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最終話    そして語り継がれる伝説へ

 迷宮街が魔物の大群と〈魔羅廃滅教団〉に襲撃されてから2週間後――。


 ケン・ジーク・ブラフマンこと俺は、ようやく復興の兆しを見せ始めた迷宮街の一角で働いていた。


 だが、俺の仕事は崩壊した建物を直すことではない。


 言わずもがな、まだ迷宮街に留まっている魔物を駆除することだ。


 俺は大量のゴブリンを産み出していたゴブリン・クイーンを〈聴勁〉で発見するや、〈箭疾歩せんしつほ〉で一気に間合いを詰めて〈発勁〉の突きを繰り出す。


 狙いは腹部ではなく顔面だった。


 バガンッ!


 と、ゴブリン・クイーンの頭部が爆裂四散する。


 俺はそのまま跳躍してゴブリン・クイーンの真上を飛び越えると、後方の半壊した建物の陰に隠れていた様々なゴブリンどもを睨みつけた。


 ギャギャアアアアアアアアアアッ!


 ゴブリンどもは自分たちの女王が倒されたことに激怒し、一斉に物陰から出てきて俺に襲いかかってくる。


 ざっと100体はいるだろう。


 そんなゴブリンどもを俺は〈威心〉で根こそぎショック死させた。


 これでひとまず、この周辺の魔物はあらかた始末したはずだ。


 俺は軽く周囲を見回したあと、虫の羽音のような音が聞こえている頭上を見た。


 数メートル上空には、ドローンを持ったエリーが停止飛行している。


「ケン、また色んなコメントが来てるで」


 ドローンを持ったエリーが俺の眼前まで飛んできた。


 エリーの言う通りだった。


 つい10分ほど前に始めた配信だったが、すでに待機人数の61000人を超えて260000人近くに増加している。


 そこで俺はドローンのカメラに語りかけた。


「みんな、今日も俺の配信を視に来てくれて感謝している。そしてこの中には初めて俺の配信を視に来てくれた視聴者もいると思うから、これだけは覚えて帰ってくれ。現在、俺は配信を通じて迷宮街の復興を支援する復興配信をしている。復興配信とは、ダンジョン・ライブで手に入れた収益のすべてを迷宮街の復興費用に回すことだ。そのために俺はこうして配信している」


 するとすぐにコメントが滝のように流れていく。


〈がんばれよ、地上から応援してるぜ!!〉


〈微力ながらスパチャで応援させていただきます!〉


〈完全な復興まで時間がかかるでしょうが、頑張ってください〉


〈他の探索者たちも色々な復興配信をしているな〉


〈ケンジくん、ずっと応援してます〉


 などのコメントを見て、俺はあらたに復興の熱意を固めた。


 すべては2週間前のことである。


 俺はダンジョン協会の屋上で、因縁の相手であった魔王ニーズヘッドと草薙数馬を【聖気練武】の〈発勁〉による究極奥義でこの世から消滅させた。


 ただし、そのときに大量に〈聖気〉を消費してしまったため、俺は1週間も昏睡状態に陥ってしまったのだ。


 やがてダンジョン協会の医務室で目覚めたとき、俺は多くの探索者たちが迷宮街の復興に力を注いでいることを知った。


 加えて、なぜ今回のような騒動が起きたのか、ということも聞いた。


 三木原飛呂彦。


 ダンジョン協会の調べによると、あの男は〈魔羅廃滅教団〉の間者スパイであり、今回の騒動もあの男が〈転移鏡〉を密かに持ち出して魔物と〈魔羅廃滅教団〉を迷宮街に転移させたことが原因だったという。


 そんな三木原はもうこの世にいない。


 目撃者だった成瀬さんによると、本館の屋上に連れていかれる前に数馬に呆気なく殺されたという。


 本館の屋上か……


 ふと俺はあのときのことを思い出す。


 俺がダンジョン協会の屋上に向かう前、魔王ニーズヘッドによって魔人と化していた数馬は、〈門〉のある特別施設に強力な〈魔砲〉を撃ち放ったときのことだ。


 そしてこれも成瀬さんから聞いたことなのだが、特別施設が想像以上に頑丈に造られていたことと、〈魔砲〉が直撃した場所は〈門〉がある最奥部とは真逆の入り口付近だったため、予想よりもはるかに犠牲者の数は少なかったという。


 その証拠に成瀬会長を始め、S級探索者にはほとんど犠牲は出なかった。


 とはいえ、一般市民と職員を合わせて数十人の死傷者が出たことは事実である。


 なので俺は目覚めたあと、崩壊しかけた迷宮街を復興させるため、残党の魔物の駆除と並行して配信活動を始めた。


 探索配信や無双配信ではなく、収益のすべてを迷宮街の復興にあてる復興配信として。


 この復興配信は瞬く間に他の探索配信者にも伝わり、現在では大多数の探索配信者たちが迷宮街のあちこちで建物の復興や被害者たちのケアをする配信活動をしている。


 それが少しずつ実を結び、復興配信を視た地上世界の視聴者たちから多くの支援や義援金がダンジョン協会に募っているという。


 俺は思った。


 アースガルドとこの世界の人間は同じだ。


 いざというとき、互いに助け合うという仁心じんしんをきちんと持っている。


 と、そんなことを考えていたとき。


「拳児くん!」


 遠くのほうから成瀬さんが駆け寄ってきた。


 成瀬さんも配信中であり、頭上に専用のドローンを飛ばしている。


「あっちにいた魔物は全滅させたけど、こっちはどうです……ど、どう?」


 俺の元まで来た成瀬さんは、ハッと気づいたあとに少し言い直してたずねてくる。


 つい普段のときのような敬語が出てしまったからだろう。


 無理もない。


 成瀬さんは俺の正体を知る数少ない人間の1人だが、視聴者たちは俺が異世界人だということを知らないのだ。


 なので成瀬さんは配信中のときは同世代の拳児として話しかけていたのだが、たまにこうしてケン・ジーク・ブラフマンとして話しかけてしまうときがあった。


 まあ、そんなことはさておき。


 俺は未だ半壊している建物が多い迷宮街を見回した。


 この無残な光景は、元はと言えば俺のせいかもしれない。


 俺がアースガルドで完全に魔王ニーズヘッドを倒していたら、俺やエリーもこの世界に転移されることもなく迷宮街は以前のような平穏な日常のままだっただろう。


 ならばこれは罪滅ぼしだ。


 魔王ニーズヘッドと依代だった数馬を消滅させたことで、俺の当面の目標はなくなった。


 もちろん、この先はアースガルドに帰れる手段を探そうと考えている。


 この〈武蔵野ダンジョン〉を隅から隅まで探索していけば、〈転移鏡〉の上位互換のようなアイテムが見つかる可能性もある。


 それこそ人間1人と妖精の1匹を、この世界から見て異世界と呼ばれるアースガルドに転移させるほどのアイテムが。


 だが、そのあるかどうかもわからないアイテムの探索はまだ先の話だ。


 今は一刻も早く迷宮街を復興させる。


 そのために俺は全力を尽くす。


「ケン、ボーっとしとらんと配信を続けようで」


「拳児くん、どうせならこのままコラボ配信をしましょう」


 俺はエリーと成瀬さんに向かって大きくうなずいた。


 時刻は昼過ぎ。


 このあと、俺と成瀬さんはエリーに見守られながら復興のコラボ配信を行った。




 こののち〈元荷物持ち・ケンジch〉は、ダンジョン・ライブで不動のトップとなるチャンネル登録者数500万人を超えることとなる。


 同時に拳児ことケン・ジーク・ブラフマンも迷宮街を滅ぼそうとした元凶を倒した存在として、ダンジョン内のみならず地上世界でも顔と名前が知れ渡っていく。


 その人柄と圧倒的な強さに加え、迷宮街の人間を魔物たちから守った最強の英雄配信者として。


 そして、その英雄配信者の活躍によって終結した大事件のことを後世のネット民はこう言った。


 新・ダンジョン事変、と――。



〈完〉



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