目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
コップの中の
コップの中の
アマヤ ドリー
SF宇宙
2025年04月06日
公開日
3,457字
完結済
宇宙の片隅で生命を繋ぐ時代。スペースコロニー「オアシス」は人々の故郷だ。 ユリはオアシスの人々の生活を支えるエネルギーの研究・開発をしている技術者だった。 アシストロイドのTOMO(トモ)と作業艇に乗り込んだユリは、新エネルギーの暴走による事故に見舞われてしまう。 研究一筋理系女と、妙に人間臭いアシストロイドの凸凹バディがトラブルに立ち向かう。

コップの中の


 コーラを飲み干して、自室を見回す。

「行ってきます」

 他に人もいないのに、小さく声をかけて出かけるのは、特別な仕事の日のルーティンだ。


 宇宙の片隅で生命を繋ぐ時代。スペースコロニー「オアシス」は人々の故郷だ。


 メトロライナーで居住区を抜け、研究施設の集まるエリアへチェックインする。

 ここの、エネルギー開発ラボが私の職場。

 私はユリ。オアシスの人々の生活を支えるエネルギーを、研究・開発している部署の技術者だ。




 ドックで発進準備中の作業艇に乗り込む。

「おはよう、トモ」

 振り返ったアシストロイドのTOMO(トモ)は、ご機嫌な笑顔を見せた。

「おはよ~ちゃ〜ん! ユリちゃん今日もカワうぃ~ね~♪」


 ……朝からこのテンションか。


 頭を抱えそうな私に構わず、イェーイ♪ と寄って来たトモは、ハイタッチ、ロータッチ、変な角度からの握手を経て、手をヒラヒラ~とさせながら離れて行った。

「まだそのモードが続いてんの?」

「お気に~って、こゆこと言うんだね~。バイブスぴったしマッチングぅ~」

 歌うように言いながら、嬉々として作業に戻る。


 研究一筋で育ってきた私には、友達が少なかった。

 周りも私と似たような、科学オタクと研究の変態ばかりで、面白いと言えば面白いが、コミュニケーションに長けたタイプとは言い難かった。


 自分専用のアシストロイドをもらえる身になった時、AIを友達のような存在に育てたいと考え、私は彼をTOMOと名付けた。

 オプションで特性も持たせた。

 仕事以外で自分が興味を惹かれるのが歴史ものだから、トモもそうだと話が合って楽しいな。

 自分は流行に疎いから、トモがそういう事に敏感だと、色々教われて刺激になるかも。


 その組み合わせのセンスが悪かったのか。

 はたまた、育つ過程で受けたノイズがそうさせたのか。


 トモは、歴史を学び、時代時代の流行にハマりまくる、おかしなアシストロイドに育ってしまった。

 今は地球歴21世紀初頭の、若者の流行がお気に入りらしい。


 数週間前まで、トモのボディパーツは女の子だった。

 ガングロで茶髪に白メッシュ。ルーズソックスを好んで履いていた。

 アモラーとか言うらしい。


 それが突然、チャラ男とか言う文化に強烈なシンパシーを感じたらしく、ボディパーツを男にチェンジして、こんな調子で過ごしている。


「また髪色変えた?」

「イイっしょ~? 金髪からピンクへのグラデーちゃん」

「綺麗ね」


 行ってから、ああ……と溜息をつく。

 綺麗ね……とか。すでに私も、このキャラに染められてるじゃん。


「出発だよユリちゃ~ん」

 トモの声かけに頷いて、私は作業艇のコクピットに着いた。




 限られた空間と資源の中で生きる我々に、リサイクル技術は必須だ。それでも、再利用の手立てが見つからず、廃棄するしかない物もあった。

 宇宙空間に撒かれていく廃棄物は、オアシスの周りを星屑のように漂う。それを悔しい思いで見つめながら、諦めず研究に研究を重ねた。


 長きに渡る研究員たちの努力が実り、ようやく全ての廃棄物を資源化する事に成功した。


 撒かれた廃棄物を回収するため、オアシスにアームが付けられた。

 まだ稼動し始めたばかりのシステムの調整のため、私は定期的に宇宙空間に出る任務を受けたのだ。

 生み出された努力の結晶である新エネルギー、「リサイクロム」で動く作業艇に乗って。


 と言っても。

 リサイクロムで動く作業艇は、無人でのテストには成功しているが、有人飛行はこれが初めて。


「発進します」

 緊張気味の声で、管制塔に告げた。




「ユリちゃん、おめざ~?」

 トモの呼ぶ声で、意識が戻る。


 コクピットのシートが、保護カプセルに変型し、私はその中で横たわっていた。

 何事? 状況が掴めない。

 手元のボタンを操作して、保護カプセルを座席の形へ戻す。


「事故ったっぽいね~」

 コクピットのパネルを操作しながら、トモが言った。

「俺もデータ破損してるっぽくて~、水面下で復元作業中~。アシストロイドだけど、ちょっとした記憶喪失、的な? 取り敢えずぅ、座標検索してるぜ~」


 場違いな程のんきな声色だけど、私が知りたい事は、質問する前に彼の方からどんどん喋ってくれる。

 約20時間前あたりのデータが破損しているとの事。それから今の今まで、私はカプセルに守られて眠り続けていたらしい。


 頭痛のような疼きを指で押さえながら、私はモニターに広がる暗い世界を見つめる。

 遠くに煌めく光は無数にあれど、見知らぬ宇宙だった。

「どこまで飛ばされたんだろう……」


「座標、出た」

「どこ?」

 食い気味に問う。トモは無表情で、ふむ……と唸った。


「飛ばされてない。ここ。オアシスの座標」


 嘘だ。やめて、そんなの。

 オアシスは? 消えて無くなったの?


 考える暇も与えてもらえなかった。

 突然、目の前に白い壁が立ち塞がったのだ。

 つるりとした、あきらかに人工物。


「緩くカーブしてるね〜。円柱状と思われマッスル」

 手元を操作しながらトモが言う。

「柱? デカすぎない? 何の建造物よ」

 もう泣きそうになりながら突っ込む。


 柱には、無数の透明の物質が張り付いている。

「ガス状の、気泡のような物質だね~」

 早速、分析してくれた。


 艇内に警報が鳴り響く。


「6時の方向から、ガス状の物質が無数に接近ちう! ユリちゃん掴まって!」

 トモが言い終わるか終わらないかのタイミングで、作業艇が大きく揺れた。

 嵐に揉まれるようにガス体が舞う。

 作業艇はそれらにぶつかり、流され、やがて呑み込まれた。

 巨大な気泡の中に取り込まれたまま、どんどん運ばれて行く。


 暗い世界に、恐ろしい速さで大きな光が近づいて来る。いや、こちらが向かっているのか。

 余程大きな恒星があるのか、それに引き寄せられるように、まるで宇宙の果ての果て、端っこに辿り着いたかのように、暗い世界と光の世界の境界線上に居た。


 嵐に流されていた気泡は唐突に失速し、衝撃に耐えかねて破裂した。

 耳をつんざく爆音と共に、作業艇は光の世界へ放り出された。




「おかしい。座標変わらないよ! こんなに流されたのに」

 トモの声が叫んでいる。

 Gに耐えながら目を見開き、モニターを凝視する。

 研究者の好奇心が、私の意識を支えていた。


 本当に、光の世界と暗い世界の境い目があった。

 おびただしい数の気泡が、作業艇を包んだ物と同じように次々と破裂を起こしている。

 爆風に放り出されて、距離が離れる程に視野が広がって、その境い目はまるで水面のように見えた。ボコボコと気泡が押し出される様は、地獄の煮え湯を思わせる。

 あの白い円柱が、両方の世界を突っ切って伸びていた。


 トモが作業艇の制御を取り戻し、揺れを安定させた。

 強いGから解放されて、ゆっくりと上昇する。

 距離を取って、更に大きく視野が広がる。


 暗い世界は見知らぬ宇宙だったが、光の世界には見覚えがあった。


 巨人が居た。


 彼女は、ストローでコップの中のコーラを飲み干した。


「コップの中の宇宙……」

「俺たち、あそこから来た訳ね~」


「だから座標がオアシスなのよ」

 私は確信した。

「ここ、私の部屋だもん」


「デカいユリちゃんも、カワうぃ~ね~♪」

 トモは、両手の親指と人差し指でフレームを作って、巨人を眺めている。


「行ってきます」

 巨人が、そっと言って、部屋を出て行った。




「あれは、昨日の私だ……」

「タイムスリップ&サイズ縮小って。やんごとなくない~?」


 リサイクロムの暴走が、時間軸とボディサイズを狂わせたという事なのだろう。

 小さくなった私たちは、昨日の私のコーラの中にタイムスリップした。


 さて、これからどうする?

 まずはラボの仲間たちにコンタクトを取らねばよ。

 このミクロちゃんを何とかしなければ。


「ねぇスゴくない~?」

 トモが楽しそうに言った。

「リサイクロム、動力用のエネルギーとしてはまだ難ありだけど~、まさかの人口問題解決だよね~」


 言わんとしてる事はわかるが、でもミクロちゃんのままは嫌。


「みんなこのサイズになっちゃえば、居住区、一部屋1センチ角でも豪邸じゃーん。カワうぃ~♪」


 やめて。ミクロちゃんは嫌だってば。


「みんなちいちゃくなっちゃえば、これで標準サイズだかんね~♪」


 あ、そうね。

 じゃなくて!


「取り敢えず、ラボへ移動ね。仲間たちに気づいてもらわねば始まらないわ」

「ラジャ! デカいユリちゃんに追い付いて〜、ポッケに入れてもらっちゃいましょ〜」

 相棒トモは陽気に言って、作業艇の舵を切った。


 こんな状況だけど、このキャラに救われる思いがしていた。

 オプションでトモに持たせた特性。センス悪かったかと思ってたけど……。


「あんた最高」

 思わず笑ってしまう。

「知ってる〜♪」

 とびきりのウインクが返ってきた。



          END




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?