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第63話 逆鱗

 月明かりだけが照らし出す赤錆びた荒野の中を、漆黒の立方体と見紛うほどに頑健な体格をした機体が飛翔する。


 見た目の鈍重さとは裏腹に、慣性の法則を無視したかのような滅茶苦茶な機動で飛び回るそれは、執拗にドラグリヲを追尾しては攻撃を繰り返し続けていた。


 もっとも、そこにジェスターが絶えず剥き出しにしていたような必死さは無く、あるのはただ敵を舐め腐ったような根拠のない余裕と、気に食わない相手を徹底して甚振り倒したいという幼稚な欲望だけ。


「全く何なんだよあのクソ女、こんな腑抜けカマ野郎を庇ってどうするんだよ。 だから非処女は駄目なんだ。 偉大なる転生者たる俺を差し置いて、誰彼構わず股を拡げるクソビッチだったからな」

「……ッッ!!!!!」


 ジェスターをゴミのように殺された現実を受け入れられず、コックピット内でただ唖然としていた雪兎の耳に社員通信ネットワークを介して飛んできたのは、大の大人が吐くものとはとても思えない暴言。


 それは、虚脱状態になっていた雪兎の心を瞬時に憤怒の炎で焼き尽くし、一匹の修羅として再起させた。


 それに伴ってカルマがサブモニターに投影させたのは“パイロット:伏野英雄/搭乗機:メガリス”と示される全く見覚えのない社員データ。


 その持ち主に対し、雪兎は可能な限り無感情に振る舞いながら問う。


「テメェ、自分がどれだけ酷いことを言っているのか分かっているのか?」

「はぁ? どこが酷いんだよ、俺はただこの世の理を述べてやっているだけだ。 悔しければ俺のように転生させて貰えば良いだけの話だろ? まぁ、下等連中には無理な話だろうけどな」

「……転生だと? ふざけるなよ! 人間死んだらそこで終わりなんだ! どれだけ生きたいと願っても、死んだ人にまた会いたいと焦がれても、人が蘇ることなんてない! 二度とないんだぞ!!!」

「そりゃお前等下等が生まれからして罪深く醜悪な生命体なのが悪いんだろ? 自分らの原罪を無視して逆恨みとは片腹痛えぞコラァッ!!!」


 幼い頃から現在に至るまで、目の前で死んでいった大勢の人々の顔が脳裏を過ったのか、怒りのあまりに噛み締めた牙の間から鮮血を零す雪兎に対し、返ってきたのは痛烈な打突と歪んだ戯れ言。


 それは雪兎の心の箍を易々と叩き壊し、今まで鰐淵翁にしか見せたことなかった峻烈な憎悪を呼び起こすに至るが、伏野の根拠不明な謎の余裕は一切崩れない。


「お前の小さな脳味噌で分からんだろうから優しい俺が直々に説明してやろう。 この世界は転生を遂げた俺が気持ちよ~くなる為に造られた世界なんだよ。 つまり選ばれし俺が何をしようが自由なんだ! 俺は何をしたって許される! 何をしたって褒められる! 女は一人残らず俺の高貴な遺伝子を受け入れ、野郎は一匹残らず俺の踏み台になった挙げ句ゴミのように死ぬのさ!!!」

「……正気か? 正気で言ってるのかテメェエエエ!!!」

「はいはいイヤボーンイヤボーンワンパターンなんだよ。 たかだか小汚いクソビッチが一匹死んだくらいで切れやがって。 いい加減鬱陶しいから死んでいいよお前」


 憎悪と殺意が目一杯に込められた雪兎の咆哮を聞くも、伏野の世の中の全てを舐め切ったふざけた態度は一切代わらず、返答代わりとしてメガリスの胸部に隠されていた正体不明の兵器が顔を出す。


 刹那、恒星が生涯通じて放つ熱量以上の凄まじいエネルギーを秘めた光が膨大な毒素を伴って放射された。


 現行文明が生み出せる兵器を超越した威力の光線がたちまちドラグリヲを呑み込み、余波で粒子化した大地の残骸がメガリスの周囲を深々と覆い、漂う。


「はい俺が転生した時に貰った即死チート+スーパーロボットの必殺兵器で馬鹿が一撃瞬殺~。 どいつもこいつもクソ雑魚すぎて草生えるはwww」


 今までむかつく連中をそうしてきたように、伏野はコックピットの中で小躍りしながら自分の眼前に立ち塞がった無謀な馬鹿を嘲笑う。 これで今度こそ地球のすべてが自身の所有物に成り果てたと。


 だが、その戯れ言を掻き消すように砂塵の奥から響いたドラグリヲの高らかな咆哮が、伏野の下品な笑い声を無理矢理に止めさせた。


「己の手足のように動く軍勢、永遠の静寂を邪魔させない為の劇毒、ただ誰よりも強く大きくなるための侵蝕。 その他諸々全てが、蠱毒に巻き込まれた皆それぞれの渇望によって生まれた……」

「あぁ!?」


 間違いなく、完全に、跡形残らず殺したはずの雪兎の声が、伏野を収めた頑健なコックピット内に木魂する。


 最も、相手を頭から舐め腐っている伏野にはその事実が何を示しているのかもさっぱり分からず、気味の悪い薄ら笑いを無意識のうちに浮かべるばかりだった。


 それに対し、雪兎は伏野の矮小な考えなど一切考慮せず、静かに厳かに言葉を紡ぎ続ける。


 胸を引き裂くような悲しみを、理不尽への激烈な怒りに変えて。


「礼を言わせて貰うよ。 心の底まで腐りきったテメェのおかげでようやく、僕が授かった力の本質を理解出来た」


 黄金の瞳を爛々と輝かせ、全身に凄まじい熱量を滾らせたドラグリヲが、地を覆い尽くした砂塵を吹き飛ばし、晴れ渡った大気の下を静かに歩いてくる。


 雪兎自身から放たれた膨大なエネルギーが機体内に収められなくなった結果、機体の脆い部分を貫いて滅却の光を吹き出すも、雪兎は一切頓着しない。


「僕が獣の血と共に本当に授かったのは怪力と生命力ではなく、理不尽をさらなる圧倒的な理不尽で叩き潰す力。 テメェのようなゴミ屑から力無き者を護る為に与えられた、何よりも弱く、何よりも強い力……!」

「さっきから意味不明なこと言ってるんじゃねぇ! 鬱陶しいからさっさと死ねや! クソキモホモオナホ野郎が!!!」


 今度こそは殺してやるという伏野の意志のままに、メガリスは中性子星に匹敵する質量と光速に匹敵する推力を乗せた一撃を、二回り以上小さなドラグリヲの頭に容赦なく叩き込んだ。


 直撃の瞬間、大地が鳴動し、天に揺蕩っていた雲が四散し、爆発的なエネルギーがドラグリヲの全身を激しく揺るがしながら通過する。


 だが、当のドラグリヲはメガリスを低い体勢から睨み上げたまま一切姿勢を崩さない。


 先ほどまで景気よく殴り飛ばされていたのが、茶番であったかのように。


「はっ……はぇ!?」


 この時点になって、ようやく伏野は自らが置かれた立場を理解したのか、情けない奇声を上げて咄嗟にメガリスをドラグリヲから引き離そうとするも、右手を瞬時に掴まれ、右腕を根っこから一気に引っこ抜かれた。


 易々と右腕を奪われた伏野の動揺を現すようにメガリスが姿勢を揺らがせると、その隙をついてドラグリヲは引っこ抜いたメガリスの右腕を全力で上段から振り下ろし、今度はメガリスの左腕を木っ端みじんに叩き壊す。


「馬鹿な!? 嘘だ! 新しく神様から貰った宇宙最強ロボが簡単にダルマに!?」

『神ですか……、どうやら例の砂野郎は随分悪趣味な手を打ったようですね』

「サンドマンの手引きがなんだろうと今さら関係ない。 この屑がこんな立場に置かれたのは、十中八九この屑自身の責任だからだ」


 まるで紙細工をばらすかのように軽々とメガリスの装甲を引き剥がしては、隠されていた内蔵武装を一つまた一つと叩き潰していく。


 その最中にもメガリスが悪あがきに放った莫大なエネルギーの暴風に襲われるも、ドラグリヲは一切小揺るぎもしない。 雪兎が抱いた激烈な怒りを体現するかのように。


「僕はお前が一体どんな生き方をしてきたか何て今さら知りたくもない。 だけど、ただ気に食わなかったなんて理不尽の極みみたいな理由で、大勢の人達がゴミのように殺された事実を許容していいはずがない!」


 荒ぶる雪兎の感情に呼応してドラグリヲの全身から溢れ出るのは、冬の太陽のように眩しいだけの寒々しい光。


 それは地表を真昼のように照らし出すと、メガリスを旧都のある方角から明後日の方角へと吹っ飛ばした。


「お前だけは許さない。 下らない自己顕示欲のままに奪い、犯し、殺し尽くしてきたお前を僕は決して許さない!!!」


 カルマの手心により開放されたアルフレドの力の痕跡によって、伏野の記憶と人間性を垣間見た雪兎。


 それは、ジェスターを殺されて怒り狂う雪兎の心へさらなる燃料を焼べる結果となる。


 その怒りに応えるかのように、ドラグリヲは天高く左腕を伸ばすと、ゆっくりと手を握り込んで固く拳を作る。


 こいつだけはこの手で必ず報いを受けさせてやると、伏野の手によってゴミのように散らかされた全ての命に誓うが如く。


『フォース・メンブレン、アイトゥング・アイゼン共に起動再開。 それに伴い、サルベイションプロトコルを再承認します』

「これは全てテメェ自身が招いた結果だ。 だったら、全てテメェの自身の命できっちり清算してみせろ!!!」


 ドラグリヲを中心に轟々と渦を巻き始めた灼熱と零下の嵐の中、雪兎は再び進化を遂げたドラグリヲの全身のスラスターと機動ウィングのリミッターを解除すると、猛然と愛機を走らせ始める。


 目標はただ一つ、この期に及んで自身が神と呼ぶ何やらによる介入によって逆転を夢見る屑の撃滅。


 それを実現させる為に、ドラグリヲは全身全霊の力を込めて拳をメガリスのコックピットに叩き込むが、悪あがきとばかりに展開された首領の結界に酷似した力場が、ドラグリヲの拳を何とか押し留めた。


「ひ……ひひっ! 無駄だ! 俺には概念攻撃も即死攻撃も無効化するチートパワーがある! お前の攻撃なんかで俺に危害が及ぶはずがない! だからお前の願いは決して叶わない! 下等連中の仇など取れはしないんだよ!!!」


 自らを励ますためか、それとも自分に与えられた力とやらを盲目的に信じているのか、伏野は狂乱に身を委ねて笑い続ける。


 だが、それでも雪兎は止まらなかった。 否、止まるつもりなどハナから無かった。


「そんな子供すら騙せない訳の分からない道理が、僕相手に罷り通ると思うなあああああ!!!」


 か弱い道理の全てを受け入れ、幼稚な理不尽を尽く叩き潰す、何よりも弱く何よりも強い因業の力。


 それはドラグリヲの鉄拳に比類無き重みを与え、伏野の背にのし掛かった罪に引き寄せられるように、ドラグリヲの推力を指数関数的な勢いで増大させていく。


 この世を支配するあらゆる力学的法則をねじ伏せて。


『これが……、首領が私をユーザーに仕えさせた理由……』


 既存の科学を根底から覆す超常の力が眼前で振るわれているのを見て、カルマは思わず故人の名を呼ぶ。


 全てはこの日の為、雪兎が蠱毒を通じて己に託された力を自覚する日の為だったのだと。


 やがて、その力は雪兎の願いを結実させる。


 いたずらに掻き消された多くの命が願ったように、因果が正しく巡ることを。


「報いを、受けろおおおお!!!」


 雪兎が幼い頃から願い続けた渇望から発現した力の元に、ドラグリヲは絶対的なはずだった護りを撃ち抜くと、そのままメガリスのコックピットを問答無用に叩き潰した。


因果応報、自業自得、悪因悪果。


それらの言葉を、文字通り体現して。


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