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無理ゲー社会の生きる道
無理ゲー社会の生きる道
八ッ坂千鶴
現代ファンタジー異能バトル
2025年04月06日
公開日
10.1万字
連載中
 魔法が当たり前になった日本 そこに7年前の事件で両親を亡くした高校生の青年がいた。 彼は役たたずの水魔法しか使えず。バイトも上手くいかないギリギリの生活。 そんな彼は政府の討伐部隊の目に留まり、運命の歯車が回り出す。 彼の中に眠るもの。それが目覚めた時何が起こるのか……。 それは彼だけが知っている。

第1部

第1話

見世瀬みよせ優人ゆうと様へ


 副隊長の推薦により。日本魔生物討伐部隊・第一部隊に正式加入が許可されたことをお伝えします。つきましては後日担当者が来ますので、指示に従ってください。〟


――――――――――――――――


 昨日の僕はダメダメだった。今僕は、週に3回入れているレストランのバイトで、最後の限定商品を落としてしまった。


 もちろん僕は反省しているけど、真犯人は自分ではない。


 原因は迷惑客だ。僕を嫌い、いつも邪魔をしてくる。そのせいか、貰える給料は雀の涙ほどで、バイトの時は注意ばかりされている。


 そんな日常は今日もやってくる。急な眠気で顔を机に伏せていると、誰かに僕の背中を強く叩かれた。


優人ゆうと! 優人起きて!」


 聞き慣れた女子生徒の声で目が覚め、顔を上げると、長く伸びた桃色髪の少女が、顔を真っ赤に染めて仁王立ちしている。


 彼女は学校の制服をきっちり着ている。そうだ、今学校にいるんだ。


「……梨央りお……。もしかして僕寝てた?」


「もしかしてじゃないよ! 優人が授業中寝てて、大きないびきかいてたせいで中断状態。迷惑をかけていることへの自覚を持ちなさい!」


「は、はい……。すみません……」


 春日井かすがい梨央。同じ高校2年生で、孤児院からの幼なじみである彼女は、小学生の時に起きた事件で大活躍した人物だった。


 同じ優等生組だったけど、魔法の実力は彼女の方がずっと上で、僕は戦場にすら立てないまま孤児院を卒業した。


 今では過去は過去だと思って暮らしている。大事なことが抜け落ちてる気がしたが、今は気にしていない。


 教室の時計を見ると、お昼のチャイムが鳴る時間だった。僕たちは席を立ち学食のフードコートへ向かう。


「優人、また学食の無料スープ飲むの?」


「う、うん。だって、学食高いし……」


「そうかな? 一番安いとワンコインで買えると思うけど……」


「ワンコイン?」


「そう、500円玉1枚で購入できるメニューのことよ」


 残念ながらそんな硬貨は持っていない。財布がない時点で持ち金ゼロだ。やがて、美味しそうな香りがしてくる。


 本当はみんなが食べてるようなものが食べたい。だけど、そんな食事にありつけるのは、レストランでバイトした時のまかないくらいだ。


 自分で買った食べ物はないに等しい。


「そういえば、話変わるけど優人また痩せた?」


「え? そ、そうかな? あまり実感はないけど……」


「絶対痩せた! ほら腕見せて! 袖が膨らんでるもん。って、脇の部分ほつれてる!」


 梨央が僕の袖を見て大声をあげる。周囲からの視線はどんどん集まっていき、背中に不自然な汗が流れた。


 僕の袖を直すためバイト前に彼女の寮に行くことになり、変な感情が込み上げる。これは、何なのだろうか?


 胸の高鳴りが襲ってきて離れない。彼女のことが好き? そんなこと、あるはずがない。


「優人は席取っておいて。少しでも栄養価の高いもの食べないと、持たないでしょ?」


「け、けど。梨央が持ってるお金だよね。僕のことは大丈夫だから……」


「それでも! 孤児院にいた時誓ったでしょ!」


「そ、それは……」


 ――お互い亡くなった親の分まで生き続ける――


「わ、わかったよ……。おすすめ……教えてくれるんだよね」


「もっちろん。じゃ、席取りよろしく~!」


「うん……」


 梨央と別れ席を探していると、近くの席で薄っぺらい何かを操作している人がいた。薄く手のひらサイズの板は、表面が煌々と光っている。


 映し出されているのはカレンダーのようで、どうやら数年先まで見られるらしい。


「優人?」


「あ、え、えーと……」


「もしかして、それ気になるの?」


「う、うん……」


「なら、私の見せてあげる。ほら、知らない人のはブレて見えづらいでしょ?」


 たしかにそうだ。近くに座る人のを見ても、頭で隠れてじっくり見ることができない。僕は梨央に手を引かれ、偶然空いてたのか知らない2人席にやってきた。


 梨央はポケットから背面がピンクの板を取り出す。黒い面を上に向けて真横に置くと、そこには少し出っ張った部分が2箇所あった。


 彼女が小さい方のでっぱりを押すと、真っ黒だった表面が明るく光る。これは魔法? でも、魔力を感じない。魔法具ではないようだ。


「梨央。これは」


「スマホよ。あなたってほんと時代遅れね。普段バイトのシフトとかってどうやって管理してるの?」


「え?」


 それを聞いて、僕はポケットから折りたたんだ紙を取り出す。紙を開くとA4サイズの大きさになり、ひと月分のシフトがぎっしり詰まっている。


 丸がついているところは出勤日で、今日の日付にもある。下の枠に書かれているのは勤務時間で、今日は20時から翌の朝5時までだった。


 まかない目当てで勤務しているが、昨日のような失敗はできない。


 ――ピピピピピ!


 どこからか甲高い音が響いた。スマホが振動して少しズレている。さっきまでシフト表を眺めていたことで、その大音量に一瞬心臓が止まるかと思った。


「料理ができたみたい。ついてきて」


「う、うん」


「あ、優人。ここになにか目印作っておいて」


 注文が多い少女だ。梨央が行動をする前にコップ置き場からコップを持ってきて、魔法で水を注ぐ。


「また、魔力水? それ最終的に飲むんじゃないでしょうね?」


「そ、そうだけど……」


「はぁ……。身体は大丈夫なの?」


「な、なんとか……やってます……」


 完全に僕の思考を読まれているようだ。たしかに昼間は学食の無料スープか、先程作った魔力水だけ。このエリアでは買い物はしない。


 というよりも。孤児院を出た時数万あったお金はあっという間に消えてしまった。


 今働いている場所でも、手に入るのは万単位ではあるが片手で数えられる枚数。それすらも学費と寮費に消えてしまう。


「まあいいか。こっち。ついてきて」


 僕は梨央のあとを追った。最初についたのは、何やら醤油の匂いがする店。


 彼女の情報によると、この学食は街のチェーン店と提携していて、そこの料理を手頃価格で食べられるらしい。


 それでも、僕にとっては高級料理。この感覚がみんな普通だと思っていたが、目に映る人みんながものすごく美味しそうな料理を食べていた。


「注文番号を教えてください」


 店員さんがそういうと、梨央はスマホの画面を見せながら。


「128番です」


 と答えた。


『では、こちらですね。ごゆっくり』


「ありがとうございます」


 彼女が受け取ったのは、大きな器に茶色いお湯の入ったもの。どうやら醤油ラーメンを頼んだようだ。孤児院では人気メニューで、すぐに売り切れていたのを思い出す。


「だけど梨央。僕のは?」


「あなたのは。あっち」


「え?」


 梨央が別の店を指さす。そこに向かうと、フレークとは違う、カラフルなものを牛乳で浸した食べ物。孤児院では出てこなかったメニューだ。


「これは?」


「フルーツグラノーラ。今女子の周りで人気なの。私はちょっと合わないんだけど、とても腹持ち良いみたいだから」


「そうなんだ……。あ、ありがとう梨央」


 そうして僕たちは席に戻った。そういえばスプーンを持ってきていなかった。急いで取りに行こうとすると、梨央に止められる。


 どうやら僕の出番はないようだ。ということで大人しく待つことにする。少しして梨央は大きなプラスチックのコップを2つ、トレーに乗せてやってきた。もちろん僕が使うスプーンもある。


 コップの中身はというと片方は黄色。もう片方は緑色でどちらもあぶくが下から上へと浮いている。これは飲み物? 飲むとしても魔力水だけで済ます僕には、そう捉えることができない。


「梨央。それ飲めるの?」


「飲めるよ。この黄色い方がジンジャーエールっていって、少し辛いかな? で、緑色の方がメロンソーダ。炭酸初心者には優しいやつ」


「ジンジャーエールとメロンソーダ……」


「優人はどっちが飲みたい?」


「いや、僕はいい――」


 とはいえ、味はものすごく気になっていた。本音はどちらでもいいが、知らないうちに梨央がメロンソーダを飲み始める。


 そうなると、僕が飲むのはジンジャーエールしかない。恐る恐る手を伸ばす。触れた瞬間感じたことのない冷たさに手が震えた。


「あ、ごめん……メロンソーダの方が良かった?」


「う、ううん。大丈夫。そっちも気になるけど、ジンジャーエールも気になってきたから」


「けど、それ辛口だよ?」


「だ、大丈夫だって……」


 ゆっくり手前に引き寄せ。ストローをさしこむ。静かに吸い上げると、口の中がピリリと痺れた。これがジンジャーエールなのか。


 思った以上に美味しい。ふと我に返るとコップの半分まで飲み干していた。また飲みたいと願ってしまうくらいの味だ。


「梨央これ美味しいね」


「でしょ! おかわり持って……。って、グラノーラがふやけてるよ!」


「え。あ、ほんとだ。完全に牛乳を吸っちゃってる」


 急いで食べ始めると、口に入ったもの全てがふにゃふにゃで、あまり美味しく感じなかった。今度は用意されてすぐに食べようと、心の中で反省する。


 梨央はというと、ちょうどラーメンを食べ終えたところだ。まだ足りないのか、席を立ち離れていく。


 5分後。フルーツがたくさん飾られたパフェを持ってきた。孤児院でも出てきたけど、それは小さなカップに数個果物がのったもの。


 しかし目の前にあるのは、それとは比べ物にならないくらい大きい。器のサイズも見た事がない大きさだ。


「梨央。それも食べるの?」


「うん。デザートは必須だよ。優人も食べてみる?」


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」


 よく見てみると、茶色いソースがかかっている。口に入れるととても甘かった。チョコだ。昔、親がよく用意してくれた思い出が蘇る。


「優人! 優人!」


「あ、ごめん……。久しぶりにチョコ食べたから」


「なんだ、そういうことね。そろそろ午後の授業が始まるし片付けましょ」


「わかった」


 僕は梨央と一緒にトレーを返却しにいく。彼女が言った通り、胃が重く感じた。グラノーラを甘く見すぎていたかもしれない。これなら深夜まで持ちそうだ。


 午後の授業は体育館で行われるとのこと。この高校に在学している生徒全員が対象のようで、館内は賑わっていた。


 2年生になってもなお、身長の低い僕は前から10番目。整列が完了すると、ステージから一人の男性が出てきた。


 この学校の校長先生だ。長く伸びた髭はまるで長老のようで、背中がくの字に曲がっている。彼は、かつて軍事の指導者をした人。


 ここは全国の孤児を中心とした学校で、国籍も様々だ。


「みな集まってくれてありがとう」


 校長先生が一言そう言う。


「今日集まってくれたのは、系列の大学生からの研究報告を聴いて貰うため。それ以上はない。ただ、今回は少し状況が違ってな」


 校長先生の声色が暗くなる。この展開は小学生の時にもあった。家族と自宅に帰る途中に謎の生命体に邪魔をされ、両親が亡くなった。


 当時のみんなは訓練を受け、戦場に投げ込まれた。その時からこの非現実的な社会で踊らされていた。


 あの時のことを知っている人もこの学校にいる。だからか、こちらまで緊張感と緊迫感が伝わってきた。


「今日みなに聴いて貰いたいことは、ものすごく大事な事だ。これ以上ないほどにな。私もまさかこうなるとは思わんかったくらいだ」


 校長先生の発言のあと、少しだけ人の気配を感じた。その場所は舞台袖の奥。この感覚は僕もよく知っている。


 冷気を纏ったオーラ。それを自然に放てるのは一人しかいない。僕は身体を捻って舞台袖を見る。けれどもその必要はなかったようだ。


「ではここで交代しよう。魔法専門大学所属1年の中谷なかたに怜音れおん君。来てくれたまえ」


『はーい!』


 舞台の垂れ幕から明るく高い声が聞こえた。バイト先でよく聞く透き通った声だ。やがて青年が小走りでやってくる。


 身長はとても高く、背筋もピンと伸びている。顔は整ったいかにもイケメンと思えるパーツ。髪は水色に染めていて、前髪に白いメッシュが入っていた。


「皆さんはじめまして、ボクの名前は中谷怜音と言います。校長先生。本日はお招きいただきありがとうございます」


「どうも、怜音君は我が校の卒業生。久しぶりに来てどう思った」


「とんでもない。たしかにここに来たのは久しぶりですが、生徒も増えて嬉しい限りです」


 怜音はそう答え一礼をする。その動きは流れる水のようになめらかで、無駄がなかった。バイト先でも、余分な動きがなくどの動作もスムーズ。それが彼のいい所だと思っている。


 年齢では彼の方が上だがバイト歴では僕の方が先輩。彼が言うには僕の背中を追いかけて入ったと言っていた。


「では本題に移ろう。怜音君。あとは任せる」


「わかりました。校長」


 校長先生と怜音の会話が終わり、館内は静まり返る。先生は足を引きずりながら舞台袖に消えた。

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