「出ましたーー!! キーリー選手の華麗なるフットワーク。まるでダンスを踊っているようです。蝶のように舞い、蜂のように刺すとは、まるでこのキーリー選手を指す言葉のようです」
マーシーが言うようにキーリーが華麗なフットワークを見せますが、日本チームの選手は何の構えも見せず棒立ちで、目だけでキーリー選手の動きを追っています。
まるでやる気が見えません。
「おーーと!! いけません! 日本の選手、恐怖の為か動けません。えーーと、名前は……、おーーと、いけません。日本チームの選手の名は、高橋一郎、高橋二郎、高橋三郎、高橋四郎です。偽名にしても、もっと有るでしょう。完全になめています。なめきっています! やる気がみえません!! ド素人なのでしょうかー! まるで一回戦で負ける気満々です」
キーリーは、一郎の顔の前に凄まじいパンチを出しました。
それを紙一枚ほどの隙間を空けて止めました。
次は、あごの下に、ボディーに、左右の頬の前に出して全てを、紙一枚の隙間で止めました。
すごい、パンチの技術だと思います。
「くっくっくっ。汚くて臭え猿は、殴る気にもならねえ。さわったらこっちのグローブが汚れちまう、どうだ恐くて動けねえなら降参したら。ひっひっひっ」
「じじい、そろそろ、攻撃してもいいのか? それとも、もう少しこのまま待っていたほうがいいのか?」
キーリーが馬鹿にして笑うと、一郎は全く表情も変えずに言いました。
「なっ、なにぃーーっ!! 糞がっ!!」
キーリーは言いながらパッと後ろにステップしました。
キーリーと一郎の間には、二メートルほどの間が空きました。
「おぉーーとっ!! キーリー選手ステップバックで間を取ります。いよいよ本気の攻撃か?」
「やってみろ、汚え、ジャップのきいれえ猿が!!」
キーリーが構えを正して、左右に小さくステップします。
きっと、防御にも自信があるのでしょうね。
いつでも素早く動けるようにして、一郎の攻撃を待つ構えのようです。
紙一重で一郎の攻撃をかわすつもりなのでしょう。
「ふっ……」
一郎が一瞬笑いました。
その瞬間、一郎の姿が消えました。
再び見えたときには、ボディーにパンチを出した姿のまま、キーリーのいた場所に立っています。
「おおーーっと? キーリー選手が吹飛びました。いったい、何があったというのでしょうか?」
マーシーも一郎の姿を見失った様です。
「ごぶぅう!!」
舞台から三メートル程場外に吹飛ばされたキーリーが、横倒しのままバチャバチャッと口から大量の血を吐血しました。
内臓に大きなダメージを負ったようです。
「おおーーとっ!! 審判が頭の上で両手をクロスしました。キーリー選手の戦闘不能を判断したようです。勝負有りです! 何と高橋一郎選手の勝利です!!」
――いけません!! 内臓破裂です! 死んでしまいます!
……さすがです。
マモリ様は全く体に動きを見せず、左手の小指の先だけをほんの少し、キーリー選手の方に向けました。
死なない程度まで治癒魔法をかけたようです。
本当に悪党でも無ければ、誰にでも平等にお優しいです。
「すっ、すげーー」
「元世界チャンピオンを一撃かよ」
「姿が見えなかった」
アスランとカブラン、クートがそれそれ、驚きの表情で言いました。
キーリー選手が担架で運び出されて、床に流れた血の清掃が終わると二番手の選手が舞台に近づきます。
「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!! 日本人をぶちころせーー!!!!」
アメリカ人の観客の中から声援が起りました。
「おおーーとっ!! 続いて二番手マイケル選手の登場です。この選手は史上最強のパンチの持ち主です。一撃もらえば、完全終了でしょう。この選手は試合中に相手の鼻をかみちぎってしまった為に、ボクシング界を永久追放になった選手です。体を見ると現役当時のままに見えます。どんな試合が展開されるのでしょうか?」
舞台の中央で審判から注意事項の説明です。
審判の説明が終わると。
「はじめ!!」
審判が開始を宣言しました。
「おおーーとっ!! これは、いけません。一郎選手、顔を前に出してあご先を指さします。もし、まともに当たれば、頭が揺らされてしまいます。世界一のパンチを受けて揺らされれば、脳が頭蓋骨にあたって砕けてしまうのではないでしょうか。よくてパンチドランカー、悪ければ即死です。何を考えているのでしょうかー?」
「おい!! てめーー本気か?」
「いいから、やってこいよ!! てめーのパンチなんざー、蚊に刺されたほどにも感じねえさ」
舞台の上で一郎が半笑いで挑発します。
「てめーー、死んでもいいのか?」
暴れん坊のマイケル選手の方がおじけづいているようです。
誰でも人殺しはいやですもんね。
「ひゃあぁーはっはっはっ!! てめーは玉無しかーあーっ?? ほれ、ここだ!! やってみろよ!! そのへなちょこパンチをよ!」
一郎の顔はあざ笑うかのような嫌な表情です。
そして、指でツンツンあごを指さします。
「ふふっ!! おもしれーー!!」
マイケルの顔に笑みが浮かびました。
いえ、本当の笑顔ではありません。
口だけが笑っていて、目は怒りに燃えています。
マイケルは両足のかかとを軽く浮かすと、上半身を大きく後ろにねじり上げます。
両腕の筋肉がグッと隆起しました。
一郎はその姿を冷静な表情のままじっと見つめます。
今頃心の中で後悔しているのではないでしょうか。
まさか、ここで顔を動かしてよけてしまうなんて、おちじゃないでしょうね。
「うおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!」
マイケルが雄叫びを上げます。
マイケルのパンチが風を切る音がここまで聞こえてきます。
「すっ、すげーーっ!!」
「な、なんてパンチだ」
「あんなのが当たったら首が千切れるぜ」
言いながらアスランとカブラン、クートがマイケルのパンチを、まばたきを忘れて見つめています。
マイケルの渾身のパンチが、一郎のつきだしたアゴ先を目指して飛んで行きます。
会場にパアァァーーーンと、大きな音が響き渡りビリビリと会場中を震動させます。
「…………」
会場に音が無くなり静まりかえります。
一郎は顔を一ミリも動かさずマイケルのパンチを受けたようです。
「うぎゃあああぁぁぁーーーー!!!!」
コロシアムに大きな悲鳴が轟きました。