「間に合わない!!!!!」
橘川佐奈子はくたびれたスーツに、擦れたつま先のパンプス、電線したストッキング、乱れた髪の毛に化粧も直せず、ビジネス鞄に加えて、紙のたくさん入った紙袋を抱えて走っていた。
吐き出す息が白く、冷え込む夜の空気が、残業の証拠を物語っていた。
新卒で入社した地元の企業で働き始めてから、日々の業務に追われる毎日。車ではなく電車通勤を強いられていた。仕事で疲れて事故を起こさないように、公共交通機関を使うよう言われていたのだ。
両親は現役時代仕事漬けで忙しく、昨年定年を迎えて佐奈子がUターン就職した同じタイミングで田舎に引っ越してしまい、頼ることはできない。
また、両親もバリバリ働いていたのを間近で見ていた佐奈子は仕事をすることは当たり前のことで過酷さもあってのこともわかっていた。
タクシーを使うにも、新卒の給料ではコストが重い。だから、いつも終電に間に合わないと焦り、同僚たちと一緒に駅まで走り込む日々だ。
運動が苦手な佐奈子は、前よりは走れるようになったものの、それでもやっぱり遅かった。
そして、またいつものように、駅まで走っている趣味ジョギングの男に抜かされる。
その背中を見つめながら、佐奈子は心の中で叫んだ。
「ああ、この人みたいに軽やかに走れたら……!」
正直、この人に出会ってから、佐奈子の走り方は少し変わったのだが……。
ばさあああああ!!!
突然、持っていた紙袋が破れて、書類がまき散らされる。
「わああああ!!」
必死にかき集めるが、周りに手を差し伸べる人は誰もいない。冷たい世の中だ。
ひたすら自分だけで必死に拾い集める。それは、休日返上でしなければならない仕事の資料だ。
上司にはこう言われた。
「新人だから、手際が悪いんだろ。だから、仕事を持ち帰ることになる」
いや、新人に仕事を押し付けオーバーワークさせた結果だと恨みつつも、どうにか書類を回収して駅に向かう。
そしてまたしても終電に間に合わなかった。
世の中は華金、週末を楽しむ人たちで賑わっている。
しかし、佐奈子の会社に華金は存在しない。
「仕事、やめたぁいいいいい!!!」
と佐奈子はつい叫んでしまった。と叫んでも恥ずかしいだけである。