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<8・団結>

 説明が終わると、生徒は数人ずつ一箇所のドアから外に出されることになった。順番は例の通り名簿順である。夏俊にとって一番ありがたかったことは、聖也に声をかけられた仲の良いメンバーが聖也自身も含めて出席番号が近かったこと。鏑木夏俊、と刈谷大毅、の間には女子の唐松美波からまつみなみしかいない(うちの学校においては、男女の出席番号は男女ごっちゃになっている。場所によっては男女バラバラでカウントされるところもあるようだが)。そもそも、未花子と聖也の話を聞いた大半の生徒は「みんなで一緒に脱出したい」という気持ちが強くなっているはずだ。外に出されても、無闇に単独行動をする者は少ないだろう。

 結果、一番最後の生徒が出てくるまで、最初の部屋からすぐ近くの廊下に殆どの生徒がごっちゃりまとまって待機していることとなったのだった。残念ながら協調性の低い数人は逆らって勝手にどこかに消えてしまったので、全員がまとまるということはできなかったわけだが。

 本当に、これが某映画のようなデス・ゲームでなくて良かったと思う。

 命じられたのが脱出ゲームではなく殺し合いなら、こうも皆で連携を取ることもできなかったはずである。


「みんな、廊下で狭いけど勘弁してな。信じて待っていてくれてありがとう」


 最後の生徒まで揃ったところで、聖也は告げた。


「あと、さっきあの白装束に『みんなを殺して自殺する』とか抜かしてマジでごめん。ああでも言わないと、未花子だけじゃなくて他にも犠牲者が出ると思ったんだ。絶対実行するつもりはなかったけど、怖かっただろ」

「気にするなよ聖也。おかげさまで、あの場で一人も犠牲者が出ないで済んだんだ。むしろ感謝してる。仲間って言ってくれてありがとな!」


 大毅が叫ぶと、そうだ、ありがとう、という声が随所で響く。夏俊は思った。いつもうざがられているように見えた聖也だが、皆に積極的に話しかけて交流を持っていたことに一定以上の効果はあったらしい、と。もしかしたら彼女はそれをも見越して、おちゃらけたキャラを使ってみんなとたくさん話をするよう頑張っていたのだろうか。

 今この場で必要なのは、みんなが命を預けることのできるリーダーだった。元々人望の厚かった未花子が、こんなことは間違っていると堂々と宣言。そして、その未花子を聖也が命懸けで庇い、結果誰も犠牲も出ないで済んだ。皆が二人に信頼を寄せたくなるのは当然だろう。

 自分には、彼女達ほどの人望はない、と夏俊は思う。少し勉強が得意で、記憶力に自信があるだけの生徒だ。だがその未花子とは親しいし、未花子と同じだけ友達の多い大毅とも親しい。聖也にも、なんだか目をかけられている様子である。彼らのサポートをするべきは自分だろう、という自負はあった。

 滅茶苦茶な状況に憤りを感じているのは皆同じ。今試されているのは、どんな困難であろうと乗り越えるチームワークであるはずだ。とにかくひとりでも多く生還し、あの白装束連中をぎゃふんと言わせてやらなければ気が済まない。


「俺がリーダーっぽいことするのに不満がある奴もいると思う。実質転校生だしな。だからこそ先に話しておく。俺は、今回の事件が起きることを先んじて知っていた。そして、事前にみんなに話した場合、もっと犠牲が増えるってこともわかってたんだ。だから言わなかった。すまない」


 やっぱり、と夏俊は思う。驚きはなかった。彼女はあれだけ運動神経が良いのに、部活動を積極的に見学していたのに、どこの部活にも入らないことを決めていた。




『今から入っても、意味なんかないしな……』




 あれは、この事件に巻き込まれることを知っていたからこその呟きであったのだろう。

 どこかに入部したところで、それを楽しむ余裕などあるはずがなかったのだから。


「俺はある組織に雇われた傭兵でな。アランサの使徒、を追いかけて此処に来た。アランサの使徒が最近、青少年を中心に集団拉致・殺人事件を起こしていることを知っていたからな。奴らをぶっつぶし、被害者達を救出するのが俺の目的だ。何処に雇われたかは言えないが、お前らを全員生きて返すために全力で動いてる。そこは信じて欲しい」

「先に話しておくと犠牲が増える、っていうのは?」

「お前らも薄々気付いてるだろ。今回の拉致、学校側の協力がなけりゃ成功してねえよ。恐らく学校側に協力者がいる。生徒達に予め情報をリークなんかしてみろ、知った人間から先んじてひっそり消されて終わりだ。俺がこの学校だってわかってどうにか転入できたのも二日前だしな、とてもじゃないが間に合わない。事前に逃がしてやらなくてすまなかった。……先生のこともな」

「先生……」


 重い空気が漂う。ただでさえ灰色一色の、狭苦しい廊下に数十人が集まっているのだ。先生の最期を思い出して、悲しみに沈めばおのずとそうなるだろう。

 腕を吹き飛ばして、そのまま放置して死なせる。

 あんな恐ろしいことができる奴らが、人間などとは思えないし思いたくない。一体先生が、あんな死に方をしなければいけない何をしたというのだろうか。


「ツッコミどころ多いし疑問もあるだろうが、今はとにかく俺が味方だってことだけ信じてくれ。非難も糾弾も、ここを出たらいくらでも受ける」


 聖也は自らが雇われているという組織については一切を伏せるつもりのようだった。胡散臭いと思わないでもなかったが、あの人間離れした身体能力を見れば、傭兵というのも頷ける話である。何にせよ、自分達は無力な高校生に過ぎない。多少謎めいていても、聖也を信じて動く以外に助かる道はないのだ。むしろ、多くの生徒がなんでもいいから可能性に縋りたいキモチでいっぱいだろう。

 そう、もしかしたら――この脱出ゲームをクリアできるための鍵が、全員分用意されていないかもしれないなら尚更に。


「まず、あの白装束のクソ野郎どもが言っていた説明をおさらいだ。今の時間、まだ連中は『キメラ』とやらを放逐していない。奴らがキメラを放つのは、全員が出てから二十分後だと言っていた。だからこの説明も十分で終わらせて全員に役目を割り振ろうと思う。……今此処にいないのは、八人か?」

「うん……多分。唐松さん達はいなくなっちゃった。なんとなく予想してたけど」

「不良のグループと、カップルと、一匹狼のあたりだな。今此処にいるのは差し引くと……二十二人か」

「全員揃っていれば一番だったが、仕方ないな。とりあえずこの二十二人で協力して脱出を目指そう。白装束のルールを再度確認するぞ」


 この場の全員が自らのブレスレットを操作し、ゲームのルールを見直す。


 一、このゲームに時間制限はない。ただしゲーム開始から二十分感はキメラはいないが、二十分経過すると一匹キメラが放逐される。さらに、放逐されるキメラは、三十分ごとに一匹ずつ増えていく。キメラは人間を見かけると問答無用で追いかけ、捕食しようとする。キメラにはいくつか種類があり、攻撃方法が異なる。基本的に後で放逐されるものほど強い傾向にある。


 二、脱出するためには、施設のどこかにある鍵を入手して、出口で使用しなければならない。出口は複数箇所あり、鍵は複数個あるが、一つの鍵は一度しか使用できない。そして、一度開いたドアからは鍵を使った一人しか通過することができない。二人以上通過しようとした場合はブレスレットが爆破されるか、出口のトラップが起動して二人目が殺害されることになる。


 三、キメラを倒すことは、脱出の絶対条件ではない。能力によって逃げる、隠れることも有効。


 四、ブレスレットは全員、漢字二文字で指定される個別の特殊能力を備えている。同じ能力者がいる場合もある。基本的に強い能力ほど回数制限があったり、使用条件に制限があったりする。


 五、持参した持ち物を使用することは可能。ただしスマートフォンは圏外。食べ物や水の類は施設内のあちこちに用意されているので、好きなように利用可能。また、水道やトイレ、電気、ガスなども使うことができる。


 六、禁止区域と書かれたプレートのある部屋は入ることができない。無理に侵入しようとした場合は、ブレスレットの爆破かその場のトラップで処分されることになるので注意。


 七、地図はこちらでは用意していないが、場合によってはどこかに地図らしきものを発見できるかもしれない。なお、この施設の内部は多数のトラップが存在しているので注意が必要。場合によっては、即死する危険性があるものも存在する。


――読めば読むほど、死ぬ危険性アリアリなやばいゲームじゃないか、クソッタレが。


 ギリ、と夏俊は奥歯を噛み締める。悪魔を祓うため?そんな存在するかもわからないもののために、どうして自分達が命を賭けて戦わなければならないというのか。しかも、既に何度も同じように拉致が繰り返されているというのだからシャレにならない話である。未花子の従兄弟が消えたのも、同じ実験に選ばれてしまったからであったというのだからとんでもない話ではないか。

 誰だって、自分の人生は自分で決めたい。命の価値を他人に吟味などされたくないはずだ。ましてやこんな、人の命を駒としか思わないような連中に、弄ばれて殺されるだなんて。


「まずここにいる全員の能力を把握しよう。使用条件や使用回数制限がある者は申告してくれ。ちなみに、スマートフォンが圏外だから此処で通信はできない。が、通信できる能力を持った者がいれば別だ。誰か『電話』とか『通信』とか、そういう能力者はいないか」


 聖也が尋ねると、四人が手を上げた――夏俊を含めて。

 夏俊以外に三人、『通信』の能力をセットされたブレスレットをつけている者がいたのだ。

 女子の前田南歩まえだなほ毒島彩也ぶすじまさいや。男子の小倉篠丸おぐらしのまるだ。

 ならばこの四人はバラバラに振り分けた方がいい、と考えるのが自然流れである。合計二十二人のメンバーが、それぞれ能力を加味した上で五人か六人のグループに分けられることとなった。

 夏俊は他、未花子と聖也、大毅。それから気弱な男子のクラスメートである久喜天都くきてんとと同じグループである。何故聖也や未花子がいるグループに、天都が配属されることになったのか?理由は単純明快、彼の力がこの場所をマッピングするのに非常に適していたからだ。

 天都の能力は、『地図』。自分が歩いた場所を自動的に記録した上、ブレスレットを持った人間の全員の位置関係を自動表示してくれるという便利機能つきである。ただし、回数制限はないが使用条件の制限はある。地図を継続的に、表示したままにすることはできない。一度表示したら、表示し続けることができるのは五分まで。そのあとは、二分間がすぎるまで再表示することができない。――まあただの地図の能力なので、そこまで大きなペナルティではないだろう。使用回数制限がないというのもありがたいところである。

 ちなみに、夏俊の『通信』は、特に条件も回数制限もない力だった。通信できる相手が同じ通信のブレスレットを持っている者に限定されるからということもあるのだろうが。


――俺の能力は、みんなと違って実際の戦闘や探索ではほとんど約に立たない。なら、みんなのサポートができるように、しっかりメモ取って作戦考えないと……!


 全員の能力をしっかり頭に叩き込む。勿論、同じグループのメンバーの力も把握済みだ。

 夏俊は『通信』。

 天都は『地図』。

 大毅は『仕掛』。一定範囲内にある、建物の中のトラップを予め知ることができる。回数制限はなし。

 未花子は『毒薬』。自分が触れたものを猛毒に変えることができる。回数制限は十回。

 そして、聖也は『武器』。手にとったものを、己がイメージできる『現実に存在する』武器に変換することができる。ただし、その効果は本人の手を離れると一分程度で切れるし、一度に顕現できる武器は一種類のみ。そして、回数制限も五回と少ない。

 これら能力をフル活用して、自分達は脱出を目指すのだ。特に聖也と未花子がいるこのグループが、情報収集のための要になることは確かなのだから。


「今はもう入ることができないが……俺らが集められた最初の部屋。その扉の前であるこの廊下を、いざという時の集合場所にしよう。みんな、この場所をなるべく覚えておけるようにしてくれ。この扉を背にして、左を西。右を東と仮定する。俺達チーム夏俊はまず上の階を目指して調査。南歩は西、彩也は東、篠丸は下を目指して動いてくれ。三十分したら、何もなくてもお互い連絡を取ることにしよう。鍵と出口を見つけた奴は、その場で一度待機。通信係を使って報告してくれ」


 そこまで言って聖也は自らの時計を見た。もう少ししたら、キメラが放逐される時間だ。このまま二十二人全員で固まっているのはあまりにも危険だろう。


「あと十分でキメラが放逐される。ミーティングはここまでだ。全員行動を開始してくれ。……みんなで生きて帰るぞ。健闘を祈る!」

「おおおおおお!」


 この時。先生が死んでしまったことの悲しみや恐怖は少しだけ、みんなで協力して運命に立ち向かうという高揚感によって薄らいでいたように思う。落ち着いて対処する聖也を見て、きっと自分達はみんなで脱出できるはずだと信じた――あるいは信じていたかったのかもしれない。

 それがそのまま油断にも繋がる、と。夏俊が思い知らされるまで、さほど時間はかからなかったわけだが。

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