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第八話 side:H 湯布院と宿と

腕の中にスッポリと収まるゆうくんの重みが心地良い。

頬にあたる髪質も柔らかく、鼻を擽る匂いも悪くない。

総じて、抱き心地が最高なので離したくなくなる。

ゆうくんに対して箍が外れているのは間違いないのだが・・・僕はこんなに人肌を恋しがるタイプだっただろうか?自分でもなんとも不思議な気分だ。

ゆうくんを見ていると、暇があれば構いたくなってしまう・・・のは、昔からか。

あーちゃんは自分のタイミングで突進してきていたので、構いたくなるならないの問題じゃなかった。


「嗣にぃ、ちょっと・・・!」


腕の中でゆうくんがもぞもぞと動く。

自分は結構タフな方ではあるが、昨日に加えて今朝からの移動で多少疲れが出ているようで、宿に着いたあたりから少しばかり眠気がある。

室内を見回すと、隣の部屋にあるベッドが目に入る。


「ゆうくん、30分だけ仮眠していい?」


抱きしめながら問いかけると、


「え?あ、うん。それはいいけど。てか、離し・・・へぁっ?!」


了承の言葉が返ってきたーーので、僕はゆうくんを抱き直して立ち上がった。

軽っ。え、軽っ。

持ち上げたゆうくんは随分と軽かった。いや、確かに膝上に乗せた時からそこまで重みは感じなかった。あーちゃんは僕の膝に乗っては来ていたが、滞在時間が短いせいもあってあまり気にしたこともなかったのだーー活発に動き回る猫のようなあーちゃんからしてみれば僕はキャットタワーのようなものだったのかもしれないーー。

双子が細いのは見た目からもわかっていたし、昨日からゆうくんには触れているので分かってはいたけれども。

色が極端に細いわけでもないのは見て知っているけれど・・・うーん、あまり肉にも筋肉にもならない体質なのかもしれない。


「ゆうくん、体重いくつ?」

「は?!え、そんな測らないから・・・てか、なんで俺は抱き上げられてんの?!」

「え?ベッドで仮眠をとるため?ゆうくん、50キロないでしょ?」

「ええ、よくわからないけど、40半ばくらいだよ!てか、本当にさ!待てって!その仮眠って俺もすんの?!嘘だろ・・・うわっ」


40半ば?!それはかなり細すぎではないだろうか。うわぁ・・・僕よりも30キロは軽いってことか。僕は体型というより体調面を考えて、それなりに鍛えてはいる。勉強にしろ仕事にしろ身体は資本だ。

福利厚生の一環で社内にジムがあるのも大きい。嫌がる大濠くんを、治くんと二人で無理やり引き連れて週に2、3回トレーニングをしてるのだが・・・ゆうくんとも民間のジムに一度行ってみようかなぁ。

あ、まてよ。配偶者や家族は社内ジムを使えた気がするけど・・・ゆうくんを連れていくのはまずいだろうか?バレない気もするけど。

そんなことを考えながら、ゆうくんを抱いたままベッドに転がり、具合のいいようにゆうくんを再び抱き直した。


「嗣にぃってば・・・!!」

「少し疲れたから、ちょっとだけこのままで」


ね?と耳元で言うと、その言葉が魔法の呪文のように効いて、ゆうくんの動きが止まった。周囲は喧騒から離れた場所なので、実に静かで、ゆうくんの息遣いだけが聞こえる。人肌ってこんなに心地よかったのかな、と思っているうちにうとうととし始めて、僕は眠りに落ちていた。



「・・・にぃ、嗣にぃ。起きて・・・」


近くからの声で目を開ける。腕の中からゆうくんが覗き込んでいた。

可愛い表情に笑みが漏れてしまい、ちょうどいい場所にあった額に口付ける。


「ああ、もう・・・寝ぼけてるなよ・・・あさじゃないってば・・・」


ゆうくんが赤くなりながらぼやく。間違えてなんかいないのだけれどもなぁ・・・。

米国ではそうでもないが、欧州なんかじゃキスは普通に挨拶だ。


「おはよう、ゆうくん」


名前を呼んで、もう一度、額に口付ける。


「・・・っ。はぁ・・・おはよう・・・。そろそろ離してくれる・・・?俺、お手洗いに行きたいんだけど・・・」


溜息を吐きながら、ゆうくんが言う。生理現象は仕方ない。我慢させるのも宜しくないので、名残惜しかったが回した手を外すと、ゆうくんは起き上がった。

その姿越しに見えた外はすっかりと陽が落ちている。あちゃ・・・これは30分どころじゃないな。


「あー・・・僕、結構寝ちゃったね?ごめんね」

「いいよ、別に。俺も寝ちゃったし・・・昨日の今日だしさ」


言い残して、ゆうくんは洗面所に向かった。僕も一つ欠伸をして起き上がる。

僕の背中から上掛けが滑り落ちた。ゆうくんがかけてくれたのだろう。僕が抱きしめていたから動きづらかっただろうに。本当に良い子だ。

時計を見ると19時を回っている。そろそろ夕食に向かう時間だ。

食事は部屋食と別棟とで選べたが、あーちゃんの希望もあって別棟にしてあった。

戻ってきたゆうくんに食事のことを告げて、軽く身なりを整え、二人で外に出る。

三月後半ではあるが、山間の盆地は昼間に比べて気温がグッと落ちており、やや肌寒い。辺りは、ちょうど満月に近い月が、林を明るく照らしていた。

隣に歩くゆうくんが、僕のジャケットの袖口を掴んできた。


「少し、寒いね・・・」


そういえば空港で『外ではなるべく手を繋ぐ』と言っていたのを思い出す。

真面目な気質のゆうくんは、ちゃんと守る気らしい。

ゆうくんからの接触に、なんだか嬉しくなって、僕はその手を握り込む。

ゆうくんは少し驚いたようだったが、そのまま、手を緩く握り返してきた。


「街灯が少ないからかな。星が綺麗に見えるね。月も随分と綺麗だね」


月光を辿るように空を見上げながら言うと、ゆうくんが立ち止まる。手を繋いでいた僕も立ち止まり、ゆうくんを見る。どうしたのだろうか。


「ゆうくん?」

「・・・ん。月は、ずっと前から綺麗だよ・・・」


ざっと林の中に風が走り抜けると、ゆうくんがゆっくりと歩き出した。


「夕食、何?」


首を傾げて僕に聞いてくる。僕は「ええと・・・」と言を繋げる。

余談だが、何気なくした筈のこの時のやりとりの意味を、僕は後になってから知ることになる。それはもう少し、先の話だ。



夕食は問題なく、和気藹々と進んだ。

食事が出る前に、ゆうくんのお腹が盛大になって真っ赤になる姿が可愛かった。

この辺り、あーちゃんのほうが気にしなさそうだ。あの子は『ちょっと聞いた?!今の音!めっちゃウケる!あーお腹がすいた!肉も魚も!もってこぉい!』とガンガン追加していくだろう。容易に目に浮かぶ。こうして考えてみると、性別が逆転しているとしっくりきたのだろうか。まあ、男女の区別なんてナンセンスな問題なのかもしれないけれど。

しかし、まあ、双子ともよく食べる。18歳と言う年齢もあるのだろうけど。

食事のたび細い身体に、そこそこの量の食料が消えていくのが本当に面白い。

これであの体重か・・・人間の身体の神秘を感じる。

そんなこんなで食事を終わらせて部屋に戻ると、既に21時を過ぎていた。

食後は少しゆっくりしたので、そろそろお風呂に入るのも良いだろう。

先ほど確認したら、源泉掛け流しということもあり、湯が張られていた。

ゆうくんは、先ほどまで僕たちがうたた寝していたベッドに座り、スマホを確認している。


「ゆうくん、お風呂入ろうか?」

「うん?あ、嗣にぃお先にどうぞ。俺、ログインボーナスもらってから・・・」

「いやいや。一緒にだよ」

「は?」

「せっかくだから一緒に入ろうよ」


そう言うと、ゆうくんの手からスマホが滑り落ちた。

いや、男同士だしそんなに驚くところじゃないと思うのだけど。

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