悲鳴が聞こえた場所に辿り着くと、そこには一台の馬車が止まっていた。
荷台に幌が取り付けられただけの簡素な馬車じゃなかった。
御者の人がいる、シンデレラがお城に行くときのような高級そうな馬車だ。
そして先ほど悲鳴を上げたのは御者の人なのだろう。
初老の御者は、手綱を必死に握りながら慌てふためている。
当然だ。
馬車は魔物たちに取り囲まれていた。
ハゲ頭に小さな体型、そして筋肉質。
肌は緑色で尖った鼻と耳をしている。
ゴブリンだ。
「ねえ、マジでここは異世界でしょ?」
あーしは配信画面に向かってドヤ顔をする。
『ええええええええええええええ』
『おいおいおいおいおいおいおい』
『マジでえええええええええええ』
『何で地上に魔物がいるんだよおおおおおお』
『あれ? 魔物ってダンジョン内にしかいないんじゃなかったっけ?』
『嘘だろ? え? マジでそこって異世界なのか?』
『??????????』
『すげえええええええええええ』
『がんばれ、花ちゃん!』
などというコメントが流れ、ふと気が付くと同接が250万人を超えていた。
これは国内のリスナーだけではなく海外のリスナーも含まれている。
まあ、それはさておき。
「あの馬車に乗っている人を助けないとね」
あーしは地面を蹴って十数メートルは上空にジャンプ。
ゴブリンたちの頭上を飛び越し、馬車の手前でふわりと着地する。
「あ、あなたは!」
御者の人がいきなり現れたあーしを見て目が点になる。
あーしは自分に親指を向けた。
「あーしの名前は姫川花緒! 日本から来た配信者で空手家だよ!」
そう言うと、ゴブリンたちは何だか知らないけど激怒した。
キシャアアアアアアア
と独特の雄叫びを上げながら襲いかかってくる。
中にはあからさまに涎を垂れ流し、下卑た表情を浮かべているゴブリンが何匹もいた。
うっわ、キモ!
さてはあーしをレイプする気ね!
だったら容赦しないよ!
あーしは〈光気功〉で身体能力を上げると、四方から襲ってきたゴブリンたちを返り討ちにした。
ドンドンドンドンドンドンドンッ!
〈光気功〉+空手の特別な技は使わない。
ただ殴って殴って殴りまくった。
ギャアアアアアアアアアアアアア
あーしの〈気〉で強化された拳をまともに食らったゴブリンたちは、断末魔の悲鳴を上げながら絶命した。
おそよ十数秒後――。
あーしの周りにはゴブリンの死体の山ができていた。
もちろん、あーしは息切れどころか汗一つかいていない。
まあ、当然だよね❤
「さあ、もう大丈夫だよ」
あーしが怯えきっていた御者さんに優しく声をかけた。
その直後である。
「ほう、中々やるな人間の娘」
あーしは声が聞こえた方向に顔を向けた。
茂みの中から1体のゴブリンが現れた。
ただ、他のゴブリンたちとは雰囲気と体格が違う。
身長は2メートル強。
頭を覆いかぶさるフード付きの黒のロングコートを羽織り、右手には先端が「?」のような形をした木の杖を持っている。
「ゴブリン・メイジだ!」
そう叫んだのは御者さんだった。
「あいつはゴブリン・メイジ……魔法を使うレアモンスターです」
あーしは「魔法?」とおうむ返しする。
『ええええええええええええええええええ』
『何だってええええええええええええええええええ』
『ゴブリンが魔法を使うなんてそんなアホな!』
『でも魔法使いみたいな格好してるぞ』
『しかも日本語喋ってるwwwwwwwww』
『どないなっとんねん!』
『え? マジで異世界なのか!』
そんなコメントが流れてくる。
「え~とね……あいつらは別に日本語を喋ってるわけじゃないよ。本当は異世界語を話しているんだけど、パパから受け継いだスキルで日本語に聞こえるように変換されてるだけで……って、今はそんなこと説明している場合じゃないか」
あーしは「うんうん」とうなずくと、ゴブリン・メイジにずいっと近づいた。
「とにかく、ゴブリン・メイジだが何だか知らないけど、人語を話せるってことは意思の疎通ができるってことよね。じゃあ、あーしからあなたに提案。ここは大人しく見逃してあげるから、とっとのこの場から立ち去りなさい」
「ふはははははははは」
ゴブリン・メイジは喉仏が見えるほど笑った。
「ふざけたことを抜かすな、この小娘が。俺の下僕どもを殺しておいて、ここから立ち去れとは片腹痛い」
ゴブリン・メイジは杖の先端をあーしに向けた。
「ここで俺と遭ったのが貴様の不運だ。俺の魔法をとくと食らえ!」
するとゴブリン・メイジは呪文を唱え始めた。
「アンダラーラ・ガンダーラ・ミクトラブシグシグ」
ゴブリン・メイジの全身から黒い瘴気のような〈気〉が放出する。
それは小型の竜巻となってゴブリン・メイジの杖の先端に集まり出す。
『何だああああああああああ』
『おい、マジで魔法を使う気か!』
『呪文の詠唱みたいなことを始めやがった!』
『花ちゃん、逃げるんだ!』
『遠距離からの攻撃魔法ってことは、ファイアーボールとかそんなオーソドックスな魔法だろうか』
色々な内容のコメントが流れたあと、あーしは構えを取る。
「あーしは逃げないよ! どんな魔法だろうと受け切ってみせる!」
本気だった。
相手が本当に魔法を使えたとしても、ここで逃げるのは空手家の恥だ。
さあ、来い!
どんな魔法だろうと返り討ちにしてやる!
そう意気込んでいる中、ゴブリン・メイジの詠唱は続いていく。
「リンパーラル・ハオングンロトイ・ファファファロイブブ」
内容はさっぱりだったが、よほど威力の高い攻撃魔法に違いない。
10秒後――。
「ガガルブモモロイ・ワコロインビオルイ・ルルババアエロ」
さあ、いつでも来なさい!
30秒後――。
「ヌヌマオイ・ロイババババ・トファファロイコ」
……結構、長いな。
1分後――。
「エオピトイビビ・トトチコイヨイ・ファファルタンムム」
……さすがに長くない?
3分後――。
「ブブロイハガナウゴリ・ガガエワワアヴイ・ボボガガゴゴゴコロイ」
いやいやいやいや、さすがに長すぎるでしょ!
あーしは御者さんに顔だけを向けると、「あの魔法の詠唱っていつ終わるかわかりますか?」とたずねた。
「わたしも魔法については詳しく知りませんが、ゴブリン・メイジの攻撃魔法の詠唱時間は平均で40分と聞いております」
はああああああああああああああ!?
あーしは顔を戻し、ゴブリン・メイジをまじまじと見つめる。
ゴブリン・メイジは真剣だった。
緑色の肌が真っ赤になるぐらい顔を紅潮させ、必死に呪文の詠唱を続けている。
御者さんの話が本当ならば、あの詠唱が終わるのはあと30分以上はかかる。
「悪いけど、そんなに待ってるほど暇じゃないから」
あーしはぼそりとつぶやくと、ゴブリン・メイジに疾駆した。
一瞬で間合いが詰まり、無防備だった顔面に〈気〉で強化した突きを放つ。
ゴシャッ!
ゴブリン・メイジの顔面が陥没し、砕けた歯と血を噴出させて後方に倒れる。
勝負は一瞬でついた。
「素晴らしい! なんという強さだ! まさか、あの凶悪でレアモンスターのゴブリン・メイジを一発で倒すとは!」
そう高らかに言ったのは御者さんじゃなかった。
馬車の車体からのそりと出てきた人が言ったのだ。
その人は60代ほどの恰幅のいいお爺ちゃんだった。
けれど、ただのお爺ちゃんじゃない。
高級そうな毛皮のコートに、全部の指にはめられた宝石のついた指輪。
どこからどう見ても、超大金持ちの人だった。
〈ギャル空手家・花ちゃんch〉
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