僕の目を刺したのは、そう、強くまばゆい光だった。
ただし――――金色の。
「…………」
世界を、燃えるように、血塗られたように真っ赤に照らす、毒々しい金色に包まれて――僕はしばし、立ち尽くす。
まだ時間は夜中だったはずだ……日の出ということは絶対にない。
なら、これは――。
「なん、で――」
そうなんじゃないか、という予感はあった。
これまで見てきたものが示す事実、そして、折り重なる死体の山――。
だけど、だからって……。
だからって、素直に納得出来るものじゃない……!
溢れ出る感情が、そのまま、口から迸る。
「なんで――ッ! どうして!!」
「……誰かが、夢を見てるのかもな。
そう――お前とか」
返事は……背後から返ってきた。
聞き覚えのある――でもどこか違和感のある声。
思わず、振り返ろうとするも……それはかなわなかった。
――コツ、と……後頭部に、冷たい金属が押し当てられる。
その感触にもまた――覚えがあった。
「それで……どうだった? 何が起こったのか、多少なりと理解出来たか?
いや……理解っていうのはあまり適切じゃないか。
そう――納得だ。自分の中で納得がいったか?
昔なじみとして、せめてもの手向けってやつだったんだが」
「
僕は、前――遠く地平線にもたれるあの太陽を見据えたまま、背中越しに語りかけた。
「ああ……そう言えばそんな名前だったよな、俺。
5年も呼ばれてなかったから、久しぶりすぎてどうもしっくりこないけど」
自嘲気味な言葉に、僕は資料室で見た日記らしきものの一文を思い出す。
それによれば、確か、生存者の少年は研究対象として――と、あった。
だけど僕は、それによって彼が被った、5年という凄惨な時間に思いを馳せるよりも先に……どうしても、聞かずにはいられないことがあった。
「……泰輔……。
泰輔があのとき、僕を撃ったのは……僕が原因だったから……なのか?」
「さすがに、原因とまでは決めつけられなかったよ。
だが、少なくともあの状況に関わりがあるってことは、あの女の話からも疑ってなかったし……。
――それにな、あのとき……太陽が僅かに動いていたんだよ、実は。
だから、事前にお前に宣言したように――揺さぶりをかけて勢いをつけてやるなら今だと思って、お前を撃った。
……いや、それだけじゃないか。
あのとき、俺はな……
「美樹子の……?」
「一応、お前を殺すかどうか決めあぐねていたとき……最後にもう一度だけ、確認してやったんだぜ?
なのにお前は――やっぱり、ユリはそこにいるものだと思ってやがった。
……そんなヤツが、美樹子は『あの状態』になってた、だから仕方なく殺した――なんて言い張ったって、信じられるわけないだろうが?
だからな……美樹子が正常でいた可能性が残っている以上、俺はアイツの仇を討ってやりたかったんだよ。
――今にして思えば、滑稽な話だけどな」
「じゃ、じゃあ、
「お前を殺すと決めたとき、先に殺してやったよ。
あんな状態で生き延びたとして……挙げ句、ヤツらに研究対象として扱われるよりは、よっぽど良かっただろうさ」
……僕は、何も言えなかった。
ただ、少なくとも皮肉や冗談とは思えない――真剣な口調でそんな答えを返してくる泰輔を、非難する気にはならなかった。
そうして黙っていると、泰輔は……改めて僕の後頭部に、銃口をぐいと押しつける。
「……しかし、馬鹿な話だよな――。
あれを――裏側を理解することなんて、絶対に出来るはずがないってのに……お前の記憶なんて再現したりするから、また、こんなことになっちまった。
また、裏側が見る夢を引き寄せたんだ……あのときみたいにな」
「何もかも――何もかもが僕のせいだったって……そう言うのか?」
「さて、な……。
お前もこれまで色々と見てきたし、体験もしただろう。
それに――何よりあのトンネルで、裏側を間近に感じたはずだ。判断は自分でしたらどうだ?
それとも……聞いてみるか?
何でも知ってる、金色のカタツムリ――」
泰輔はそこで、一拍の間を置いた。
僕はその間に――なぜか、銃口を突き付けられていること以上の恐怖を、感じた。
「――お前が殺した、金色のカタツムリに」
「…………!?」
泰輔の、その一言は――。
その一言は、僕の記憶の中で最後まで残っていたあの白い箇所を――今度こそ完全に打ち砕いた。
何度も何度も見た夢が――頭の中に、鮮明に閃く。
後ろから、声を掛けられた。
何でも知ってる、金色のカタツムリだ。
〈危ない、危ないよ!〉
僕は答える。
――危なくなんてないよ。
〈ピエロが来るよ。近付いてくる。
真っ白、のっぺりなピエロが来るよ!〉
――ピエロだからね。
〈見ちゃダメだよ! 小さいんだ、ホントは!
とっても、とっても、とっても!〉
――小さかったら見えないよ。
〈でも見えるよ。でも見ちゃダメなんだ!〉
……ふと、気付いた。
金色のカタツムリの向こう――。
色とりどりの、風船が見えた。
〈ダメだよ! 知ってしまう!〉
ぞくりとした。
風船を持った小さな男の子が、見えた。
……見てしまった。
……ああ、そうか――やっと分かった。
あの子供は、僕だったんだ。
恐ろしいと感じるのも当たり前だ――。
あの冬の日、一緒にいたユリの喉に食らい付いて、溢れ出る血を浴びながら、彼女の命を呑み込んだ――僕自身の姿なのだから。
すべてを知っていたユリを。
僕を助けようとしてくれたユリを。
大事な友達のユリを。
人を、初めて殺した罪――そのものなのだから。
「……さあ
今度こそ、お前の夢は――終わりだ」
カチリと……頭のすぐ後ろで、銃の撃鉄を起こす音がする。
「もっとも、こうしたところで――遅かれ早かれ、この世界は変わっちまうんだろうけどな。
――裏側が見る、夢のままに」
ふと気付くと――
僕の前には、太陽を背に立つユリの、小さな姿があった。
太陽はやはり、嗤っていた。
僕の姿を、毒々しく無機質に、嗤っていた。
――でも。なのに。
ユリの表情は、見えなかった。
じっと、僕を見据えるユリの表情だけは――分からなかった。
「おやすみ」
「おはよう」
そんな相反する2つの挨拶が……火薬の炸裂音に絡んで、僕の意識を覆った。
それはきっと――
やがて消えるこの世界への、別れの挨拶と。
やがて生まれる次の世界への、出会いの挨拶だ。
――そんな気が、した。