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第六十二話 side:H 報告と来訪と

「お疲れ様・・・」


ベッドへと寝かせたゆうくんの頭を優しく撫でる。

既に自宅へと着く頃には眠ってしまっており、ここまでも抱いて連れてきた。着替えをさせた時もうつらうつらだったので、相当、疲労が溜まっていたのだろう。

車の中で色々と経緯を聞いた。

あのアロハは一発くらい殴っても良かったかもしれない・・・宮園さんには同情するが、ありがちな話だーーしかし宮園家の場合、純粋培養しすぎて失敗をしてないだろうか、あれーー。うちの母も、父という当たりを引いただけで、宮園さんと同じようになっていた可能性は否めない。まあ、嫡女と末娘という違いは大きいけれど。

僕が標的とされてたのには遺憾としか言えないが、こうして出来た奇妙な縁で、谷の家との繋がりが持てるならば、宮園も反対はしないだろう。

僕とは全く関わりない部分ではあるが、ゆうくんが齎したもので幸せな人間が増えるのならば凄く良いことだ。

しかし、だ。脅迫の内容が僕との仲を暴露、とは・・・ゆうくんが目覚めたら、気にすることないとちゃんと話しておかねばならない。ゆうくんと一緒にいると、どうも浮かれた僕は全てが後手後手になっている。

今回だって、予め僕がゆうくんのことを隠す気がないという事実を話しておけば良かっただけだ。女装までして僕の体裁を取り繕う努力をしてくれた子だというのに・・・全く、僕ときたら。そろそろ身を引き締めねば、ゆうくんを幸せにするという約束を守れない。


「・・・・・・ごめんね」


小さく謝りながら、眠っているゆうくんの唇にキスを落とす。触れるだけのものを何回かするうちに、ゆうくんが瞼を少し開ける。


「・・・つぐにぃ・・・」


僕の姿を確かめると、名を呼びつつ両手が伸びてきて僕の首に巻き付いた。そして自分からもキスをしてきて、へにゃりと笑った後、また眠りに落ちる。巻き付いた手も力が抜けて、ベッドの上に落ちた。

お、あああああああああああああああああ!!!可愛い・・・!!

天使すぎる・・・!!今すぐ!!色々としたい・・・!!

が、起こすわけにもいかないので、心の中で叫びつつゆうくんの隣で悶絶する。

ああ、もう、理性を試されてる気がしてならない。何せ、ゆうくん相手だと僕は一瞬で臨戦態勢だ。

その夜は気持ちを落ち着けるために、水シャワーを浴びることにより、見事煩悩に打ち勝った。

なんとか、だが。ああ・・・我ながら、アホだ。



「え、嗣にぃも一緒に?仕事は?」


今日は谷家に行くというゆうくんに、僕も同行を申し出ると、驚いた顔で僕を見る。甘めのカフェオレを渡しつつ、僕は頷いた。


「今は忙しい時期でもないからね。有給を取ったんだよ。駄目かな?ちょっと流石にね・・・昨日の今日だし、僕も心配というかね。それに若干疲れたからちょうど良かったし・・・ご両親に報告する際に何か力になれるかもしれないよ?」

「あー。まあ、誘拐されたしね。いや、ごっこだけどね!いや、別に一緒でもいいと思うよ。一応、あさに言うね」


答えると同時に、ゆうくんが手元にあるスマホを操作する。ほどなくして返事が来たようで「大丈夫だって」と僕へと報告してくれた。

ゆうくんに話した内容も事実だが、あーちゃんの僕への評価は最低になっていたので、どうにか挽回したいところで、なるべく接触は増やしておきたい。

ゆうくんからの評価は数に入れてくれないだろうから、出来ることとすれば第一にゆうくんを大事にすることと、谷の内部からは谷くんへの評価を上げることだろうか?ということは、大濠くんの好感度を上げれば・・・?最近は前より仲が良いように思うので、少しは楽かもしれない。尤も、谷くんの大濠くんへの評価はいまいち謎ではあるけれども。


「あーでも、報告はやだなぁ・・・まあ、母さんなら大丈夫とは思うけど・・・。父さんはなぁ・・・なんか、いまいち読めないんだよね」


カフェオレを啜りつつ、ゆうくんがため息を吐いた。


「いやぁ・・・笹之介さんは怖い人だよ。でも昼乃さんから言うんだよね?」


僕が問いかけると、ゆうくんが頷く。


「うん、母さんから報告する予定。母さんはのんびりしてるしね。じゃないと、首がかっ飛ぶは言い過ぎにしても、やっぱり怒ると思うし」


はっはっは。ゆうくん、甘いなぁ。実際にかっ飛ぶと思うよ・・・僕は・・・。

昼乃さんは何事にも独自の判断基準を持っていて、且つ鷹揚。今回もゆうくんが言う通り、昼乃さんから言うことがベストな選択肢だ。

何せ、笹之介さんもうちの母をも黙らせられるのは唯一、昼乃さんであって、この2人は昼乃さんが白といえばそれが実際は赤だろうが黒だろうが金色だろうが、

「うん、運命が言うならそれは白だ」

「ええ、白だわ間違いない」

と言う。なので昼乃さんさえ味方につければ、あの2人はどうにかなる。

数は少ないが僕も昼乃さんに協力を仰いだことがある。

昨日ほどではないが、多少は今日も荒れるかな?と思いつつ、僕もコーヒーを啜った。



ゆうくんを隣に乗せて、谷家へと向かう。途中で谷の家と、あーちゃんに評判の菓子店で手土産を購入した。あーちゃんの好みを把握しているゆうくんに選んでもらったので、喜んでもらえると何よりだ。

谷の家の前に着くと、なんとそこにはYシャツにネクタイ姿の大濠くんが立っていた。僕はスーツだし、お互いにいつもと変わり映えがない姿だ。


「大濠くんも有給?」

「まあな。俺とお前で休みだと、光川から明日は文句を言われそうだが・・・まあ、たまにはいいだろ。車を預かる。通用門を開けているから、先に入っててくれ。すぐに追いつく」


言われるままにゆうくんと一緒に車を降りて、門の中へと入る。


「うわ、すご・・・」


ゆうくんが見事な和風の前庭を見て、声を上げた。以前に訪れたときは、お互いに夜だったのでここまで目にすることが出来なかった。

矢張り中は広く、本家と思われる母屋は先に見えるばかりだ。


「うちとは全然違うよね。うちは洋風だし」

「まあ・・・嗣にぃの家も凄いけどね。一般の家には薔薇の鉢植えはあっても、薔薇庭園はないと思うよ」

「あれは昼乃さんが・・・」

「やべぇ、母さんが発端だった。麗華さんって・・・」


ゆうくんと話していると、大濠くんがこちらへとやってくるのが見えた。

ありがとう、と告げると首を軽く横に振る。


「こっちが母屋だ」


僕達を通り過ぎて、先導するように歩く大濠くんへと続く。

石畳の上を歩いていくと、はっきりと姿を表し出した和風の家屋ーーこれはもう『屋敷』と表する方が正しいかもしれないーーを指差した。


「あれが谷の本家だ」

「おおお・・・」


ゆうくんがまた声を上げた。一般的な個人宅としてはなかなか見ることがない規模の日本家屋なので、珍しくもあるだろう。これを母に話したら、うちの敷地内にどでかい日本家屋が建てられそうだが。

母屋の玄関には、藍白色の和服を纏った谷くんが立っていた。すらっとした容貌によく似合っており、僕の隣にいるゆうくんの目が輝いた。・・・君ねぇ・・・。


「三成、ご苦労さま」


谷くんがそう言うと、大濠くんは軽く頭を下げて谷くんの後ろに立つ。うん・・・この2人、恋人同士なんだよね?と疑いそうになるな。どう見ても若様と従者だ。


「姫先輩、すごいっ。え、綺麗ですね・・・!」


ゆうくんが谷くんへと駆け寄って手放しで褒めると、谷くんがふふ、と微笑んでゆうくんの頭を撫でた。いや、本当にな・・・絶対に狙ってたよね、谷くんね。大濠くんはこういうのは平気なのか?と思いそちらに目を遣ると、得意げな表情だ。

こりゃ駄目だ・・・。僕は一つ息を吐き出してから、谷くんへと軽く頭を下げた。


「谷くん、今日は急にお邪魔をしてしまい、申し訳ないです」


谷くんは、いえいえ、と答えてから玄関の引き戸を開けた。


「どうぞ。お姉さんは応接室にいるよ。案内を・・・」


と谷くんがいったところで、あーちゃんが飛び出してきた。


「ゆーーうーー!待ってたよぉ!」


ゆうくんへと飛びつき、ゆうくんがそれを受け止めた。

走るなよ、とゆうくんが苦笑しつつ嗜めた。

谷くんはその様に、深くため息を吐く。まあ、うん。気持ち分かるよ・・・。

双子を連れつつ、応接室へと向かう。

虎太郎くんの姿が見えないので聞けば、勉強中とのことだった。

「あいつは子作りより先に勉強なんですよ・・・単位危ないし」と姫鷹くんがぶつくさ漏らした。それには同意する他ない。

応接室は洋風の作りで、広めの部屋にはゆうに十数人は座れそうなソファが配置されていた。あーちゃんがその一角にゆうくんを連れて傾れ込んだ。


「君、本当に・・・!俺の心臓が持たないから、大人しくしてくれ・・・!」


今度こそ谷くんが泣きそうな悲鳴を上げたが、あーちゃんが気にした様子はなく、


「姫はこまかいよー大丈夫大丈夫」

「いやさぁ、あさは妊婦なんだからさ・・・暴れちゃ駄目だろ?」

「みーんな二言目にはそれ言う!ちゃんとしてるっての」


口を尖らせてあーちゃんは拗ねる。

いやぁ、昨日僕に走って飛び蹴りして、ホテルのドア蹴り開けたよね・・・僕は苦笑を漏らし、谷くんはこめかみを抑えた。


「しかし、まだ親御さんに伝えてなかったとはね。ちゃんと顔をださなくていいのかな?」

「まずは電話で大丈夫。うち、割とすぐにわーーーってなっちゃうからね。てか電話したら大変だよ?午後にはなんか届くか誰か来るかも・・・」


あーちゃんが、ちら、と僕を見た。

谷くんと大濠くんは訳がわからないという顔だが、あーちゃんが言っているのは、僕の母のことだ。

昼乃さんに伝えたら、次に笹之介さん、そしてうちの母へと伝わる。おそらく秒で。すると、そりゃもう・・・うちの母が来る。恐らくは昼乃さんを連れて。

母はあーちゃんの居場所を掴んでいるようだったから、ここにいるのはわかっていただろうが、妊娠までは掴んでいないだろう。

あーちゃんが妊娠したとなれば『私と昼乃の孫が!!』と騒ぐのは想像に易い。

一滴も桐月の血は入っていなくとも、だ。・・・我が母ながらちょっとな。

恐らく、双子と僕は頭の中でその想像がすぐに浮かんだだろう。

それぞれがソファへと座りーー僕はゆうくんの横になんとか陣取って、手土産も渡した。大濠くんは座る谷くんの後ろに控えていたが、座れ、と半ば命令されて谷くんの隣に座っているーー、出された冷茶を頂いて一息つくと、あーちゃんがスマホを取り出した。


「じゃーん。では電話しまーす!」


いきなりなんだね・・・もう本当に、台風だ。

端末を操作すると、あーちゃんは自分とゆうくんの座っている前にスマホを置く。どうやらビデオ通話にしているらしい。


「あー、もしもしママ?元気?うん元気元気きーてきーて。偶然ゆうに会っちゃったー」


話し始めたあーちゃんの隣で、ゆうくんも控えめに映りながら、ピースをしているーー可愛いーー。全員が固唾を飲んで見守る。


「あの、本当にいろいろ偶然が重なって・・・あさと再会できたんだ。よかったよ、うん元気。あんまり帰らなくてごめんね」


ああ、そういえば、ゆうくんは夏休みになっても帰省をしていない。しまった・・・でも、それくらい僕と一緒にいたいと思ってくれているのかと考えれば、にやけてしまう。


「それでね、あのさあ、おめでたいお知らせがあるんだけど」


うわ・・・直球だね、あーちゃん。谷くん達をチラリと見ると、ハラハラとした表情だ。


「なんと、妊娠しました!今3ヶ月でーす!」

「・・・でーす」


流石にどう反応していいかわからないゆうくんが、控えめに繋げた。

すると画面の向こうから、手を叩く音が聞こえる。


『えー!すごーい!ママ、孫が出来ちゃったー!』


のんびりとした、昼乃さん特有の声がする。穏便に受け止めてもらえたようだ。ここにいる、あーちゃん以外が、全員安堵の息を吐いた。


「じゃあ近いうちこた連れていくからね。ばいばーい」

「また連絡するね」


すんなりと、報告は終わる。幸いにもその場には昼乃さんしかいなかったようだ。僕の出番もなく、ゆうくんはほっとしている。手を伸ばし背をなでると、僕に向かってはにかんだ。あああああああああああああ、今すぐ抱きしめたい。


「あああ・・・緊張した。母さんが相変わらず母さんで、流石にマジかよ、って思った・・・父さんが近くに居なくて良かった・・・」

「あっはっは、パパがいたら大変だよねー。まあ、ママがなんとかしてくれるよ」


あーちゃんがゆうくんの肩をバシバシと叩く。

父親について一つも聞かないのは、子供の審美眼を絶対的に信じてるのかもしれないが・・・。いや本当に、昼乃さんは凄い。谷くんも、一般的にはそんな感じでいいのかと・・・呆気にとられている。

いやいや。違うよ・・・一般の家が皆が皆こうじゃないからね。春見家を一般の代表で考えちゃ駄目だよ、と思っていると、報告から5分もしないうちにドタドタと走る音が近付き、バンっと応接室のドアが開けられた。


「あー子!お前さんまだ妊娠のことを、伝えてなかったんだな?!今笹ちゃんから電話があったぞ・・・?!えっらく恐ろしかった・・・!」


青い顔をした浅葱色の和服を纏った男性が飛び込んできた。谷くんとも鷹我さんともよく似た目をした人物で、


「兄さん、お客様の前だよ。挨拶くらいしてくれるかな・・・」

「おお、すまんすまん。お。なんか面白い面々じゃないか?」


谷くんから嗜められて、肩を竦めて見せる。谷くんが兄さんと呼んだその人こそ、この屋敷の主人で谷家の長男であり当主であるーー谷虎道だ。僕よりやや低めの身長ではあるが、その容姿は随分と若く見えることで有名で、年齢不詳と専らの噂だ。僕は立ち上がり、頭を下げた。大濠くんも立ち上がって深々と頭を下げている。


「お邪魔しています、桐月です。春見家とは幼い頃から付き合いがあったもので・・・本日はあささんの弟さんであるゆうさんに同行させて頂きました。ご無沙汰しています」


そう挨拶すると、


「丁寧にすまんなぁ。桐月のとは提携記念のパーティー以来か?ああ、君があー子の弟か!!似てるなあ!!そうやっていると、一対の人形みたいじゃないか!ええ、いいなぁ・・・君、どうだ?あー子と一緒にここに住んでは?」


大らかに笑いつつも、とんでもない提案を出してきた。

「いいと思う!」とあーちゃんが続け「俺も賛成だ」と谷くんが更に続けた。

本当にね、君らね・・・!ああ、もう、ゆうくんがモテすぎる・・・!僕が、虎道さん、と声をかけようとした時、ゆうくんも立ち上がって、頭を下げた。


「あさの弟の、春見ゆうです。あさがお世話になってます。あの、ええと・・・お誘いは嬉しいのですが、俺、桐月久嗣さんと一緒に暮らしてて。だからここには住めないですけど・・・遊びに来てもいいですか?」


遠慮がちに、それでも笑みを浮かべてゆうくんが告げると、虎道さんは一瞬目を瞬かせたが、次の瞬間ににこやかに笑った。


「ああ、かまわんかまわん!いつでも来るといい!!素直な子は大歓迎だ。桐月のも一緒に来るといい。何せ昨日、急に三番目の弟が結婚するとか言い出してなぁ・・・家が寂しくなるなと思っていたんだ。騒がしくしてくれ!」


あーちゃんの頭を柔らかく撫でながら、からからと笑い声を響かせる。

ああ・・・ゆうくん、僕より頼りになって困ってしまう。僕の出番がないじゃないか。僕のお嫁さんは、日に日に頼り甲斐がある人間に育っているようで、嬉しさ半分焦り半分だ。

しかし、結婚するのは鷹我さんか・・・驚いたな、お見合いどころか結婚まで話が進んでいる。・・・何はともあれ、おめでたいことだ。

その後、虎道さんのお誘いで昼食をご馳走になることになった。大濠くんは虎道さんが現れてからずっと緊張しているようでーー当主ということは大濠家にとって主君であるしね・・・ーー、とうとう虎道さんから、


「おいおい、三成はもう家臣じゃないだろう?姫鷹の伴侶になったのだから谷の一員だ。それとも何か、うちの姫鷹とは遊びなのか?」


と揶揄られ、滅相もない!!と青い顔して立ち上がり頭を下げた。その隣で、谷くんが溜息を吐いている。矢張りどう見ても、大濠くんの方がベタ惚れに見えるんだよね、この2人。思わず僕が小さく笑うと、大濠くんから睨まれた。

そんな風に、皆で昼食をとって歓談していると、いかにも執事という感じの人物が虎道さんの側に来て耳打ちをした。

虎道さんは僕を見て、


「おい、また客人がプレゼント抱えて来たらしいぞ。桐月のご当主だ」


全員が僕を見た。・・・もう来たよ。僕が言えた義理じゃないが仕事してくれ。

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