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27.決闘の行方

あっという間に日が流れて決闘の日である。

あの後、ディマスから正式な決闘申込書(意味が分からん)がデリカート家に届き、二週間後という日時指定があったので、そこまで時間があったわけではないのだが、早すぎる……。


俺の剣術はめちゃくちゃ上達した‼


……わけがない。もうちょっとチーと人生でもいいと思うんだが?!

最初よりはそりゃよくなった。

父の伝手でコンブリオ卿にご教授も二度ほど頂いたし──そのたびに父の元へと、やはり大きな犬のようにコンブリオ卿は寄ってくる。……あれ、結構怪しいんだけど……父の情事を聞くのは精神的にキツいので追及はしないでおこう……──アレックスにも毎日昼休みに習った。家ではキースが指南してくれ、たまに元凶であるレジナルドが型や動きについて助言してくれた。……レジナルドが現れるとディマスが必ず文句を言いに来るので遠慮してほしかったが……。

色々とテコ入れがあったおかげで、人並みより少し劣るくらいには使えるようになったのだ。俺にしては成長である。特にかつ必要性もないので、もういいや、と俺は気を取り直してその場に立った。


天気は快晴。

場所は王立学園内の練習場だ。

ギャラリーは多数。ノエルやセオドアをはじめ、クラスメイトにキースや父の姿も見えればコンブリオ卿もいる。……え、大丈夫なの職場離れてあの人達。キースは学園内だから問題ないだろうけど。

勿論、ギャラリーの中には元凶の王太子様もいらっしゃる。

そんな中、俺とディマスが審判を真ん中にして背を向け10歩歩く。

そこで振り返り、互いを見据えた。

距離にして、およそ20メートルといったところだ。

ディマスはやる気まんまん……いや、殺る気かもしれないが。俺は……とりあえず怪我をしないように、というのが第一の目標である。


「それではこれより、ディマス・グラーベとリアム・デリカートの決闘試合を開始する。これは騎士道精神に則り正しく行われる決闘である。この決闘における勝ち負けには不服を述べてはならない。また、決闘のルールに則り、行うこととする。両社とも異存はないか」


異存も何も……ジャンケン勝負に変えてもらって、俺は後だしで必ず負けるから今すぐ終わってほしいよね……。何が好きでこれやるんだろうか。俺、レジナルド狙ってないのに。……とうだうだ考えていても進まないので、俺は「はい」と答える。ディマスも「異存はない」と声を上げた。


「それでは構えて……」


俺もディマスも模擬剣を構える。


「……始め!」


審判がそう言うと、ディマスが早速動いた。

俺に向かって剣を構え、向かってくる。

ちょ!怖いんですけど⁈早いんですけど⁈

考えている間にディマスは俺の前に来て、剣を振り下ろした。


カキン──!


どうにか俺はその剣を受け止めて、金属音が間近で聞こえ、腕に衝撃が走った。

喧嘩さえ、前世では避けて通ってきた自分には十分重い打撃だ。

ディマスは殺気立っており、俺を睨みつけた。


「この!レジナルドにたかる蠅が!さっさと駆除されろ!」


ディマスの声が上がる。それと同時にギャラリーの方からも歓声が上がった。


「だから!僕は狙ってませんって!なんでそこだけ無視するんです?!応援しますけど?!」


俺は俺で応えた。ギャラリー席はそれなりに離れているし、すでに沸きあがっているので、声なんか届かないだろう。しかし、ディマスはそれを聞いても、嘲笑を浮かべるだけだった。

はっ、と吐き捨てる。


「よくもまあ、そんな嘘を言えたものだ。その口から切り裂いてやろうか!」


またディマスが剣を振り上げた。

俺はそれをすれすれで避ける。怖いって!怖いって!!模擬剣は刃を潰してあるといっても当たれば当たり前に痛い。ぜってー当たりたくないんだが?!

そこからはとにかく、ディマスの攻撃を辛うじて避けて辛うじて避けての繰り返しで、こちらから攻撃なんてする余裕がない。

そんなのが10分も続けば、息はあがってくるわ、汗は流れるわ……そろそろ俺の体力は赤ゲージだ。ディマスのほうも息は乱れているようだが、俺ほど消耗はないように見えた。


「さすが蠅だ。目障りな……!」

「褒めてない……!」


ノリツッコミのような受け答えに、審判が思わず吹き出す。

そういや、審判には聞かれてるよなぁ……と、よそ見したのが悪かった……。

右手を狙ったディマスの攻撃が、避け切れなかった俺の二の腕に当たる。


「痛っ……!」


骨に響くような痛みが腕に襲い掛かり、俺は握っていた剣を落とし、膝を着く。左手で、痛みが生じる場所を覆った。痛ーーーー!ちょ!痛っ!


「終了!」


剣を使っての決闘は片方が剣を落としても負けになる。

ディマスは俺の姿を見て、鼻で笑い、踵を返すとレジナルドの方へと向かった。

俺の方には審判が片膝を着いて、大丈夫ですか?と心配そうに声をかけてきた。


「だいぶん、痛いですね……」


はは、と力なく笑う。

箪笥の角に小指をぶつけてもはちゃめちゃに痛いが、これはこれで痛い。めっちゃ痛い。

ほんっと、こういうのはもう御免だ。


「お兄!」


そう叫びながら寄ってきたのはノエルだ。お前、あ兄、って……ま、誰も今なら気にしないだろうけどさ。


「大丈夫?!」

「いやー……痛いねぇ……」


俺の傍らに跪くや否や、聖属性の回復魔法を唱え始めた。

キースと父は人波に押されて、少し手間取ったようで、後から俺の横に来て膝を着く。

口々に「大丈夫かい?」と声をかけてくるのに、頷く。腕は痛いものの、ノエルの手からじんわりと温かさが伝わってきて、少しずつ痛みが軽減していく。

凄いな、聖属性魔法。


「折れてなかったみたいだから、良かった。折れてたらちょっと簡単には治せないかもだから」


詠唱の終わったノエルが安堵のため息交じりに言う。


「あ、そうなのか……いや、それは本当……折れてなくて良かった……」


しかし折れていても治せるという事実には、矢張り吃驚だ。神官だと今の俺くらいの打撲やもう少し症状が酷いものもギリギリ治せるかもしれないが……そこまでが精一杯だろう。ノエルの聖属性の能力の強さが伺える言葉だ。


「しかし……ディマス様にも困ったものだね?決闘だから仕方ないとはいえ……父様は面白くないなぁ……」


とても不機嫌そうに父が零す。キースもノエルもそれに頷いた。


「お父さん、知ってます?あの人、いっっっっもリアムに絡んでくるんですよ!蠅とかいろいろ言うし!」

「あ、ちょ?!」


ディマスが絡んでくる、という事実はキースも知っているしそこから父と母には伝わっていると思う。けれど、内容までを俺は言ったことがない。言えば面倒なことになると知っているわけで……。俺が止める間もなく、ノエルが言う。


「「ほう?それは聞いたことなかったな」」


「まだまだあってですね!」

「ちょ!やめ!!」

「「聞かせてくれ、ノエル君」」


兄と父がことごとくハモった。

ちなみにこの後にセオドアも加わって、ディマスのことを言うわ言うわ。

……面倒なことになるぞ、これな……。



「大丈夫か?」


自室のベッドの上に寝かされた俺に向かい、アレックスが心配そうな表情で首を傾げる。

俺は起きながら、あはは、と苦笑を漏らした。


「大丈夫ですよ。大げさで……うち。すみません、先輩までに心配をかけて」


あれから。とにかく方々に心配されつつ、半ば家族に連行されて俺は既にデリカート家に帰宅していた。

ノエルの治療のおかげでとっくに打撲は治っているのだが、心配性なデリカート家(家族+使用人)にベッドへ投げ込まれたようなものだ。アレックスは先ほど、俺の見舞いに来ていた。


「いや。俺の指導が足りなかったせいだ。すまない」


申し訳なさそうにアレックスは謝った。

いやいやいや、どれだけ気負うんだよ、この人……。


「それは違いますよ、先輩」

「え?」

「僕の実力不足。ただそれだけです。先輩も先輩のお父上であるコンブリオ様もよく教えてくださいましたよ?なので、気にしたら駄目です」

「いや、しかし……」

「先輩、気にしたら駄目です」


少し口調を強めて俺が言うと、アレックスは、ふう、と息を吐く。そして、優しく笑いつつ、


「わかった。じゃあ、もしも今度このようなことがあったら、負けることのないよう……指導させてもらおう」


そう言った。


「え、いやなくていいんですけどね……」


俺が肩を竦めると、笑いながら俺の頭を撫でた。

そして、立ち上がる。


「あまり長居をしても休めないだろうから、今日はこれでお暇しよう。本当は父も来たがっていたのだが……」

「え、どうされたんですか?」

「いや、マリー様に出禁をされているらしくて……」


母ーーーー?!

なるほど、それが家族ぐるみで付き合いがない理由か……要するに、父を挟んで母とコンブリオ卿で睨みあってるということらしい。


「それはまた……母がすみません……卿によろしくお伝えください」


ちょっと恥ずかしいじゃないかよ……俺が頭を下げると、アレックスが気にするなと言った。去り際、扉のところでアレックスが振り返る。


「リアム。君が父に──……」

「はい?」


アレックスは何か言おうとしたようだが、そこで止まる。

いや、と頭を振った。


「なんでもない。今日はゆっくりと休むといい。また、明日」


そのまま、扉をくぐりその姿が消える。

俺はベッドへと横になる。

流石に、疲れた。痛みはないが、疲れは半端ない。

俺は疲労感に目を閉じる。

この痛みやら疲れを受けたご褒美で明日からディマスが来ないならいいんだけどな……。



「……早く僕を選んでくれるといいんだけどね……」


柔らかい声が聞こえて俺はうっすらと目をあける。

そこにはキースがいた。苦笑交じりに首を傾げて、俺のほほを撫でる。


「……起きなくていいよ、ゆっくりお休み……」


キースがそう言うと、瞼が重くなる。

目を閉じる寸前、唇に何か温かいものが触れたような気がしたが、俺は目をあけることが出来なかった。

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