中央ヨーロッパに位置する、とある首都。歴史的建造物と高層ビルが相容れ、あらゆる芸術と豊かな緑が生きる中に、忘れ得ぬ痛みの記憶が残る街だ。
そして、住まう人々も多様で、その内に事情を抱える人も少なくはない。
この過去と未来が交錯する街で今、異様な事態が起きていた。
「次は……。パリ広場の方だな」
デリバリーのアルバイト中のペトロは、スマホで次の配達依頼を確認すると、愛用の電動キックボードを蹴って目的地を目指した。
芳春の街を走り出すと、ヘルメットでは隠しきれないブロンドが風に靡く。肌は日差しを反射してより白く、擦れ違う人を振り向かせる。
その頃。パリ広場周辺では、ある騒ぎが起きようとしていた。
「うっ……。ぐ……。ううっ……」
「お、おい。大丈夫か?」
歩いていた男性が突然苦しみ出し、地面に蹲った。一緒にいた男性は友人が苦しむ姿に困惑しながら、クリニックに連絡しようとスマホを手にした。
その時だった。
「ゔぁあああっ!」
苦しみに足掻くように、血の気を引かせた男性は叫んだ。
するとその身体から、黒い霧のようなものが大量に吹き出し、人と変わらない大きさの異形を形作った。男性と鎖で繋がった
「あ……悪魔だっ!」
一緒にいた男性は友人に負けず劣らずの血の気を引かせて、腰を抜かした。
「悪魔だって!?」
「悪魔だ! 逃げろ!」
「悪魔」の一言を聞いた周囲にいた人々は反射的に逃げ出し、腰を抜かした男性も四つん這いになりながら悪魔に憑依された友人を見捨ててその場から離れた。
「グ@µゥ!」
獣のような言葉にならない声を発する悪魔は、逃げ惑う人々をターゲットにして悪行を成そうと襲い掛かろうとした。
そんな混乱の渦中に、三人の青年が丸腰で降り立った。
「
彼らを中心にして半透明のバリアが広がっていき、逃げ遅れていた一般人は展開とともに戦闘領域の外へと瞬間移動した。
「こんな感じで近くなら、毎回ダッシュしなくてすむんだけどな」
アルバイト先の飲食店のユニフォームのままで来たヤコブがぼやく。そんなヤコブに、悪魔を見据えたままヨハネは提案する。
「頼んでみるか? 僕たちがいる1km以内の範囲で出てくれって」
「話通じなそうだよなー。お前、通訳できない?」
「みんなができないならムリに決まってるだろ」
「それよりも、TPOじゃない?」
スーツ姿のユダは、締めていたネクタイを緩めて言う。
「わかるわー。だけどユダ。常々思ってるんだけど、お前のスーツも戦闘に合わなくね?」
「これは勘弁してよ、ヤコブくん。きみのユニフォームと同じようなものだと思って」
三人が悠長に
「⊅う§て、あのζ&……。じ∂の§い、⊅……」
その声は時に人の言葉を発した。
「無駄話はこのくらいにして、やろうか」
「そうですね」
「んじゃ、オレが行くわ」
「よろしく。ヤコブくん」
倒れて気を失っている男性の傍らに寄ったヤコブは、頭に手を乗せて目を瞑り、
「
男性の深層へと自身の意識を潜入させた。
そのあいだ、ユダとヨハネが悪魔の相手を引き受ける。
「
ユダは雨のように無数の光の粒を降らせ、
「
ヨハネは雲もない空から雷のような光を悪魔を目掛けて落とした。
「グ&%ッ!」
避けるが回避しきれず食らった悪魔は、反撃のために標識を根本からへし折り己の武器とした。
悪魔は標識を振り回し、ユダとヨハネに襲い掛かる。鋭利な刃となった根本を突き刺そうとするが、二人は軽々と回避する。
「原始的な戦闘をするやつだな!」
「ウ"#€ァッ!」ヨハネが避けると、コンクリートの地面にドリルを使ったように穴が開いた。ヨハネは停まっていたトラックの荷台の上に着地する。
「地面に穴開けないでよ。戦闘領域を解除したら、元通りだからいいんだけど」
悪魔はは目標を変更し今度はユダを狙うが、スーツでも軽い身のこなしで、メガネ越しに攻撃を見切って回避し、噴水前に着地した。
その後も、ユダとヨハネが優勢のままで悪魔を疲弊させる。
「これなら、ヤコブくんが戻って来るまで大人しくしててもらえばいいかな」
「そうですね。あとは、拘束しておきましょう」
ユダの判断で、ヨハネが悪魔に
何を考えたのか、悪魔は二人とは真反対の方向に向けて標識を槍のように投げた。
そっちには誰もいるはずがなかった。だが。なぜか一般人が一人だけ戦闘領域内に立ち入っていた。
「どうして……!?」
(領域内に一般人は入れないはずなのに!)
ユダはその一般人を巻き込むまいと瞬時に反応し、地面を蹴った。
「
そして自身の武器の大鎌を具現化させ、彼に直撃する寸前で標識を両断した。
自分が今どういう状況に置かれているのかを半分理解して半分混乱するペトロは、驚倒しそうなほどの出来事に言葉が出なかった。
「きみ! 大丈……ぶ……」
無事を確認しようと振り向いたユダは、ペトロの碧眼と視線がぶつかった。
「ユダ! 大丈夫ですか!?」
ヨハネは悪魔を拘束して一般人の安否を訊くが、ユダは何も答えなければ振り返りもしない。
戦闘中に何があっても集中力を欠かないユダだが、今日はちょっと変だった。まだ戦闘中だというのに、とんでもないことを言い出した。
「すみません! このあと、お時間ありますか?」
「……え?」
ペトロは思い切り怪訝な顔をした。命の恩人でまともそうな見た目だが、突然ナンパまがいの声掛けをされれば仕方がない。
その表情を見たユダは冷静に訂正する。
「あ。誤解しないでください。変な勧誘とかじゃなくて、ちょっと話をしたいんです」
初対面で怪訝な表情を向け疑念の眼差しを向けるのも失礼だと思いつつも、ペトロは唐突な声掛けに少しだけ警戒する。
「ダメですか? そんなに時間は取らせないので」
「いや。でも……」
「お願いします。私は、きみを探してたんです」
「えっ……」
「ユダ! 何してるんですか!」
戦闘をサボるユダを、ヨハネはちょっと怒り気味で呼んだ。
「今戻るよ! ……すぐに終わるので、あそこの角で待っててもらえませんか」
「……はい」
怪しい人物ではないことは承知していたペトロは、とりあえず返事をしてUターンした。
ペトロが領域外に出たのが確認されると、ちょうど
「大丈夫か、ヤコブ」
「問題ない。あとは頼む」
「
ヨハネも自身の武器の長槍を具現化させ、「はっ!」男性と悪魔を繋いでいた鎖を断ち切った。
「天よ。濁りし魂に導きの光を!」
そして、ユダが〈
「グ$&ア#ァ……!」
真っ二つになった悪魔は断末魔を上げ、塵と化して消え去った。
「おつかれ」
三人はハイタッチし、無事に終えたことを互いに称えた。
終了と同時に
「来てくれて助かったよ!」
「やっぱり頼りになるわ!」
「ありがとう。『使徒』のみなさん!」
悪魔を祓い一人の人間を救った彼ら『使徒』に一般人らは拍手し、感謝のハグをした。
戦闘が終わると、ユダたちは毎度こんな感じで「ヒーロー」のような扱いを受けている。いつの間にか恒例となったが、市民に受け入れられ信頼されている証だ。
すると、ハグを切り上げたユダは、斜め向かいのビルの方へ駆けて行く。
「ユダのやつ、どこ行くんだよ」
「さっき見つけたみたいなんだ。探してた人を」
「なるほど」
ペトロは、約束通りに待っていてくれた。
「待っててくれてありがとう。もしかしたら、帰っちゃったかと」
「引き止められたんで、一応」
「実は、ぜひ話したいことがあるんです。今、時間は大丈夫ですか?」
「いや。まだバイトの途中なんで」
「あ。そうなんですね」
(そういえば、デリバリーの格好……)
「でも。夕方には終わる予定だから、そのあとなら……」
「本当ですか? じゃあ終わったら、この住所に来てもらえますか」
ユダはジャケットの内ポケットから名刺を出して渡し、「それじゃあ、待ってますね」と仲間のもとへと戻って行った。
ペトロは受け取った名刺に目を落とす。
「