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第76話 混沌

 新野が自らの命と空間の安定を引き換えに仇を討った瞬間、列島周辺の空間が大いに歪み、通常では起こりえない現象が起こり始めた。


 沸点に達していないはずの液体が突然蒸発し、グロウチウムで保護されていない金属が錆び付き、気圧が滅茶苦茶に上下する。


 そして何よりも、今まで抜けるようだった青空がサイケデリックな色彩へと変貌し、異常な強さの光を地表へと届け始めた。


 まるで薬狂いの廃人が見せ付けられているような幻覚が顕現したかのような視覚の暴力が、地表をカオスへ導く。


「うげぇ何が起こってんだ!? 誰かがカメラをハックして滅茶苦茶なモンを強制視聴させてんのかい!?」

「違う、これは間違いなく現実だ! こんな馬鹿げたことをやる奴は一人しかいない!」


 気が狂うような光を浴びせられて堪らず偏光グラスを装着するミシカを尻目に、雪兎は絶対的な確信を胸にしてドラグリヲを大きく飛翔させると、フォース・メンブレンとアイトゥング・アイゼンを展開して脅威の接近を待った。


 ここまで派手な挑発をやっておいて何も仕掛けてこないはずが無いと、炎の膜と氷の壁による防御陣地を空中に張り巡らせながら待つ。


 そして雪兎が悪意を孕んだ大気の流れを察知し、反射的にドラグリヲに備えられた火砲の全てを天に向けさせた瞬間、文字通り空が割れた。


 裂けた空間の奧から継ぎ接ぎの生体戦艦と不気味な植物を纏った天使達が、互いに殺し合いを続けながら舞い降りてくる。


 通常兵器感覚でぶっぱなされる、超兵器の余波のおまけ付きで。


「くっ! 縄張り争いならここでやらないで欲しいね! 神話級害獣共の喧嘩なんてもう天変地異と何ら変わりないじゃないかい!」


 本当に現行技術の延長上に存在しているのかも疑わしい破壊兵器同士のぶつかりあいに、事情を一切知らされていないミシカはただただ流れ弾に巻き込まれないことを願い、マサクゥルに伏せの体勢を取らせながらただボヤキ続ける。


 その言葉を聞き、雪兎は内心申し訳なく思いながら一旦こちらからの通信をミュートすると、自らモニターに顔を出してきたカルマに苦情を叩き付けた。


「どういうことだカルマ! 奴等がこちらに侵攻出来ないようにしたって言ってただろ!?」

『……どうやら新野さんがご自身の発明品を悪用される前に自らの手でケジメをつけたようです。 散々利用されて殺されるくらいならば、せめて一矢報いようと。 しかしそれでも多少の悪影響は出てしまったようですが』

「なんだって!? おっさんは無事なのか!?」


 思いもしなかった名前を出されて雪兎は思わず瞠目しながら叫ぶと、カルマはただ押し黙ったまま顔を伏せて横に首を振る。 新野がこの世界から消滅する寸前、詫びの手紙を送りつけられていたことを隠したまま。


「そんな……」

『気持ちは分かりますが落胆している暇なんてありません。 一刻も早くあの忌々しい天使共を殺さなければ地上に存在する大気と水がまとめて宇宙空間に霧散して地球が死の星になります。 新野さんの犠牲を無為にしないためにも一刻も早い迎撃を』

「うるさい分かってる! 今すぐまとめてぶっ殺してやるから黙って見てろ!!!」


 親しい人間の死に打ちのめされ、消え入りそうになった戦意に喝を入れるかのように雪兎は無理して怒鳴りながら天を仰ぐと、ドラグリヲが備えた全ての砲門から大量の氷の砲弾を天使共に向かってばらまいた。


 それらは標的に命中すると共に大爆発を起こして拡散し、飛び散った火の粉が瞬時に鋭い氷の破片へと姿を変えて別の天使共を切り裂くと、それをまた起点に大爆発を起こしてループする。


 雪兎が両親から受け継いだ“流転”の力。


 それは圧倒的な数の差を埋めるほどのポテンシャルを発揮し、ドラグリヲの立ち回りを補強する。


 爆風内を貫いて死角を突いたドラグリヲの爪が天使の首を斬り飛ばし、鞭のようにしなり大きく弧を描く尻尾がドラグリヲの死角へ回り込んだ天使共を両断する。


 そして地上から雲行きを伺っていたミシカが、サポートとばかりにぶっぱなしたメーサーやビームが弱った天使の臓器を焼いてトドメを刺し、ついでに減衰したドラグリヲのフォース・メンブレンにエネルギーを再充填して戦闘の続行をアシストした。


「へぇ、考えていた以上に無敵って訳でもないのか。 だったらなおさらサボりの言い訳をするわけにもいかないな」

「援護感謝します! 無理はしないでくださいよ!」

「分かってるから黙って前向いてな! お喋りなんてのは仕事の後いくらでも出来るんだからね!」


 地面を溶融させて身を隠しつつ援護射撃を行ってくれるミシカの身を案じつつも、雪兎は眼前の敵を必死に打ち据え続ける。


 未だ開き続ける裂け目の奧から、強大な気配が近づきつつあるのを本能的に察知しながら。


「まだ増える気なのか!? だったら望み通り出入り口ごと吹っ飛ばしてやる!!!」


 今の身体なら多少ブレスをぶっぱなしても身体に堪えることはない。


 故に雪兎は肉体と機体のより高いレベルでの接続を躊躇いなく行うが、それを感じ取ったカルマも一切難色を示さない。


 呼吸を整えた雪兎の体内から迸った莫大なエネルギーがグロウチウムとの接続を介し、ドラグリヲの喉奧に備えられた主砲に収束する。


『機体コンディションオールグリーン。

 射線上に遊軍及び民間機の反応無し。

 次元ライフリング投影開始。

 事象アンカー固定完了。

 エナジーハンマー生成。

 最終安全装置開放。

 ……撃てます』

「吹っ飛べ!」


 カルマの言葉に促され、雪兎がトリガーを引き絞った瞬間、ドラグリヲの口腔内から膨大なエネルギーを伴った破滅の奔流が轟音の波動と共に放出された。


 発射されてからも減衰するどころか猛烈な勢いで成長するそれは瞬く間に裂け目へと到達し、一刻でも早くそれを地上から消し去らんと猛烈な圧力の中へと巻き込んでいく。


「カルマ! あれは一体どうなっている!?」

『ご心配なく。 こちら側からの砲撃を受けて標的が収縮を開始したことを確認。 これ以上過剰なエネルギーを注がずとも、後は勝手に消滅してくれるでしょう。 以前リンボ側へ渡ったときと同じように』

「そうか、だったら照射を一旦打ち切るぞ!」


 この程度で疲労困憊になってしまうほどヤワではないが、先が見えない以上無駄遣いは無用だと雪兎はブレス用のエネルギーを供給していたグロウチウムケーブルを自ら切断してブレスの照射を中断し、生き残りの天使共の掃討へと素早くタスクを切り替える。


 今ここで奴等にまともに対応できるものは自分しかいない。


 一匹でも逃がせば大勢の人が死ぬ。


 そう自分に厳しく言い聞かせながら雪兎は、地上に群がる人々を食らわんとする天使共を確実に狩っていった。 だが、カルマの言う通りに収縮を開始した裂け目の奧から、巨大な生体反応が感知されたことを示す警告が発せられる。


「カルマ、今度は一体何だ! まさかバカでかい神話級害獣が直接乗り込んでくるなんて言わないだろうな!?」

『いいえ心配無用です、この反応は恐らく敵ではありません。 もっとも、私としては完全に味方であるとも言い切ることが出来ませんが』


 思わせぶりに語ったカルマがそのまま口を噤んで裂け目から目を逸らし、収縮を続けていたそれが完全に閉じきる寸前、裂け目から落ちてきたのは星海魔と共に空間自体に縫い留められていたはずの巨大なシャチ型の生体戦艦。


 それは激しく殺し合うスキュリウスと下品に輝く天使を伴って、きりもみ回転しながら落ちてきた。


「リンボからこの化け物共を転移させただと!? テメェ、最初からこれが目的だったか!」

「最低規模の裂け目しか開けられない上、まさかこいつら共々俺の砂場に送り込まれるとはな。 よもや対策済みとは敵ながら恐れ入ったよ」

「あぁ? 一体なんのことだテメェ!」

「は? お前が現地人に話を付けて妨害させた訳じゃ無いのか?」

「ふっっっっざけんなよテメェ! テメェの企みなんざ今さら知ったことか!」


 シャチ型生体戦艦の周囲を縦横無尽に飛び回り、火線と剣戟を浴びせ合う二体の異形。


 その内部から溢れ出た罵り合いをカルマが傍受すると、雪兎は遠慮なくその会話へと割って入った。


「馳夫!? あのクソ野郎相手に一体何をやっていたんだ!」

「話は後でいくらでもしてやる! ここは俺に任せてお前は木乃花のところに行ってやれ! このボケナス共が現れたのはきっとここだけじゃない!」

「まっさかー、そんなわけ無いじゃん。 哀しいことに俺の人望じゃこれっぽちの戦力が限界だよお」

「うるせえぞハゲ野郎! 誰が喋っていいって言ったんだよ! 殺すついでにその薄毛を毟り散らかすぞ!」


 明らかに嘘をついているとしか思えない嘲りに激昂し、馳夫は反射的にサンドマンに向かってありったけの射撃を集中させて追い散らすと、一方的に雪兎へ言い捨てる。


「擬似的な存在とはいえ、世界樹と同等になり得る可能性をもったアイツをこのスカタンが黙って放っておく訳がない! さっさと行け!」

「えぇ行っちゃうのかよ、もうちょっとここで遊んでくれよ。 せっかくの再会じゃないか真継君」

「黙ってろと言っただろうが!!!」


 のらりくらりと砲撃をかわし、致命的な斬撃を加えようと気持ち悪い機動で迫ってくるサンドマンを、馳夫はグロウチウムテンタクルに仕込んだブレードを振り回して迎撃しながら怒鳴った。


「あの娘のそばにいてやれ! 昔お前が守って貰っていたように、今度はお前が彼女を守り抜く番だろうが! しっかりしろ!!!」

「でも僕が今ここを離れては……」


 皆を守り切ることが出来ない。


 そう雪兎が切り出した瞬間、黒い稲妻が地平の果てから飛来し、空に群がる天使共を撃滅し始める。 明らかに自然現象ではない放電現象。 それは自ら鷲獅子の姿を象ると、雪兎に向かって通信を送りつけてきた。


『I.H.S.所属の戦闘員諸君聞こえるか。 こちらはN.U.S.A.所属のアーマメントビースト“サンダーバード”これより君達を援護する』

『ジャスティス!』

「ジョンさん!」


 ドラグリヲの真横を敢えて通り過ぎ、敵軍へと向かっていった漆黒の煌めき。


 それを見て雪兎はようやくその場を離れる決意を固ると、ドラグリヲを飛翔させた。


 これだけ信頼出来る戦力が集まれば自分が意固地に留まる理由もない。 皆を信じて、雪兎は単独鐘楼街の方角へと向かい始める。


「逃げんな坊主! 折角だから俺達と遊んでいけよ!」

「テメェの相手は俺らだこの羽虫野郎が!!!」


 無数に散らばる雷撃が、局所的に発生した次元境界越しのゼロ距離射撃が、幾種類ものエネルギー兵器の嵐が、嫌がらせにドラグリヲの行く手を阻まんとするサンドマンの行動を封殺する。


「あぁいい加減鬱陶しいな、だったらお前等一人残らず望み通り始末してやるぞ似非人間共が」

「やってみやがれよ、化け物の軍師気取りの単なる小間使いが!」


 星海魔からサンドマンに関する悪評を散々聞いていたのか、馳夫は頭上から偉そうに浴びせられる罵倒に一切堪えることなく、愛機に仕込まれた無数の銃口を醜悪な天使の眉間に向ける。


 しかしその時、サンドマンと相対する3人は気付かなかった。 目的を達することが出来なかったはずのサンドマンの表情が限りなく嬉しげに、醜く歪んでいたことに。


 そう、サンドマン自身の存在がブラフであることに。


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