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0114 幼き日の思い出

本当はナナちゃんと手をつないで上りたいのですが、階段が真っ暗なので、手探りで四つん這いにならないと上れませんでした。

階段にも窓が有りますが、外からの光は階段までは照らしません。

真っ暗です。


下から上ってくるお客さんはライトを持っているようです。

その光がチラチラ見えてきます。

ナナちゃんは階段から廊下に出る扉を開けました。

開けただけでそのまま上ります。扉が自動的に閉まるとバタンと音を出しました。


「あそこだぁーー!!」


男達は、猟犬のように駆け上がって来ます。

そしてドアを開けて、その階を探そうとしました。


「バカが!!」


「なにっ!?」


「その階に移動したのなら扉の音がするかよ!! 上だ!!」


お客さんの中に頭の良い人がいるみたいです。

ナナちゃんの作戦が、すかさずバレてしまいました。

頭の良いお客さんが言うように、わたし達は屋上の扉を少しも音を出さないように開けて閉めました。


――どうか違う階を探してください。


私は心の中で御願いしました。

屋上に出ると、大量の星の光が見えました。

街の光が無いので、とてもはっきり美しく輝いています。

きっと星はいつも変らず、このように輝いていたのでしょう。

こんなに美しい星空の下で、わたし達は恐怖に歪んだ顔をして怯えています。


わたしの可愛くない顔が、歪んでさらに化け物の様になっているのでしょう。

ナナちゃんの顔を見たらヤッパリ恐怖に歪んでいます。

でも、わたしの視線に気がつくと、にっこり微笑んでくれました。

その顔が、星の光に照らされて幻想的でとても美しい!! こんな時だから余計にそう感じるのでしょうか。天女様のように美しいと思いました。


ナナちゃんの幻想的な美しさは、わたしの心に写真のようにくっきりと焼き付けられました。

あと、どの位続くのかはわかりませんが、わたしの命の続く限り忘れる事は出来ないと思いました。

壊れた南京錠を外してそっと中に入ると、がくぜんとしました。

隠れる場所が無いのです。


「っ!?」


ナナちゃんの表情もどうしようと驚きの表情です。


「おい!! 何をしている! こっちだ!」


頭の良いお客さんの声です。


「な、なんでわかるんだよ!」


「へっへっへっ、俺には美人センサーがついているのさ。とびきりの美人がいるぜ!! 間違いない!」


「ほんとうかよー」


「見ろ!!」


「おおっ!! 機械室だ!!」


「バカヤロー! 鍵だよ! 鍵を見ろ!!」


「鍵が外れている」


そうでした。南京錠は外して手の中にあります。

南京錠は扉の中からでは閉められないのです。


「行くぞ!!」


お客さんの足音が近づいてきます。

わたしの心臓の音がドキドキ大きな音をだします。

この小さな部屋にある天井近くの小窓が星明かりで少し明るくなっています。

あの窓がもう少し下にあれば、あそこから外に出られるのに。

横を見ると窓の光が当たったナナちゃんの顔が見えました。


「?!」


私は驚きました。

こんな時なのに笑っています。

かすかに笑っているのです。


――どうして??


ナナちゃんの視線は、機械の詰まった箱の下の方を見ています。

そこは幼い頃、わたしとナナちゃんがよく座って遊んだ場所です。

わたしも同じ場所を見たら、わたしにも見えました。

幼い頃の私とナナちゃんの姿が。

楽しそうに笑っています。天使のような幸せそうな笑顔です。


「開けるぞ!!」


私は目を閉じました。

そして、何もかもあきらめました。


「……!?」


「なんだ!? だれもいねーじゃねえか!!」


「そんなバカな!!」


「おーーーーい!! 帰るぞーーっ!! 今日は大漁だーっ!! 食料も女もーっ!!」


「さっさと来ねーと置いていくぞーーーーっ!!」


「ちっ!! ボスが呼んでいる。時間切れだ! 行くぞ!!」


「おい、さっさとしねえか。置いていかれたら、今度は俺達が狩られる番だ。集団にいるから強いんだ。群れからはぐれたら殺されるのは、今度は俺達だ。忘れたのか! 行くぞっ!!」


男達は行きました。

わたし達は、幼い自分達の姿を見ていた場所が扉の横だったので、偶然開けた扉の影になって、男達に見つからなかったようです。


――あっ!!


幼い頃の2人がこっちを向きました。

手には携帯ゲーム機が握られています。

そう言えば、いつだったかゲームをしている時に視線を感じてナナちゃんと2人で、壁に向って笑顔で手を振ったことがありました。


うふふ、幼い頃のわたしとナナちゃんが笑顔で手を振っています。

あの日の視線は、今のわたし達の視線だったのですね。

不思議な事もあるものです。

横を見たら声を出さずにナナちゃんが泣いています。

それを見たらわたしの目からも涙が止めどなく流れて来ました。






「さて、どうしましょうか」


ナナちゃんの元気な声です。

わたし達は部屋にもどって、星明かりのある窓際に座りました。


「その声は決まっているのでしょ」


「うふふ、はい!」


「わたしには、わかりません。教えて下さい」


「はい。私は幸魂市に行こうと思います」


「えっ??」


「情報が錯乱していて何を信じて良いかわかりません。嘘ばかりだと思います。でも、信じられる物があります。キュートルピンクです。あれは、同じ軽音部のマモリちゃんです。姫神マモリちゃんです。一緒に新潟に行ったり、夏祭りをしたり、文化祭でコンサートもしました。生涯忘れられない楽しい思い出ばかりです。だから、キュートルピンクだけは信じられます。信じていいと思います」


配信動画で、キュートルピンクだけは顔を出していました。

あれは、わたし達幸魂女学園の生徒に向けたメッセージだったのかもしれません。


「そうです!! きっとそう! マモリちゃんが命をかけてわたし達に『信じて』と言っていたのですね」


「うん! 行きましょう。幸魂市へそして、思いでの幸魂女学園へ」


「うん!」


私とナナちゃんの考えは完全に一致しました。

なんだか、絶望していたのが嘘のように希望がフツフツとわいてきました。


「あとは、荷物です」


「なるべく身軽な方がいいわね」


「うん!」


「何も無ければ、歩いても半日で行ける距離です」


本当は手ブラでも良いぐらいの距離ですが、どんな障害があるかわかりません。

減らしたいけど減らせない。


「あの、思い切った事を言っても良いかしら」


「うん」


「お水のペットボトル2本だけ」


ナナちゃんが言いました。

本当に思いきっています。

でも、無しかと言うと有りです。

今日中につけば良いだけの話です。

それなら、身軽が1番!


「それでいきましょう!!」


「ふふっ」


ナナちゃんは笑って大きくうなずきました。


「目標幸魂女学園、幸魂市に針路をとれぇー!! うふふ、あははは」


二人で手を取って一緒になって言いました。

久しぶりに声を出して心から笑った気がします。

そうと決まれば、今ある食料は食べておかないと、そして飲みほしておかないと。

それでも残った物は、見つからないように押し入れの布団の後に隠しました。

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