目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第五十七話  草薙数馬の破滅への言動 ⑬

 最初に襲ってきたのは圧倒的な苦痛と恐怖。


 しかし、それも喉元過ぎれば何とやら。


 それが食道を無理やり通って胃の中に入った直後、俺の脳内からは今までの人生で味わったことのない高揚感が全身に広がった。


 もはやどう形容すればいいのかもわからない。


 俺は物心ついたときからずっと無神論者だったが、このときほど神という存在を強く認識したことはなかった。


 神は本当に存在していたのか?


 などと思ったものの、俺はすぐにそれが間違いだと気づいた。


 神の存在を認識したのではなく、厳密には神の如き力を持ったモノと融合したような感覚だったのだ。


 なので実際に神の力かどうかもわからない。


 もしかすると、神と敵対する悪魔の力だったのかもしれない。


 それでも俺はどうでもよかった。


 神でも悪魔でもどちらでも関係ない。


 今は1秒でも長くこの高揚感と多幸感に包まれていたかった。


 けれどもそんな幸せの絶頂を感じたのも束の間、すぐに俺は自分の中に凄まじいほどの力がみなぎってくるのを感じた。


 これもどういった力なのかを形容するのは難しい。


 ともあれ、その得体の知れない力は俺の肉体に著しい変化をもたらせた。


 腕と足だ。


 マーラ・カーンのクソ野郎にぶった切られた両手と両足が、グジュグジュと音を立てて傷口から再生してきたのだ。


 嘘だろ!


 自問自答したが、やはりそれは真実だった。


 瞬く間に俺の両手と両足は、依然と同じく元通りになった。


 いや、待て待て……。


 あまりの喜びに見逃しそうになったが、新たに生えてきた両手と両足は以前の手足と同じものではなかった。


 まずは爪が異様なほど鋭く伸びていた。


 女がファッションでつける付け爪のようだ。


 そして次におかしかったのは筋肉の量だ。


 俺は正嗣ほどは筋トレに熱心ではなかったものの、普段から腕が鈍らないように剣の素振りや走り込みなどを欠かしていなかった。


 なので同年代の奴らよりも筋肉があったものの、新たに生えてきた手足の筋肉はそのときの筋量をはるかに上回るほどの密度があったのだ。


 以前の手足の筋量を膨らませた風船とすると、新たに生えてきた手足の筋量は大型トラックのタイヤだろうか。


 上手い表現かはわからないが、ともかくそれぐらいの差があるほどの筋量を持つ手足が生えてきたのである。


 一体、これは……おお!?


 次の瞬間、俺は目玉が飛び出るほど驚いた。


 ギチギチギチギチギチ。


 筋骨たくましくなった手足と呼応するように、その他の部位の筋肉にも変化が現れたのだ。


 首元、両肩、胸板、腹筋、臀部などの筋肉も凄まじく変化していくのがわかる。


 まるで何十年と正確で丹念な筋トレを続けたような変化が。


 それだけではない。


 これらの筋肉は見栄え以上に実用性があった。


「おおおおお」


 俺は思わず自分の肉体を見ながら唸った。


 身体の底から尋常ではない力があふれてくる。


 ――これで我を受け入れる器は整った


 自分の力に酔いしれていると、またしてもあの不思議な声が脳内に聞こえた。


 先ほどは脳内にどこからか飛んできたように聞こえたが、今は自分の身体の中からはっきりと聞こえる。


「お前、さっきの肉塊の奴か……確か名前は」


 ――ニーズヘッド、アースガルドの魔王なり


 そうだ。


 確かそんな名前だった。


「おい、俺にもわかるように答えろ。お前は何者だ? そして今の俺の身体はどうなっている?」


 ――いちいち説明するのもわずらわしい。なので彼の地での記憶を直接見せる


 何だと、と俺がつぶやいたときだった。


 突如、俺の視界がまばゆい閃光に包まれた。


 同時に光の向こうから次々と何かが飛んでくる。


 最初はユーチューブやダンジョン・ライブの動画かと思った。


 真四角の画面が飛んできて、その中に俺の知らない光景が鮮明に映っていたからだ。


 俺は驚愕しつつも、その動画のような映像を視た。


 時間の間隔などもうわからない。


 自分の周囲だけ時間が止まり、それこそユーチューブやダンジョン・ライブ形式の動画を次々と視ていくような感覚に近かった。


 そして、その映像は俺の脳内にはっきりと記憶されていく。


 こことは違う異世界アースガルドのこと。


 人間と魔王軍の長年における戦い。


 魔法という特別な力の存在。


【聖気練武】という、これまた特殊な力の存在。


 クレスト聖教会。


 勇者パーティー。


〈大拳聖〉と呼ばれる武闘僧――ケン・ジーク・ブラフマン。


 次々と俺の記憶に刻まれていく異世界の情報。


 その中で俺は確信した。


 現在、俺の肉体と融合しているのが魔王と畏怖されていた強力な魔族たちの王だということ。


 すなわち、魔王ニーズヘッド。


「――――ッ!」


 やがて俺はハッと気づいた。


 今ほどまで視界を覆っていた閃光も、動画のような映像もすべて消え失せたのである。


 しかし、消えていないことが確実にあった。


「おい、ニーズヘッド。お前は何の目的で俺と融合した?」


 俺は自分の身の内に潜んでいる、魔王ニーズヘッドに問いかける。


 ――無論、貴様の肉体を借りて我がこの世界でよみがえるためだ


 大方見当はついていた答えだった。


 俺も根っからの馬鹿じゃない。


 それぐらいのことは予想できた。


「今後の俺はどうなる? お前がこの世でよみがえるまでの力を蓄えたら、さっきのイレギュラーのように俺の腹をぶち破って出てくるのか?」


 俺は腹部に大穴を開けて死んでいるイレギュラーを見る。


 ――安心しろ。貴様は殺さん。それどころか、我の片腕に任命してやろう


「どういうことだ?」


 ――そのままの意味だ。もはや我と貴様は一心同体。我は貴様の肉体を借りねばこの世に新たな生命を持てぬ身体となった


 魔王ニーズヘッドは淡々と説明した。


 アースガルドという世界には魔法を使う源の力――精霊と邪霊というものがいて、地水火風の四大属性の魔法を使うときは精霊の力を借りねば発動しない。


 だが、魔族の王であったニーズヘッドはその四大属性とは異なる、邪霊の力を借りた闇魔法を極めた者だったという。


 そして、この地球には精霊がほとんどおらず、それが原因でこの世界の人間は魔法を使うことができないとも言った。


 けれども、この地球には邪霊の力が凄まじく満ちている。


 ただし人間は邪霊の力を借りることができないので、どちらにせよこの地球では誰も魔法を使えないということだった。


 たった1人を除いて。


「……俺か?」


 ――そうだ。魔族の王たる我と融合したため、貴様は魔人となった。魔人ならばこの世界でも邪霊の力を借りて闇魔法が使える


 闇魔法。


 何という心地よい響きの言葉だ。


 その言葉を聞いただけで、俺の一物が勃起して射精してしまいそうだった。


 ――くくく、うかつに精を出すな。それは女に対してだけでよい


 俺が頭上に「?」を浮かべると、さらに魔王ニーズヘッドは教えてくれた。


 魔王ニーズヘッドがこの世界に肉体を持って誕生するためには、魔王ニーズヘッドの魂を宿している俺が人間の女の子宮に精を放出する必要があるらしい。


 つまり、魔人と化した俺が女を孕ませることで、その孕んだ女は魔王ニーズヘッドの魂を持った子供を産み落とす。


 それがのちに魔王ニーズヘッドへと成長していくという。


「はは……はははは……あははははははははは」


 俺は魔王ニーズヘッドの魂胆を知って高らかに笑った。


「面白え! 面白えぞ! 俺は異世界の魔王の父親になるってことか!」


 ――そういうことになる。そしてその暁には、この世界で新たな魔王軍を設立し、この世界のすべてを蹂躙する


「この〈武蔵野ダンジョン〉をか?」


 ――笑止。このダンジョンの上にある、本当の世界も残らず蹂躙する。クサナギ・カズマ。その際には貴様を我の右腕――魔王統括軍総司令官に任命しよう


 魔王ニーズヘッドは嬉しそうな声色で言葉を続けた。


 ――貴様は魔人として邪魔な人間どもを殺しまくり、好みの女を犯しまくるがよい。それは貴様も願ったりなことではないか?


「当たり前じゃねえか! そんな役得を与えられて断るかよ!」


 ――ならば我に誓え。この先、我に永遠の忠誠を誓うと


「誓えば俺は人間どもの上に立てるんだな?」


 ――異なことを。今の貴様はすでに人間の上の存在である魔人となったのだ。その証拠に今の貴様は魔法が使えるのだぞ


「魔法……マジか?」


 と、俺が自分自身の肉体を見回したときだ。


「むははははははははははは」


 俺は神経を逆なでする笑い声のほうに顔を向けた。


「皆の者、見るのであ~る! いつの間にか変な魔物が現れたのであ~る! これは一体どうしたことであ~るか! あのモルモットはどこにいったのであ~るか!」


 マーラ・カーンとその手下どもは俺から一定の距離を取っていた。


 今の俺が先ほどまでダルマだったモルモットと同一人物だと気づいていないのだろう。


 無理もない。


 さっきの俺と今の俺はすべてにおいて別人。


 いや、人間から魔人へと種族を超えて進化したのだ。


「くくく……モルモットか」


 俺はすでに冷静にキレていた。


 同時にこれが絶好の機会ということも悟った。


「おい、チ〇コタトゥー男。今までどれほどの人間を自分たちのためにモルモットにしてきたのか知らねえがな」


 俺はマーラ・カーンに酷薄した笑みを作る。


「今度はお前たちがモルモットになる番だ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?