながら自分は問題無しのダブスタか?
だが、軍人の男はそんなプレス機やクレーンの攻撃を微動だにもせず待ち受けた。
「ぬぅうううん!!」
ズバッ!!
な、何と……軍人の男は、一歩も動かずに刀を一閃しただけで巨大なプレス機やクレーンを切り裂いてしまったのだ!!