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第65話 強襲

 光あるところに闇はある。


 遙か昔から使い倒され古ぼけてしまった言葉であるが、残念なことに一度世界が滅びてもその言葉が過去の遺物になる事は無かった。


 人類の絶対的守護者である首領という強すぎる光の影で姑息に生き延びてきたのは、首領の目の届かぬところでその名声を笠に肥え太ってきた寄生虫の群れ。


 それらは首領の死去を知るや否や身勝手極まりない理由で権力闘争を再開し、あらぬ騒乱を列島に広めようと全力で画策していた。


 全てはI.H.S.が100年以上かけて築き上げてきた武力、政治力、そして経済力の全てを掠め取り、自分達の悦楽が永遠に続く絶対王朝を建設する為に。


 そしてその夢は伏野が雪兎を始末し、その代用として成り代わることで現実のものとなるはずであり、簒奪者達はいつものように禁じられた遊戯にうつつを抜かし続けていた。


 太陽が顕現したと誤認する程に強烈な光を帯びたドラグリヲが、地平の果てから飛来するまでは。


 ご丁寧にメガリスの光学偽装を機体に施し、まんまと目標のシェルター上空へ到達した鋼の龍。


 それは喉奥から滅却の光を放射し、簒奪者共が潜んでいた巨大シェルターを覆っていた不可侵の力場を根刮ぎ消滅させると、そのご立派な姿を地上へと晒し上げた。


「ひっ!? 何だ? 一体何が起こっているんだ!?」

「総員持ち場につけ! 奴が来た! 首狩り兎がここを嗅ぎつけたぞ!!!」


 不滅の隠れ家が襲われたことで浮き足だった簒奪者連中が怯えきって右往左往する最中、簒奪者連中が子飼いにしていた私兵共が慌ててシェルター上層へと動き出すが、ぬるい環境で非戦闘員をいじめることしかしてこなかった半グレくずれのアマチュアが本当の死線で役に立つはずも無く、武器を後生大事に抱えたまま現場で凍り付く始末。


 そうするうちにも、地上に配備されていた防衛部隊が排除された余波によって施設の上部が消滅し、シェルター内から空がはっきり窺えるほど大きな穴が開く。


 ねじ折られた分厚い金属やコンクリートの構造体がシェルター内に降り注ぎ、我先にと逃げ惑うアマチュア共だが、突如足下に首から上が無くなった死体が投げ入れられると、集団を支配していた混乱はたちまち狂乱へ変質し、外道共の正気を完全に破綻させた。


「うわああああ!」

「誰だ!? 誰がこんなものを!?」

「見ろ! あそこに何かいるぞ!!!」


 味方同士で醜く押し合い圧し合い、自分以外の誰かに貧乏くじを引かせようと足を引っ張り合う中、唯一異変に気付いた目ざとい男が上ずった声で叫びながら、破れた天井を指し示す。


 壊れた兵器から漏れ出たオイルを呑み込み、ハチハチと音を立てながら明々と燃え上がる炎の傍ら。


 そこには、脊髄が付いた生首を握り締めた雪兎が、禍々しい雰囲気を醸しながら佇んでいた。


 兎の意匠を施されたメットを被っている為に表情は一切窺えないが、パワードスーツの元の色が分からなくなる程にこびり付いた返り血が、雪兎を突き動かす憤怒の感情を露わとする。


「奴が……首狩り兎……」

「日和ってるんじゃねえ! 奴も生き物なら必ず殺せるはずだ! 撃て撃て!」


 いくら強かろうが所詮は生身。 問答無用に撃ち続ければきっと勝てるだろうと、捨て石の皆様は自分に都合の良い希望的観測に縋って貴重な弾薬を無闇に浪費し始める。


 もっとも、そんな稚拙な願いが神という無責任な傍観者に届くはずも無く、雪兎が苦も無く音も無くシェルター内に足を踏み入れた刹那、今まで貯めに貯め込んだ業の清算だとばかりに一方的な殺戮が始まった。


 片手には首領から託された刀が変異した大鉈を、もう片手にはドラグリヲのコックピットに備えられていた対獣機関銃を携え、怒りに狂った雪兎の咆哮が轟く都度に、噴水の如く迸った鮮血が一面を染める。


 四方からの銃撃があろうが、タッパだけは立派な馬鹿が立ち塞がろうが関係なく、先ほどまで意志を宿していた血と肉と骨の欠片が、雪兎が侵入した区画内を隙間無く敷き詰めていく。


 首領お気に入りの情夫の一人であり、殺人嗜好の異常性愛者であるという一切の根拠が無い蔑称。


“首狩り兎”の呼び名そのままに、雪兎は外道共の首を問答無用に刎ね続けながら、シェルターの奥へ奥へと突き進む。


 酸鼻極まった殺戮の嵐が荒れ狂い、一つまた一つと区画が落とされる都度に、職務放棄して逃げ出した私兵達が合流を繰り返しながら一斉に出口を目指して走り出す。


 だが、先頭集団が喜び勇んで表へ繋がる退避エリアに足を踏み入れた瞬間、その先で待機していた精鋭の傭兵達によって余さず蜂の巣にされ、見せしめとばかりに絶命していった。


「はっ……、あんたらどうして……」

「格好だけは立派なアマチュア共が、自分の仕事も真っ当に出来ないんならさっさと死んでろ。 俺等のビジネスの邪魔をするな」


 思わず口答えをしようとした身の程知らずの馬鹿を、望み通り退避エリアの外へ蹴り落としてやりながら、闇に溶け込むように潜んでいた傭兵達は別の場所で待機していた味方へ連絡を送ると、それらと雪兎を挟み込むように進撃を始める。


 簒奪者達の無闇矢鱈な投資が何もかも無駄であった訳では無い。


 シェルター内でも、特に重要施設が集中する区画に新たに配備されていた部隊がそれに当たった。


 I.H.S.がコンプライアンスの問題で決して受けない汚れ仕事を受け続け、暗がりの中で成長を遂げた者達。


 彼らは弾除けにすらならないアマチュア連中を手慰みに粛正しながら、複数の簡易的な陣を張り巡らせて、雪兎を待ち受ける。


 資本という唯一神の名の下に、ただ課せられた任務を忠実に果たすべく。


「……ッ!」


 だが、対する雪兎も相手陣営の慎重な動きや押し殺された気配から、今までのように簡単に突き進めなくなったことを悟り、ルートを大きく変更する。


 対獣大型タレットや自走重装セントリーガンがセンサーを煌めかせながら犇めく魔境を避け、人間一人通るのがやっとな閉所を一瞬で掻い潜って地形的有利を取ると、そのまま陣地の真上から、注意深く巡回していた傭兵達を強襲した。


「同業者か、わざわざ外道相手にビジネスせずとも良い生活が出来ただろうに」

「接敵! 総員迎撃しろ!」


 会敵と同時、雪兎と傭兵達は共に銃口を向け合い、弾丸を叩き込みあう。


 互いに携えた銃が火を吹く都度に壁に穴が空き、置かれていた小型防弾壁やセントリーガンが流れ弾を浴びせられ鉄くずと化していく。


 そうして吹き荒んでいた弾丸の飛び交う音が止み、硝煙で隠れていた戦場が露わとなると、そこには無数の傭兵の身体が転がっており、その中で雪兎一人だけが無傷で健在だった。


「クソ……、化け物が……」

「あえて否定はしないよ、その言葉」


 身体の骨を砕かれて尚、辛うじて意識が残っていた傭兵の一人が雪兎を睨みながらやっとのことで呟くと、対する雪兎は何を今さらとばかりに気安く返事をし、倒した傭兵達全員分の武装解除を終える。


 しかし、発砲音を聞きつけて援護に現れた傭兵達の気配を感じ取ると、雪兎はすぐさま地面を蹴り、再び強襲を開始した。


 進軍のスピードこそ遅くなったものの、結局誰にも雪兎を止めることは出来ず、痛みに身を悶えて倒れ伏す人間だけが増えていく。


 本来、雪兎が相手取る傭兵達も決して弱い訳では無い。


 否、それどころか人間害獣問わずあらゆる勢力と戦い続け、得がたい経験を積み込んだ強兵揃いのはずである。


 それらが手も足もでない。 たった一人で、刃物と銃という限りなく古典的な武器しか持っていないはずの雪兎に、最新の兵器や装備を身に纏った兵士達が手も足も出ない。


 狩られる側である小賢しい人間としての知性と、狩る側である強靱な獣としての暴力を併せ持つ雪兎の予想だにしない動きに翻弄され、素行が良ければどこの国の軍隊も喉から手が出るほど欲しがるベテラン兵士が一人また一人と転がされていく。


 逃げ場のない袋小路に追い込もうが、地雷が大量に仕掛けられた広場に追い立てようが関係ない。


 通路の天井、壁、床を三次元的に跳ね回り、あらゆる方角から飛来する弾丸、砲弾、光学兵器を片っ端から切り払いながら猛進する雪兎の姿は、最早人のそれではない。


「鬼だ……」


 脚や肩をパンチやキック一発で粉砕され、戦闘不能になった傭兵達の容体を確認していた衛生兵が、一人恐怖におののきながら呟くその脇を、涼しい顔で駆け抜けていく雪兎。


 最後に、隊長格の男が駄目元で放った弾丸をご丁寧にも射手本人の下へ殴り返してやり、愛銃ごと肩を吹き飛ばしてやって制圧を完遂した。


 だが、制圧された側の隊長格は、雪兎が自身にトドメを刺さないことを屈辱に感じたのか、唯一動く首を必死に動かして雪兎を睨み上げる。


「何のつもりだ!? 俺達をなめてるのか小僧! 制圧したんならさっさと殺せ!」

「イヤだね。 あのクソ外道共と違って、金という大昔からの人間の約束事を馬鹿正直に守ってきたアンタ等を今は殺す気はないよ。 後々アンタ等の力が人類の未来の為に必要になるかもしれないからね」

「クソが……、あのババァみてぇな綺麗事を平気で言いやがって……!」

「そりゃ首領から直に薫陶を賜った一人だからね、素面でそういうこと言うさ」


 たった一人の兵士にガチで集団でぶち当たっておいて敗北したことがプロとして悔しくて堪らないのか、隊長格の傭兵が胸の奥から振り絞るようにして罵声を浴びせるが、外道共との関係が比較的薄い傭兵達に対する雪兎の反応は一貫して軽い。


 それどころか、これ以上奴等に深入りする前に契約切ってさっさと逃げるよう促すと、雪兎はそそくさとシェルターの奥の奥へ足を踏み入れていく。


 核シェルター以上に頑健な物理的な障壁と、下手な軍事施設以上の警備に守られるにしては、あまりに軽薄で派手な装飾が施された、歓楽街を思わせる下品な区画。


 その中枢から漂ってくるあまりに醜悪で強い業の気配に、誘蛾灯に惹き寄せられた羽虫の如く吸い寄せられていった。


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