目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話 禁出の魔物


  列車が出て、人気の無くなった駅。実際には、森が近づくにつれてどんどん人気はなくなっていたが、それも列車を降りる前から感じていた不穏な禍々しい空気が原因だろう。

 魔物の存在を知らしめるその圧が、あたりの空気を一層悪くしていた。森へ踏み込もうとする足が重みを増したように感じさえする。それでも人々のために魔物を倒して任務を完遂かんすいするという強い意志を持って二人は森へと足を踏み入れた。


 中に入ると陽の光はほとんど消え、手探りで足場を探さないといけないほど暗かった。ところどころに魔物の魔力の気配が残っている。


「二体、いる……」

「そうだね、違う魔力の気配が残ってる。どこから来るかわからないから、離れずにいよう」


 翠蓮の呟きを桜が拾う。


「一先ず中に助けを求める人がいないか確認しよう!」


 そう話す翠蓮に桜が頷いて、二人は魔法で明かりを灯しながら森の奥へと進んでいく。魔力の気配を追い、はぐれないように進んでいると、突然男の子の声がした。


「たすけてっ!!」


 翠蓮と桜が声のした方を見ると、少し離れたところに六歳くらいの男の子が足から血を流しながら座り込んでいた。

 涙を流しながら必死に助けを呼んでいる。その目の前には今にも男の子を殺そうとする魔物。駆け出そうとした翠蓮の後ろで途切れかけた小さな悲鳴が。


「っきゃ……ぁ、あ……!」


 すぐさま後ろを振り向くと、人の様な見た目をした魔物が桜を捉えて黒い空間に引きずり込もうとしていた。

 助けなきゃ、どっちも。だけど、ダメだ間に合わない。

 一瞬固まった翠蓮に桜が空間に引きずり込まれながら叫ぶ。


「私は大丈夫!!あの子をお願いっ!!!」


 どぷんっ、と黒い空間に沈むように桜が消えた。桜の無事を祈りながら、翠蓮は男の子の方へ走り出す。魔物の攻撃が男の子に当たる方が早い。


「凍れ!!」


 翠蓮の魔力がその場を凍らせる。パキパキと音を立てながら、魔物の魔力が籠った右腕が凍っていく。


「………チッ、邪魔をするな!!!」


 魔物の咆哮が轟く。魔物の足元を凍らせ、辺りを氷で支配する。男の子を抱き抱えて少し離れた場所に避難させると、でんでん丸を呼び出して男の子を連れて森を出るように伝える。


「わかったぜ!」


 でんでん丸が魔法で空間を作り出し男の子をそこから外に出す。


「こいつを避難させたら戻る!」


 そう言ってでんでん丸は男の子と共にその場から姿を消した。ざわざわと一帯の空気がざわめく。魔力の流れが糸のように翠蓮の体を絡めとる。

 一層重くなったその場の圧に気圧されないように真っ直ぐ魔物を見据える。


「何故この場にお前のような雑魚がいる?」


 心底不快だ、とでも言うように魔物の圧が翠蓮に伸し掛る。


「お前を倒しに来たんだ……!」


 極めて冷静に、隙を作らないように一秒一秒気をそらさずに魔物を睨みつける翠蓮。


「さっきの隊士とお前だけで?随分舐められたものだな」


 翠蓮を嘲笑うかのように魔物が大きく口を開けて笑う。その笑いに気を取られかけていたところで、魔物の足元と腕を凍らせていた氷が消える。


「!!」

「随分簡単に溶けちまう氷だなぁ」


 ドッ!!と鈍い音を立てながら翠蓮の右肩を魔物の斬撃が直撃する。


「っぁ!!あぐっ!」


 翠蓮には何も見えていなかった。速すぎる攻撃から逃れるためにすぐに魔法で氷の壁を作り出す。ボタボタと血が地面に落ちる。傷跡からは濃い魔力が感じられる。


(体外に溢れた魔力を斬撃に変えてるのね……)


 そう考えているうちにまたもや魔物によって氷の壁が破壊されてしまう。


「俺はめんどくさい事が嫌いなんだ」


 そう言う魔物の周りに溢れる魔力が上昇する。


(来る!!)


 翠蓮は腰の鞘から刀を抜き、魔力の揺れから動きを読み取り斬撃を受け止めた。


「刀の筋はまあ、まだ序の口か」


 刀で斬撃を受け止める翠蓮の目の前に魔物が間合いを一瞬にして詰め寄る。咄嗟に翠蓮が氷魔法で魔物を凍らせるがそれをものともせずにかき消してしまう。

 その魔物の強さに翠蓮の心に恐怖が宿る。任務の内容は低級の魔物の退治。本物の魔物はここまで強いのか、と。


「お前まさか、俺をそこらの低級と一緒にしてんじゃねぇだろうな?」


 その魔物の言葉に翠蓮の目が見開かれる。


「え……?」


✻✻✻


 その頃、国家守護十隊の本部は荒れていた。翠蓮と桜、三番隊の新入隊士である花に対する僻みで、禁出の任務の指令書を翠蓮と桜に渡した六番隊の一般隊士である朝霧。それに気付いたのは、二番隊隊長である四龍院伊助しりゅういんいすけ

 四龍院隊長は、この後予定していた任務の情報を得るために、六番隊に指令書を取りに来ていた。そこで、朝霧が隊士数人と話していたのを聞いたのだ。


「禁出だとは知らずに可哀想になぁ。調子に乗ってるからこうなるんだよ。次は三番隊の花って奴にも渡してやるさ。雑魚は早く死ねば……って、四龍院隊長!?」


 四龍院はその朝霧の言葉を聞いた瞬間、とてつもない怒りを朝霧にぶつけた。


「うちの隊士になにをしたって?もう一度言ってみろ!!」


 隊長格である四龍院に全力で殴られた朝霧は六番隊の隊舎の壁を破壊しながら外へと吹き飛ばされ、外にいた隊士達は突然の騒ぎに注目する。

 騒ぎに気付いた他の隊士達も、何があったのかと集まり始め、そこで二番隊の隊長である四龍院が隊士を殴り飛ばしていたとあれば驚くのも無理はない。


「お前が俺の隊士を禁出の任務へ向かわせたのか!!!」


 四龍院のその言葉に、集まっていた隊士達はゾッとする。禁出の任務は隊士で知らぬ者はいないほど危険な任務で、魔物の強さに合わせて決められている。

 禁出にあてはまる任務は、隊長・副隊長のみに行く資格があり、そんな任務に新人隊士を騙して向かわせたとあれば、殺人と変わりない。周りでその様子を見ていた隊士の中で、翠蓮と桜、二人の生存を信じる者は誰一人としていなかった。


 四龍院は入隊前より気にかけていた少女がそんな目にあったことに怒りを露わにした。四龍院と朝霧を囲うように集まっていた隊士達が、一人の存在に気付いてすぐさま道を開ける。

 ゆっくり、四龍院と朝霧の元に近づいていく男がいた。燃えるような赤い髪と、冷酷な程に冷えきった青い瞳。ゆっくりと、その状況を理解して青い瞳が見開かれる。


「禁出の任務?……氷上ひがみが?」


 自分の命を顧みずに戦うような血に塗れた隊にやってきた、この場には似つかわしくない女の子。しかし、しっかりと自分の意思を持ち、自分の足で任務へと向かっていったその女の子。

 騒ぎを聞き付け何事かと寄ってみれば、四龍院の怒りの声を聞いた京月。その任務は、あの子を送り出したものと同じじゃないか。


「…………クソ、」


 朝霧はそんな京月に気付き、ひぃっと悲鳴をあげる。その場から逃げ出そうとする朝霧だが、隊士達に囲まれて逃げ出せず、四龍院に捕まりその場にまた投げ飛ばされる。既にボロボロな朝霧は、それでも逃げ出そうとしたが、目の前には刀を抜いた京月が。


「お前は魔物と何も変わらない。……どうせ国家転覆こっかてんぷく扱いで死刑になるんだ。俺が今ここでお前を処刑してやる」


 京月の持つ刀は炎を纏い、圧倒的な強さが朝霧に恐怖となって降りかかる。


「う、うわぁああああああ!!!!」


 最後の最後にヤケになり、京月を殺そうと朝霧が魔法で対抗するが京月の足元にも及ばず朝霧は炎の刀に一閃された。


「これは、何の騒ぎかな?」


 その声を聞いた瞬間、京月と四龍院はその場に片膝をついて座る。

 それに少し遅れるようにして、周りにいた隊士達がその場に座り総隊長に対して頭を下げた。


「総隊長にご挨拶申し上げます!」


 そう口にする隊士達にあまねが声を向ける。


「そう固くならないでいいよ。僕は亜良也と伊助に話があるから、皆はそれぞれ持ち場に戻って構わないよ」


 あまねがそう言えば、皆その場から離れていき、そこには京月と四龍院のみが残った。


「亜良也、伊助。なにがあったか話してくれるかな?」


 その総隊長の言葉に、伊助が答える。


「うちの新入隊士に禁出の指令書を出した隊士がいました」


「禁出の任務を?それは随分なことをやってくれたね。すぐ二人を追えるように手配は?」


「はい、伝令蝶を通じて居場所を割り出しすぐに向かう予定です。もうじきに割り出せるかと」


 伊助から話を聞いて、総隊長は事態の把握を終える。


「なるほど。それにしても、随分暴れたね二人とも」


 その言葉に二人がぴくりと反応する。先程から一言も話していない京月はスッと顔を逸らし、四龍院は白い布で隠されたその内側で視線を泳がせているようだ。


「伊助?」

「………殴りました。でも五発だけです。俺は悪くありません」

亜良也あらや?」

「………………………………………」


 スンとした表情のまま顔を逸らしている京月にもう一度あまねが声をかける。


「亜良也?」

「俺は悪くない」


 そう言ってすぐ横で伸びている朝霧を睨みつける京月を見て総隊長が眉を下げる。


「総隊長、お呼びで……あらまあ…………」


 あまねに呼ばれていたゆずりはがすぐに状況を察して瀕死の朝霧を五番隊舎に連れていく。


「亜良也、伊助も。二人とも、周りの隊士たちを怖がらせてはいけないよ」

「「……はい」」


 しかしまだその怒りは治らないのか、ぶっきらぼうな様子で返事をする二人にあまねは言葉を続ける。


「朝霧のことは僕に任せて。二人は翠蓮と桜を助けることに集中して」


 そう言われた二人は、すぐに二人を助けるために動き出した。


✻✻✻


「何も知らねぇって顔だなァ?」


 下卑た笑いを浮かべながら魔物が翠蓮に距離を詰める。


「まぁ知る必要は無い。お前はここで死ぬんだからなァ!」


 凄まじい圧が降り掛かると同時に全方向から魔法が飛び出す。魔力に全神経を集中させ感覚を研ぎ澄まし、刀を振るい一撃も逃すことなく斬り捨てる。


「どこまで対応できるか見物だな」


 魔物がそう言うと、更に威力を増した攻撃が降り掛かる。翠蓮は刀を握る手に力を込める。


氷輪千華ひょうりんせんか


 刀身が凍り付き、刃先から氷の花弁が舞い散る。


「氷の花弁?」


 怪訝な顔をしていたが、花弁が触れた瞬間に皮膚が斬れ血が噴き出す。


「小細工で俺に勝つ気か!?」


 ドッと吹き荒れた魔力に呑まれ翠蓮は勢いよく吹っ飛ばされて木に頭から激突する。


「う"っ!!!」


 ずるずると力なく地面に倒れた翠蓮にトドメと言わんばかりの猛攻が向けられた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?