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第五十話   元荷物持ち・ケンジchの無双配信 ⑧

 上空からエリーとドローンに見守られながら、俺とハイリッチ・フェンリルの闘いが始まった。


 最初に攻撃を仕掛けてきたのはハイリッチ・フェンリルだ。


 ダンッ、と地面を蹴って疾風の如く猛進してくる。


 さすがはハイリッチ・フェンリル。


 アンデッド・ウルフたちの数倍の瞬発力を有している。


 一方の俺は1歩も動かなかった。


 瞬く間に距離を詰めてきたハイリッチ・フェンリルを堂々と迎え撃つ。


「ガルアッ!」


 間合いが詰まった直後、ハイリッチ・フェンリルは右の前足で攻撃してきた。


 俺を圧し潰そうとしたのだろう。


 頭上目掛けて前足を振り下ろしてくる。


 俺はそんなハイリッチ・フェンリルの攻撃を後方に飛んで躱した。


 ドガアアアアアアアアンッ!


 体重の乗った前足が地面に激突し、周囲の建物の一部が崩れ落ちるほどの強震が起こる。


 もちろん、俺はその程度では微塵も動じない。


 多少なりとも地面が揺れようが、たとえ10代の肉体だろうが俺の体幹と足腰はそんなヤワではない。


 現に俺の身体は倒れずにその場に踏み止まっている。


 するとハイリッチ・フェンリルは流れるような動きで追撃してきた。


 今度は左の前足による薙ぎ払いだ。


 真横から突風のような勢いで左の前足が襲い掛かってくる。


 俺はカッと両目を見開いた。


 ――〈硬身功〉ッ!


 俺は瞬時に自身の肉体の防御力を強化。


 ハイリッチ・フェンリルの攻撃に対処する。


 ガギイイイイインッ!


 鋼に鋼を叩きつけたような甲高い音が周囲に響く。


 俺の〈硬身功〉による肉体に、ハイリッチ・フェンリルの前足が激しく衝突した音だ。


 これにはハイリッチ・フェンリルも2度目の動揺が見て取れた。


 なぜ餌である人間に自分の攻撃が受け止められるのか、と。


 決まっているだろう。


 お前の目の前にいるのは餌じゃない。


 お前をこの世から葬り去る力を持った敵だ!


 俺はそう強く思うと、ハイリッチ・フェンリルに反撃を繰り出した。


 本体のほうにではない。


 受け止めていた前足に対して〈聖気〉を込めた蹴りを繰り出す。


 前蹴りでもなく、中段蹴りでもなく、足刀蹴りでもない。


 前蹴上けあげ。


 膝を伸ばしたまま、蹴り足と定めた右足をまっすぐ下から上へと勢いよく蹴り上げる技だ。


 バガンッ!


 火薬が爆発したような衝撃音が轟き、痛覚を持たないハイリッチ・フェンリルでも「ガルアッ!?」と悲鳴に近い声を発した。


 無理もない。


 いきなり自分の左の前足が粉々に爆散したのだ。


 タネや仕掛けなどない。


 ただ普通に俺の蹴り技で前足が粉砕されただけの話である。


 けれども俺の蹴りがあまりにも速すぎて何が起こったかわからなかったのだろう。


 ハイリッチ・フェンリルは無くなった自分の前足を見ると、その場から後方へと大きく跳び退った。


 逃げるつもりか。


 俺は逃がすまいと右拳を脇に引き、遠間から追撃する構えを取った。


 そのときである。


 ハイリッチ・フェンリルは無くなった左の前足を俺に向けてきた。


 何をするつもりだ?


 俺がいぶかしんでいると、ハイリッチ・フェンリルの左の前足に異変が生じた。


 骨が剥き出しになっていた傷口が蛆が湧いたように蠢いたのだ。


 その傷口を見て俺は思い出した。


 ハイリッチ・フェンリルの武器は牙や爪だけではない。


 腐れた肉片を特異な武器にすることもできる魔物だったことに。


 直後、ハイリッチ・フェンリルの傷口からは肉片が塊となって発射された。


 1発のみではない。


 石すらも穿つほどの威力を持った無数の肉片が、それこそ前方から雨礫あめつぶてのように飛んでくる。


 〈硬身功〉で再び防御するか?


 瞬きよりも短い時間で俺は思考した。


 〈硬身功〉は防御には優れている反面、使用すれば〈聖気〉を硬質化させるイメージに加えて全身の筋肉を締めるためにその場から動けなくなる。


 その間に逃げられては非常に厄介だ。


 たとえ逃げられても俺なら【聖気練武】の1つ――爆発的な瞬発力で距離を詰められる〈箭疾歩せんしつほ〉を使って逃走を食い止められるだろうが、そうするとエリーとドローンを完全にこの場に置き去りにしてしまう。


 今の俺は多くの視聴者に視られている無双配信中なのだ。


 〈箭疾歩〉で間合いを縮めてハイリッチ・フェンリルを捕まえても、そのときにはここから数百メートルは離れている可能性がある。


 ならば〈硬身功〉は却下だった。


 俺はすぐさま戦法をいくつも浮かべ、素早く決断した。


 〈硬身功〉は使わず、他の【聖気練武】の複合技で倒すのだ。


 そうと決めた俺は即行動した。


 雨礫あめつぶての肉片に向かって真正面から疾駆する。


 もちろん、俺の行動は雨礫あめつぶての肉片を両腕で防御しながら進むという単純なものではなかった。


 俺は〈聖眼〉と〈聴勁〉の複合技――〈流水りゅうすい〉を使いながら突き進んだのだ。


〈流水〉。


 これはどんな形にも変化する水のように、相手の攻撃を先読みして動くという技である。


 そして俺はこの〈流水〉を使った判断が正しかったことを確信した。


 雨礫あめつぶての肉片を避けながら間合いを詰めている最中、ハイリッチ・フェンリルがその場から動いていないことに気づいたからだ。


 動かないのではない。


 雨礫あめつぶての肉片を放っているときは動けないのだ。


 おそらく〈硬身功〉と似たような状態になるのだろう。


 それがわかったからこそ、俺は自分の勝利を確信した。


 すべての雨礫あめつぶての肉片を避けた俺は、ハイリッチ・フェンリルの懐へと一気に入った。


 同時に右拳を脇に引いて〈聖気〉を一点集中。


「ガルアアアアアアアッ!」


 ハイリッチ・フェンリルからは驚愕の声が漏れる。


 このとき、ハイリッチ・フェンリルは後悔しただろう。


 なぜ、こんな強さを持つ人間だと見抜けなかったのかと。


 だが、そんなことを思ってももう遅い!


「〈聖光・百裂拳〉ッ!」


 俺は右拳のみで拳の連打を繰り出した。


 その拳打と〈聖気〉の衝撃波によってハイリッチ・フェンリルの巨体は空中に浮いた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 裂帛の気合一閃。


 俺は空中に浮いたハイリッチ・フェンリルの巨体を見据えながら、今度は左拳を脇に引いて〈聖気〉を集中させた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――ッ!


 黄金色の〈聖気〉がさらに圧縮され、俺の左拳からは小型の太陽のような光と熱量が放たれる。


 やがて〈聖気〉が一定以上まで溜まったあと、俺は空中で巨体をジタバタとさせていたハイリッチ・フェンリルに左拳を突き放った。


「〈聖光・神遠拳〉ッ!」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!


 黄金色の光の塊が一直線に飛んでいき、空中にいたハイリッチ・フェンリルの巨体を跡形もなく吹き飛ばした。




【元荷物持ち・ケンジch】 

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